第057話:一人で早寝することにした。

 とりまきから解放されたのか、1人で来た神寺さんは、後部テールドアの方から中を覗くようにして、興味津々な様子を見せていた。


「あれだけ電気使ったのに、まだ使えるんですね」


「……まあね。明るいうちにたっぷり発電しておいたし。つーか、電気毛布って省電力なんだよ」


「へぇ~。そうなんですか?」


「オレもアウトランナーに乗るようになってから、そういうことを気にしはじめたんだけどね。電気毛布は個人レベルではかなり優秀な暖房器具だぞ」


 彼女は物珍しそうにマットを触ったり、窓にはめ込んだ手作りシェードを見たりと、車の中をキョロキョロと見まわしていた。


「……なんかぁ、移動秘密基地って感じですね」


「つーか、オレにとってはまさにそれだ」


 言い得て妙だ。

 しかも、異世界にもいける移動秘密基地だ。


「ところで……それ、なんですか?」


 彼女が指さしたのは、今まさにオレが電気毛布の上に広げている茶色の革製品だった。


「ああ、これ? マントだよ」

「……マ、マント!?」


 そう。ミューからもらったお手製のマントだった。

 積んでおいたのはいいが、寝床を作ったら置く場所に困ってしまった。

 助手席も荷物で一杯だし、運転席は開けておきたい。

 そこで、広げて布団の上からかけておこうかと思ったのだ。

 ちょっとした掛け布団になるぐらい大きいし、温かそうである。

 何の革だかわからないが、柔らかくて柔軟性があり、そして軽いのに丈夫そうだ。

 マントなんて持っていたことはないが、マント以外に言いようがないのではないだろうか。

 オレは神寺さんが興味を見せたので、マントを渡してやった。

 すると、彼女はこれまた予想外に、非常に細かく調べ始める。


「マント……これ。素材、何の革だろう。見たことない。しかも、丁寧な手縫い……スゴイ。デザインも見たことないけど……もしかして、コスプレ用ですか!? なんのキャラです!? それにこれ、作ったの誰ですか!? 縫製がすごいですよ、これ!」


 神寺さんが上半身をラゲッジに載せるように身を乗りだしてくる。

 どうにも、彼女はこの手の話題になると、スイッチが入るらしい。

 普段のほわわ~んとした雰囲気ではなく、言うなれば戦闘モードに入る感じだ。

 そんな彼女を見ていたら、オレは、ついからかいたくなってしまった。


「……つーか、実は内緒なんだけど。これ、異世界に行った時に、ネコ耳娘に作ってもらったマントなんだ」


「――えっ!?」


 思いの外、真に受けた顔をする。

 そして、何かを確かめるように、マントとオレの顔を交互に見比べた。

 おかげでオレは調子に乗ってしまう。


「オレさ、異世界に転移する能力があってさ……」


「――そっ、そっ、それっえぇぇぇ、ほほほほ、ほんとーですかああぁぁ!?」


(……あれ?)


 そろそろ「そんな馬鹿な」とツッコミが来るかと思ったら、むしろ引き返せないぐらいのノリになってきている。

 もちろん、嘘はついていないのだが、別にオレは異世界のことを誰かに話したいわけではない。

 というか、むしろオレだけの世界にしておきたい。

 だから、ちょっと困った展開になってきた。


「やっぱり! 異世界って本当にあったんですね! ミヤは信じていました!」


「……え?」


「アニメやラノベだけの話じゃなかったんだ! 夢が……夢がかなうかも!」


「ちょっ……」


「おかしいと思っていたんですよ! なんか最近、大前さんって、ダメダメからマトモに変わりすぎたし、かわいいミヤにも興味なさそうに急に変わったから、これは異常事態だと思っていたんですよ!」


「……スルッと、ディスりと自意識過剰を突っこんできたな!」


「そんなことより――」


「そんなことだと、こんちくしょう!」


「――そ、それ……異世界、ミヤも行けますか!? 行けますよね! ミヤのようなカワイイヒロインなら連れてってくれますよね!」


「……え? いや、そ、それはどうかな……」


「あっ! 行く前にヒロインとして、服装もそれらしいのに着替えてこないと!」


「ふ、服装って……ああ、そういえば、神寺さんってコスプレとか詳しそうだね。アニメのコスプレとかよくするの?」


「……あっ……」


 慌てて何かに気がついたように、彼女は自分の口を塞ぐというわかりやすい行動をとる。

 どうやらオレの強引な話題そらしは功を奏したらしい。


「ミヤ……私は、べ、べつにコスプレなんて興味ありません! ……た、ただ、フレにレイヤーとかカメコとかいるだけで……」


「……え? レイヤー? カメコ?」


「あっ……」


 オレにはわからない謎の単語も、どうやらまた失言だったらしい。

 彼女はまた口元を抑えて、視線をキョロキョロと動かす。


「いえ、そのぉ……ですねぇ……内緒にしてほしいんですが、実は……」


「神寺さーん! なにしてんの?」


「――うきゃっああああぁぁぁぁ!」


 背後から呼びかけられ、彼女は跳びあがって驚いた。

 呼びかけたのは、彼女の取り巻きの1人だった。

 名前は……まあ、いいや。


「どっ、どーしたの、神寺さん!?」


「なっなっな……なんでもないですよ、はい。む、むこう行きましょう!」


 そそくさと立ち去っていく神寺さん。

 なんかこの前も、逃げるように去っていった気がするが……まあ、オレとしてもこれ以上、突っこまれたくなかったのでよしとする。


(つーか、彼女にはこの手のネタをふらない方が良さそうだな……)


 どうも彼女相手だと、冗談で済まなさそうな気もする。

 それに下手に彼女から興味をもたれて、敵を作るのも避けたい。

 今、神寺さんに声をかけた男「Aさん(仮名)」も、最後にちょっと敵意を感じさせる視線をこちらに送ってきた。

 オレは面倒ごとが嫌いだ。

 しかも、すでに狙ってもいない女性がらみでもめても、オレにはなんの得もない。

 得のない面倒からは、逃げるが勝ちだ。


(さて。寝るかな……)


 車から外を覗くと、まだみんなは酒を飲みながら楽しそうに会話をしている。

 神寺さんも輪の中に入っていった。

 まあ、こういうキャンプの醍醐味だから当然だろう。

 しかし、オレは特に話すこともないし、なにより今日は非常に疲れてしまっていた。


(つーか、なんでオレ、あんなによく働いてたんだろうな……)


 最近のオレは、職場でもそうだがよく動きすぎではないだろうか。

 なんというか、オレらしくない。

 もっとサボるべきではないだろうか。

 でも、そんなことを考えると、ネコ耳の顔が浮かんできてしまう。


(……まあ、いいか)


 もう、そんなことを考えることさえ面倒だ。

 オレは思考からも逃げるようとして、早々に寝ることにしたのだった。

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