第053話:恋する男女を応援した。
オレは期待をかけられるのが苦手だ。
監視されるのも苦手だ。
もちろん、「僕、監視されるのが得意です!」とか言う奴はいないだろう。
……いや、いるかも?
それはそれとして、オレはなんというか、簡単に言えば……プレッシャーに弱いのだ。
見られていると思うと、それだけで緊張してしまう。
思えば、子供の頃からそうだった。
小学校の通信簿、生活態度、テストの点数……それらは、当たり前かもしれないが事細かく父親のチェックを受けた。
そしてまず、褒められることなどなかった。
今回は良かったぞとオレが思っても、貶されて叱られる。
そんなことがあったせいで、どうにもチェックされることに抵抗がある。
ただ、最近は集中力が上がっていて、仕事をしている時にあまりそういう無駄なことを考えなくなっていた。
妙に萎縮したり、怖がることなどなかったため、逃避するという行動にも結びつかなくなっていた。
(でも、今は逃げたい……。つーか、すぐさまダッシュして消えたい……)
怖い。
マジ怖いのだ、あのこちらの様子をうかがう視線。
十文字女史の眼力は、異常に強い。
眼鏡を取って裸眼で見られたら、たぶん石化するのではないだろうか。
そのぐらい、得も言われぬ怖ろしさがあった。
ただ、幸いだったのは、懸命に山崎が横から話しかけてくれていたことだった。
おかげでしばらくしたら、オレから女史の視線が外れた。
(ありがとう、山崎! オレはお前の恋を全面的に全力全開で応援するぜ!)
そう誓いながら、オレはもうアウトランナーの中にこもろうかと思いはじめた。
どちらにしても、オレは車中泊するつもりである。
まだ夕方だが、そろそろ寝床の準備をしておかなければならない。
そう考え、火の管理をカップルに任せて去ろうとした時だった。
「――きゃっ!」
突然、小さな悲鳴が聞こえたのでふりむいてみると、神寺さんの声だった。
手に持ったバケツに、釣り堀で釣ったニジマスが入っており、それが跳ねたようである。
神寺さんを狙う2人のライバル対決がどうなったのか、そしてどういう話の流れなのかは知らないが、どうやら2人が釣ったニジマスを神寺さんが捌くことになったらしい。
ということは、やはりニジマスの塩焼きが食えそうだ。
目の前で焼いた塩焼きは格別だ。
しかし、この炭火コンロだと距離が近すぎる。
(少し石とか持ってきて、串を橋渡しさせて距離を稼ぐか……)
ミューに「魚は遠火でかりっと焼いたら美味い」と習ったことを思いだしながら、オレはどこかに石がないか、神寺さん達と同じ方に探しに行こうとした。
「神寺さん、重いでしょう? 俺が持つよ!」
「神寺さんは、捌いてくれるだけでいいっすよ!」
男2人がちやほやと、彼女をかまう。
男2人も不細工か二枚目かで言えば、二枚目寄りの2人だ。
飛び抜けてはいないが、オレのような見た目が平々凡々なダメ男よりはいいだろう。
神寺さんも、悪い気はしないはず――
「そ、そう? ありがと……」
――と思ったが、妙に彼女の態度がたどたどしい。
なんか躊躇っている? 怖がっている? 困惑している?
笑顔がひきつっているように見える。
(なんだ? 男にかまわれるのは嫌いなのか? それとも好みの男じゃなくてうざいとか?)
オレの心の中の疑問に答えてくれたのは、横で火の番をしてくれていたカップルの女性の方だった。
確か名前は……山口? 山丘? そんな名前だったはず。
「あ〜ぁ。無理しちゃって。包丁なんかまともに持ったことないのに、魚なんてさばけるわけないじゃない」
「……え?」
オレは思わず聞きかえす。
「できないの?」
「うん、できないと思うよ。だって、家で料理なんてやったことないって言ってたし」
「……じゃあ、なんでやろうとしてるんだ?」
「見栄を張っちゃったんじゃないの? あの子、内心でモテることに自信があるみたいだからね」
「なるほど……。つーか、山口さんはさばけるの?」
「山本よ! ……できないわよ、あたしも。釣り堀のところで頼めば捌いてもらえるみたいよ、有料だけど」
「……ああ、そうなんだ……」
でも、いかにも「私、魚ぐらい捌けます」的なノリで話が進んでいるのに、今さら「できないんです」とか言えるわけがない。
とは言え、ぶっつけ本番でやるのは、かなりきついはずだ。
魚を捌くのは、けっこうグロテスクであるし、内臓を取ると一言で言ってもコツもある。
あの二人が離れてくれれば、その隙に窓口で金を払ってやってもらうこともできるだろう。
しかし、あの二人もきっと彼女の捌いているところを見て、「すごいね」「お嫁さんにしたいぐらいだよ」とか言って口説く気満々のはずである。
たぶん、このままだと自業自得とは言え、彼女は赤っ恥をかくことになってしまう。
日帰りならまだしも、今日はお泊まりキャンプ。
あの男2人が、「そんな見栄っ張りな君も好きさ」とか言えばいいかもしれないが、下手すれば彼女はずっと気まずいままになってしまうかも知れない。
そんな空気の中では、せっかくのニジマスの塩焼きもおいしくなくなってしまう。
(うーむ……)
オレは少し悩んでから、アウトランナーにダッシュで戻ると、積んでおいたきれいな軍手と塩を袋ごととりだした。
そして、慌てて三人を追いかける。
すでに3人は水場にたどりついている。
見ていると、ニジマスをバケツから取りだすが、まだ生きているために暴れているし、ヌメヌメしているので滑って大変そうだった。
しかも、まな板の上に置いたはいいが、そのまま腹を割こうとして、また暴れられてと大騒ぎである。
「い、活きがいい魚は、捌くのが大変なのよね……」
「うんうん。そうだよねぇ」
「確かに大変そっすね! なんか手伝うっす」
神寺さんの苦し紛れの言葉に、さもその通りと2人の男はうなずきまくる。
(つーか、まずしめろよ……)
などと偉そうに思うが、オレもつい最近、習ったばかりだ。
しかしながら練習という大義名分で、ミューのうちの分だけでなく、近所のうちの分までやらされて、全部で六〇匹ぐらいは練習させられている。
「神寺さーん、そこはオレがやっておくから遊んでおいでよ」
オレが少し離れたところから声をかけると、彼女はまん丸の目を「なぜ!?」とより丸くした。
オレの突然の提案の意図がわからなかったらしい。
それは、2人の男も同じだったようだ。
そろって、オレを少しきつい目で睨んでくる。
確か、2人の名前は……吉田と木田……それでいこう。
「おい、大前。せっかく彼女が調理してくれるというのに、なに言っているんだ!」
「そうっすよ、大前さん。神寺さんの好意を汲んでくださいよ!」
「まあまあ、吉田さんも木田君もとりあえずちょっと……」
「吉村だ!」
「木崎っす!」
「え? ああ、すまん。とにかくちょっと……」
2人は一度、顔を見合わせてから訝しげにオレの所に近寄ってくる。
そして顔を寄せてきたので、小さな声で誘惑を囁く。
「2人とも、彼女を口説きたいんだろう。ここで調理はじめたら、おしゃべり時間が減っちまうかもしれねぇぞ。それなら、散歩とかしてきた方がいいんじゃないか? あっちにきれいな花壇とかある。まだ夕方だから見られると思うぞ」
「…………」
「…………」
2人は神妙な面持ちで、こちらの思惑を図るように見てくる。
「しかし、彼女がやる気だし……」
「うん。そうっす」
「大丈夫、任せとけ。たぶん、彼女も本当は2人のようないい男と散歩をしたいんだ。オレは君たちの味方だ。だから信じて、ここで待ってろって」
そう勢いで押して、オレは2人を離れたところに待たせたまま、神寺さんのところに歩みよる。
すると、包丁を眼前に身構える彼女。
「……と、突然、代わろうってどういうことですか?」
「とりあえず、包丁を降ろせ。つーか、なんで臨戦態勢なんだよ……」
彼女が包丁をさげるのを確認してから、オレは近寄って小声で図星をつく。
「魚、捌けないんだろ?」
「――なっ!? そ、そんなわけ……」
「捌く前にしめようよ。それから、塩を手に塗って魚をこするとぬめりが取れるよ」
「……え?」
「まあ、ここはいいから、あの2人と遊んでこいって。捌けないことは黙っててやるから……」
「……ほ、本当に? もしかして、恩を売ってミヤとデートでも――」
「したくねーよ! いいからいけって。邪魔だし」
「――じゃっ!?」
オレは彼女から包丁を奪うと、じれている2人に手を振る。
「神寺さんも散歩に行くってよ、吉崎さん、木村君!」
「吉村だ!」
「木崎っす!」
「つーか、細かいことはいいから、連れて行ってあげなよ」
「「細かくねー!」」
どうも人の名前を覚えるのは苦手なオレだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます