第052話:オートキャンプに行き……

 キャンプ場は、千葉県野田市にある野田市総合公園の施設【野田清水キャンプ場】だった。

 都内からほどほどの距離で、駅も近くにあり交通の便はかなりよい。

 千葉県というと、東京の東側にあるイメージだが、千葉県は縦に長く、野田はその最北端にある。

 千葉と言うより、地理感覚的には埼玉に近い。

 キャンプ場の雰囲気的には、まさに山の中! ……という感じではまったくなく、町の中の森林という感じだ。

 総合公園内には、陸上競技場、庭球場、水泳場、フィールドアスレチックなどもあり、施設も豊富である。

 そういう意味では、都会から近い憩いの場的なオシャレさがあった。

 借りた場所は、オートキャンプのサイトだった。

 そこには山崎の白い大型のワンボックスと、オレのアウトランナー、そして端にオートバイが一台止まっている。

 参加者は、全員で八名。

 内2人は他部署の恋人同士で、二人でオートバイに乗っての参加だった。

 残りの男3名と女2名は、山崎の車できたらしい。

 オレは急な参加だったため同乗者もなく、気楽に少し遅れてアウトランナーで合流していた。


「しかし……」


 オレは、周囲をぐるりと見まわす。

 周りは木々に囲まれていて、湿気った土の臭いと木々の間を抜ける風は森を感じさせる。

 確かに都会の喧噪とは隔離されている。

 だが、ちょっと向こうに行けば、コンクリートの建造物がある。

 そう考えてしまうと、どうにも物足りなさを感じてしまうのも事実だ。

 仕方がないのかも知れない。

 オレが毎週、お出かけしていた場所は、本当に深い森だったり、砂漠だったり、凶暴な魔物がいたりと、都会を微塵も感じさせない場所だったのだ。

 まさに別世界だったのである。


「ワイルドさがたらないなぁ……」


 一応、持ってきたテーブルセットを広げながら、オレは独り言ちた……つもりだった。


「本当にそうね」


「――うおっ!?」


 オレは突然、背後から聞こえた声に、身をビクッと思いっきり震わせた。

 そこにいたのは、本社で「みんなのアイドル的存在ベストテン」の3年連続1位であり、全社レベルでもナンバーワンと名高い「ザ・美人秘書」である【十文字 教子】女史だった。


「……そんなに驚かなくてもいいでしょ」


「あ、すいません。つーか、いきなり背後からだったので……」


 背筋を真っ直ぐ伸ばし腕組みをするポーズは、彼女のおなじみのポーズだ。

 邪魔にならないように、頭の後ろで団子に縛っているきれいな黒髪。

 フレームのない横に長細いメガネの下に、少しつりあがり気味のキリッとしたアイライン。

 それを飾る、きちんと手入れされてそうな長い睫が印象的だ。

 そして、少し小さめの藤色の上品な唇もイメージに焼きつく。

 そこまではいつも通りだった。

 しかし、今日は少しちがう。

 いつもはタイトなスーツで、バランスの良いスタイルがよくわかるのだが、今日は少しダボッとした感じの服を着ている。

 柔らかそうなデニム生地のポケットが多めについた薄いブラウンのブルゾン、そして腰にチェックのシャツを巻いて、ズボンはやはりブルゾンと同じ生地の物だった。

 普段のオフィスレディ然とした雰囲気とは打って変わって、まさにアウトドアスタイルである。

 オレは昨日、彼女が参加すると山崎に聞いた時、「またまたご冗談を」と笑い飛ばした。

 普段の彼女は非常にしっかりきっちりで、キャンプのような雑然とした雰囲気は受け入れず、きっと休みはオシャレなカフェ、夜はビルの上階にあるバーで……みたいなイメージしかなかったのだ。

 ところが、彼女は二つ返事でキャンプに参加したらしい。

 もしかしたら、ただの気まぐれなのかもしれない。

 だが、山崎はOKをもらった時、きっと心でガッツポーズをしたことだろう。

 山崎の企画した今回のキャンプの新なる目的は、十文字女史と親しくなることだったのだ。

 参加者は、みんな独身だ。

 バイクで来た2人はカップルだが、実際に残り二人の男性は神寺さん狙いだという。

 そんな中、オレだけは空気感が違っている。

 別に誰も狙ってないし、本当につきあいできただけだからだ。

 昨日、そのネタばらしを山崎からされた時、「おまえも神寺さん狙ってただろう」と言われたが、今はほぼ興味がなかった。

 たとえば、神寺さんと、ストライクゾーンがずれているアズのどちらを選ぶかと聞かれれば、まちがいなくアズがゾーンに突入するまで待つことを選ぶ。

 だからオレはあらかじめ、狙っていないことを山崎に宣言し、他の二人にも伝えておいてもらえるように頼んでおいた。

 下手なもめごとは御免だからだ。

 ところが、おかげで「やっぱり女ができたのか」と山崎にからかわれた。

 あまりにうるさいので、「オレはネコ耳か幼女にしか萌えないのだ」と言ったら、超引かれた。

 その後は追求してこなくなったが、もしかしたら対策を間違えたかもしれない。


「苦労しているわね……」


 ふと、十文字さんにそう言われて、オレはどっきりした。

 てっきり、心でも読まれたかとおもったが、どうやらそうではなかった。

 彼女の瞳は、離れたところで一生懸命、コンロの炭に火をつけようとしている山崎を見ていたのだ。

 確かに火をつけるのに苦労している。


(つーか、あんなにいきなり炭を大量にいれてもなぁ。まずは、一つ火種を作らんと……)


 山崎はキャンプになれていると言っていたが、それほどなれているわけではないようだった。

 なにしろコンロもテーブルもけっこうきれいだ。

 たぶん、数回キャンプをしたぐらいだろう。

 彼なりに、十文字女史にいいところを見せたかったのかもしれない。

 普段とは違うワイルドなところを見せて、意外性を売りにしようとかしたのだろう。

 しかし、このままでは、慣れていないことがばれて逆効果だ。


(……ん?)


 よく見れば、横の女史の様子が少しおかしい。

 普段からは想像できないぐらいそわそわと、山崎の方を気にしているように見える。


(……あ! もしかして、女史も山崎に興味があるのか?)


 オレはピンときた。

 珍しく、来ちゃいました。

 もしかしたら女史も話しかけたいが、山崎が一生懸命作業中だから声をかけられないでいるのではないだろうか。

 きっと、まちがいない。

 ここは、奴に恩を売っておいてやるべきかもしれない。


「山崎リーダー! そんな雑用、オレがやりますよ!」


 オレは少しわざとらしく大声を出しながら、隣サイトでまだ苦戦している山崎の元に走り寄った。

 そして、彼の持っていたトングを奪うようにとる。


「リーダーはこんな雑用より、みなさんの相手をしてあげてくださいよ!」


「……なんだよ、大前。いきな――」


 そこでオレは、山崎の声を遮るように顔を近づけて小声で語る。


「つーか、さっきから十文字さんが、お前を気にしてみているぞ」


「――!」


「チャンスだろう。これはやっとくから、ゆっくり話してこいよ」


「……お、大前……そんないい奴に一八〇度転換するとは……」


「オレの過去をディスるな、こんちくしょう。つーか、もう行け!」


 山崎はどこか感動したように大きくうなずいた。

 そして、十文字女史に向かってダッシュしていく。

 横を見れば、カップルは2人の世界を作りながら、食材の準備をしていた。

 少し離れたところでは、神寺さんの気を引こうと2人の男が激しいバトルを繰り広げている。

 どうやら、俺が来る前に釣り堀で、マス釣り競争を2人でやっていたらしい。

 数が同数だったため、大きさがどうの、形がどうのと彼女の前で言い争っている。

 たぶん、あれもあとで食卓に並ぶのだろう。


(平和だ……)


 不思議と心が穏やかだった。

 少し前のオレなら、「イチャつきやがって、こんちくしょう!」と憎悪に燃えたところだが、オレの心は荒れるどころか余裕綽々だった。


(なにしろ、異世界の女運は悪くなかったものなぁ……)


 つい、もう向こうの世界にずっといてもいいのかもしれないと思ってしまうが、その前に指輪が買えるぐらいの稼ぎは欲しい。

 もう少し仕事をがんばる必要はある。

 とりあえず異世界のことはおいといて、オレは炭に火をつけることにした。

 まずは、コンロの炭を少し減らしておく。

 山崎がいきなり大量の炭をつっこむので、空気の通りが悪くなっている。

 それに炭の音を聞くと、ちょっと湿気ているようだ。

 もしかしたら、前のキャンプの残りの炭を湿気にさらしていたのかもしれない。

 ちなみに音を聞き分けるなど、少し前のオレにはなかった技だが、このあたりはミューにしっかり教わった。

 まだ何となくしかわからないが、たぶん湿気にやられていると思う。

 もちろん、ほかにもいろいろと習った。

 火をつけるコツや、やろうと思えば薪割りだってできる。

 ……まあ、まだまだへっぴり腰なんだけどね。


(火がつきにくいな……)


 オレは車に戻り、着火材をとってきた。

 電気もいいけど、ミューの言うとおり炭火も捨てがたい。

 というわけで、異世界に言った時用に用意していおいたものだ。

 まさかこっちの世界で先に使うことになるとは思わなかったが、まあ練習にちょうどいいだろう。

 火は程なくしてついた。

 オレは満足して顔を上げる。


(……ん?)


 と、なぜか十文字女史と目が合ってしまった。

 横でなんとか気をひこうと、懸命に口を動かしすぎて相手を見ていない山崎をよそに、なぜかこちらを睨むようにジッっと見ていたのだ。

 オレは怖くなり、思わず目線をスーッと泳がすようにそらす。


(あの目は、人の仕事をチェックしている時の目だ! こんなところに来てまで、ちゃんと働いているのかチェックしているのか!? もしや、あとで本部長あたりに報告されて、なんか私生活チェックとかでボーナス査定に響いたりとか……し、しないよね……)


 こうしてオレの戦々恐々の週末が始まったのだった。




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※参考

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●清水公園キャンプ場

http://campbbq.jp/

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