四泊目
sentence 1
第051話:会社の同僚達と……
最初に、これだけは言っておこう。
ミューからもらった預言書のことだ。
オレは帰ってから好奇心に勝てずに、鍵を開けて中を見てしまったのだ。
そのせいでオレは、白髪の老人になってしまった……りはしなかった。
もちろん、怪しい煙も出やしない。
それどころか、何もない。
そう、内容が何もないのだ。
真っ白け……ではなく、わら半紙みたいな色をした紙が挟まっているだけの本なのだ。
ミューの嬉し恥ずかし秘密の日記でも読めるかと思っていたのだが、果てしなく期待はずれだった。
ただ、いかにも魔法の本的な表紙や造りを見ると、なにか仕掛けがあるのかもしれない。
これはアウトランナーにいつも積んでおくことにした。
もちろん、また週末にでもあちらの世界に行くつもりだからだ。
魔法の本ならば、やはり魔法のある世界ではないと読めないのかも知れない。
そこは、行ってのお楽しみ……なのだが……。
「大前さん、先週お願いしていたやつって、いつできそうですか?」
「ああ、えーっと……明日にはできるかと」
「わあ。助かります!」
「大前君、先日の議事録はどうしたのかね?」
「すでにメールしてありますが……」
「おお。すまんな」
「大前さん、明日のプレゼンにつきあってもらえる?」
「うすっ。了解です。何時からですか?」
「13時から2時間ぐらいだけど」
「ああ。なら、次の約束にまにあうんでいいっすよ」
「助かるよ、よろしく!」
オフィスの隅にある俺のデスク。
そこに次から次へと人が来る。
……なぜだ?
なぜ、こんなに忙しいのだ?
オレはつい最近まで、「仕事できない大会」が開催されれば、4年連続優勝をもぎ取れるほどの実力者だったんだぞ。
そして「仕事のやる気なさ選手権」があれば、他の追随を許さない絶対王者だったはずだ。
それが1ヶ月やそこらで、オレはグランドチャンピオンの座から引きずりおろされてしまったのだ。
確かに、オレは少しやる気を出した。
ミューの期待を受けてから、さらにまた少しやる気を出した。
でも、本当に無理をしない程度しかやる気を出していないつもりだったのだ。
だがしかし。
不思議なことに異世界から戻ってくると、オレは自分でも驚くほど集中力が高まるのだ。
それは毎回、毎回、必ずなので、まちがいないらしい。
おかげで、週始めのオレは仕事がマッハだ。
来る仕事、来る仕事、本当にテキパキと片づけてしまう。
おかげでオレの評判は変わった。
「使えないダメ社員」から、「使える雑用係」に進化したのだ。
(……まあ、本当に雑用係だけどな)
そもそも今までが今までなので、大した担当も持っていない。
そのため、みんなから便利に使われている「お手伝いさん」状態なのである。
でも、オレはそのぐらいの期待感がちょうど良い。
過大評価されるよりは、過小評価を望むのがオレだ。
このまま、雑用係としてほどほどに生きていければ充分である。
(あ……。でも、3ヶ月分でアレを買えるぐらいにはならんとな……)
ふとミューの顔が浮かんでしまう。
すると、なんかまた「がんばろう」と思ってしまうオレは、本当に我ながら単純だと思った。
「あのぉ~、大前さん」
オレがまた気合を入れたとたん、背後から恐る恐る声がかけられた。
振りむくと、そこには【
「……ん? 神寺さん。どうかしました?」
「お忙しいそうなところ、本当にすいません」
相変わらずかわいらしい声だが、気のせいかいつもより妙に腰が低い。
彼女はオレより後輩なのだが、今までどこかオレをバカにしたような目で見ていた。
というのは、オレの勘ぐりすぎかも知れないが、少なくともそう見られても仕方ないオレではあった。
しかし、どうしたことか、今日はそういう冷たい感じはしない。
むしろ、どこか怯えた感じがしている。
「あ、あのぉ……。先週は、ありがとうございました!」
「……つーか、なにが?」
「えっ!?」
「……ん?」
なにか、かみ合わない会話。
いきなりお礼を言われたが、正直何のことかわからない。
「あ、あの……先週、風邪でミヤ……わたしが休んだ時、わたしの仕事、かわりにやってくれましたよね?」
「ん? …………ああ! そう言えば、やったわ。なんか、急ぎでやらないとまずいとか、神寺さんのとこのリーダーが嘆いてたから。……あれ? もしかして、なんかミスでもあった?」
「い、いいえ! むしろ、よくできていたとお客さまには褒められましたよ!」
「ああ、そう。そりゃよかった……」
神寺さんがわざわざ声をかけてきたので、オレはてっきり何か大きなミスでもまたやらかしてしまったのかと思った。
あの日はたまたま自分の仕事が早く終わってしまい、手が空いていたから、なんとなくやってみただけだった。
「つーか、いつもコーヒーとか入れてもらっているから、そのお礼だ。気にしないでいいよ」
「えっ! あっ、あれ?」
オレが話を切りあげようとすると、神寺さんは妙に一驚してから、挙動不審にドギマギし始めた。
なぜか丸い目をキョロキョロと左右に動かす。
その度に、髪を短く結んだ髪飾りがユラユラと揺れている。
「……なに? どうかした?」
「い、いえ、あの……ミヤはてっきり……」
「てっきり?」
「てっきり、恩着せがましくつけこんで、ミヤに言い寄ってくるものだとばかり……」
「お前の中で、オレはなにキャラなんだ、こんちくしょう!」
オレがそうツッコミをいれと、今度は横で吹きだす笑い声がした。
「ぷっ……。こいつ、ダメな奴だけど、そういうせこい手は使わないよ、神寺さん」
山崎だった。
いつの間にか近づいてきていて、話を聞いていたらしい。
「ダメな奴ですいませんね、山崎リーダー! つーか、まだ頼まれた見積書はできてませんよ!」
「いやいや、ちがうちがう。見積はそこまで急ぎじゃない。それに、仕事じゃなくて私用。週末の話だよ」
「週末?」
「忘れてんのかよ。ほら、今週末は連休でみんなとキャンプに行くからって話をしたじゃんか」
「……ああ。忘れてた」
「おいおい……」
本気で忘れていた。
確かにそんな話をされたような気もする。
今までなら迅速に断っていたところだ。
が、山崎にもいろいろと迷惑をかけたし、それにメンバーの交流とかも考えているのだろう。
オレ的にはほぼ毎週キャンプ状態なのだが、たまにはこっちの世界のつきあいもいいのかも知れない。
「土曜日か?」
「ああ。土曜に行って一泊して帰る予定だ。神寺さんもいくんだぜ、な?」
「あ、はい。行かせていただきます」
「……うーん」
週末は月曜日が休みの三連休だ。
普通なら土日キャンプで、月曜日がゆっくりできるいいスケジュールである。
「なんだよ、なにか用事でもあるのか? ……あ。この前、言っていた、異世界とやらに行くのか?」
「――異世界!?」
すごい勢いで食いついてきたのは、神寺さんだった。
その勢いに圧倒されながらも、揶揄した山崎がニヤニヤとしながら口を開く。
「あ、ああ。こいつ、週末はいつも、自分の車で異世界旅行してるんだってさ」
「異世界旅行……。大前さん、そういう小説とかマンガとか好きなんですか!? それとも異世界って、あれですか! コミケとかコスプレオフ会とか、そういう意味ですか!?」
「い、いや、そういう意味ではなく……」
オレもたじろぎ、思わず身をひいた。
すると、そのオレを追うように、神寺さんの顔が迫ってくる。
「じゃあ、やはり異世界物が好きなんですか!? やっぱりファンタジー系ですか!?」
「いや、まあ、ファンタジーかなぁ……」
「ネコ耳とか魔女っ娘とか、そういうノリですか!」
「ず、ずいぶんとピンポイントに……。つ、つーか、神寺さん、食いつきよすぎるけど……もしかして、そういうアニメとか好きなの?」
「――なっ!」
いきなり、彼女は言葉を詰まらせた。
そして咳払いをしてから、何事もなかったようににじり寄っていた体勢を戻す。
「……あ。仕事の途中でした。それでは失礼します」
彼女はそう捨て台詞を言って去って行った。
その豹変に、オレと山崎は呆気にとられる。
「……なんなの、あれ?」
「さぁ……」
とりあえずオレは、山崎のキャンプの誘いに乗る返事をしたのだった。
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