第050話:期待を胸に戻ります。

 オレは働いた。

 いや、もう、それはばっちり働いた……働かされた。

 ミューに、あれや、これやとやらされた。

 とはいえ、ミューの実家で朝も昼もご馳走になってしまったし、その飯は非常に美味だったし、欠片も文句はないのだが。

 しかも、両方ともミューの手料理とくれば、文句どころかありがたいぐらいだ。

 味をほめた時のミューのかわいさが、さらなるご褒美をもらっておつりがでた気分だ。

 おかげで俺は、ミューと離れたくないと思ってしまい、帰れなくなりつつある。

 でも、オレは帰らなければならない。

 昼飯をとってしばらくしてから、オレはミューとアウトランナーで村から出て、ちょっとした平原に出た。

 速度をだして走りやすい場所だと、ミューが案内してくれたのだ。

 村からもわりあい近く、歩きならショートカットできるので村まで十数分程度だろう。

 平原は横幅はさほど広くなく、向こう側には林が見える。

 ただ、縦方向に非常に長く、遠くに赤い岩肌の山が見えていた。

 ここなら確かに、簡単に時速100キロ出せそうである。

 オレは、フロントガラスの向こうの地面を観る。


(……やっぱりあるな……)


 地面を抉るようにしてできた、とても太い轍。

 まるで、18インチのタイヤがつけたような跡。

 それが草を蹴るように、まっすぐとのびていた。

 しかし、オレはそれを口にはしない。

 たぶん、なんとなくだが直感した。

 今は、はっきりとさせなくていいのだ。


「案内、ありがとな、ミュー」


「ん? 気にするな。でも、キャラにあえなくて残念だったな」


「……まあ、すぐに会えるだろうから問題ないさ」


「そうか」


 そう微笑んだミューが、持っていたバッグから本のような物を一冊とりだした。

 何かの茶色い革でできたカバーで、全面に魔法陣を思わす模様が描かれている。

 その上から、真っ黒い厚いベルトが十字に走っている。

 そして、そのベルトの中央には、南京錠のような鍵がついていた。


「はいこれ、持っていけ」


「……つーか、なんだ、それ?」


 受けとって、重さに驚く。

 厚みは、普通のA4ノートの4~5倍はあるようだが、横から見ると1枚1枚の紙の厚みがかなりあるので、それほどページ数はないのだろう。

 やはり、革のカバーやベルトと鍵の重さだろう。


「それは預言書だ。このタイミングで渡すことになっていたらしい」


「……はい?」


「簡単に言えば、日記だ」


「いや、待て。なんでおまえの日記が預言書なんだよ!」


「その日記には、あるまじないがかけられていてる」


「つーか、お前は話を聞けよ!」


「これが鍵だ」


 彼女は銀の鍵をよこす。

 本当に小さい、非常に簡単そうな物だった。


「帰ったら読むと良い。ただし、その預言書を読むと……」


「……老人になるとか言わないよな?」


「それは見てからのお楽しみ」


「うわー! ぜってーなんかあるのに、中が気になるじゃねーかよ、こんちくしょう!」


 もしかしたら、玉手箱を受け取った浦島太郎はこんな気分だったのかもしれない。


「それから後ろに置いた茶色の革マントは、持っていくといい。ミューのお手製だ」


「マジで! いいのか、そんなにいろいろもらって……」


「うん。もらってくれ。こっちに来る時は忘れずに持ってきてくれ」


 そう言うと、ミューは慣れた感じで車から降りた。

 そして、外を歩いて運転席側にまわってくるので、オレは窓を開けた。


「いろいろサンキューな、ミュー」


 オレが窓から手をだすと、ミューがその手を両手で包みこむ。


「うん。また早く来い」


「ああ。……つーか、一つ聞きたいんだけど」


「ん?」


「あのさ、ミューは結婚しているのか?」


 オレの手を包むミューの左手の薬指に、ダイヤの指輪が見えていた。

 それなりに立派そうな指輪である。

 気がついたのは、昨日。

 オレはそれから、その指輪が気になって気になって仕方なかった。

 なにしろ、ミューの母親の薬指に、指輪はなかったのだから。


「……ふふふ。気になるか、アウト」


 オレの視線が指輪に向いていることに気がつき、ミューは勝ち誇ったように笑った。

 琥珀色のネコ耳をピクピクと動かしながら、指輪を頬に大切そうにあてた。


「なんと給料3ヶ月分だ!」


「3ヶ月分! ってか、3ヶ月分でそんな立派な物を買えるとは……」


「ふふふ……。我が旦那様に畏れいったか」


「いった、いった」


「……アウト、嫉妬したか?」


「いや、別に」


「即答か、こんちきしょう!」


「こら。女の子がそんな言葉使うんじゃありません!」


「少しは嫉妬するべき!」


「なーんで、オレが嫉妬しなきゃならん」


「む~……」


 膨れた顔から目線を外して、オレは正面を見た。

 そして、ハンドルを両手で握り、シフトレバーをドライブに入れてから、横目でミューを一瞥する。


「つーか、期待して待ってろって」


「……ん?」


「オレもがんばって、そのぐらいの物が買えるぐらい稼げるようになってやるから」


「……うん。期待して待ってる」


 キャラと同じ、心地よい期待感。

 それを受けとり、俺は後ろ髪を引かれながらも、自分の世界に戻るためアクセルを踏みこんだ。

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