第064話:しばらく撫でていた。

 しばらくすると、アズの呼吸が落ちついてきた。

 熱が若干、下がったおかげだろう。

 かなり汗もかいていたので、座薬を投与した時に下着も脱がせて、さっと体を拭いてから、代わりにオレのティーシャツを着せておいた。

 その上から、さらにオレのスウェット生地のパジャマを着せた。

 もちろん、ダボダボだけど寒さよけにはなるだろう。

 蒼い髪に青いスウェットのアズは、本当に愛らしかった。


(うむ。このかわいい娘の風邪は、パパが治してやらなければ!)


 ここで喘息でも起こしたりしたら、まず助からない。

 愛娘を死なすわけにはいかないのだ。

 まずは水分をとってもらわないといけない。

 そろそろ意識を戻してくれるだろう。

 そう思い、ぬるま湯を用意していると、小さく唸るような声が聞こえた。

 ふりむくと、アズがゆっくりと車の中で上半身を起こそうとしているところだった。


「おお。アズ、気がついたか!」


 オレの声に、ゆっくりとこちらを見るアズ。

 そして、視線が合うと目を見開く。


「…………ア………アウト?」


 痺れるような呼び声が、オレの全身を走り抜けた。

 彼女の甘い声が、弱弱しいながらもオレの名を呼んだのだ。

 おかげで、オレは魔法から一気に覚める。


(はっ! そうだ。オレはアウト……【大前おおまえ 現人あらと】だ。……アズの……パパじゃない……)


 正しい認識が戻る。

 だが、娘であろうがなかろうが、アズを助けることに変わりはない。

 オレの行動に変わりはない。

 動揺しないように、オレはぬるま湯を運んだ。

 アズはまだ状況がつかめないのか、驚いたまま口を押さえている。


「つーか、話は後な。飲めるか? ゆっくりでいいから水分を取れよ」


 オレはアズの背中を支えながら、コップを渡した。

 するとアズは、最初は口を濡らす程度に飲んだ。

 その後、ワンテンポ置いてから、ゴクゴクと飲み始める。


「かなり汗をかいたから、喉が渇いただろう」


「…………」


 オレの言葉にコクリとうなずいてから、彼女は気だるそうにしながらも、自分の服装に気がついた。

 見たことないスウェットの服に、ティーシャツ。

 もちろん、下着は着けていない。


「…………」


 彼女は、まだボーッとしているのだろう。

 自分の服装をうつろな目でしばらく見ていた。

 だが、時間が経つにつれ、顔が段々と真っ赤に変わっていく。


「落ちつけ、アズ! 今は考えるな! オレも考えないようにしているんだ!」


 オレの言葉に、口が音もなくアウアウと動いている。

 熱が一時的にまたあがってしまったかのように、顔が真っ赤かである。


「頼むから落ちつけ。やっと解熱剤で熱をさげたんだ。今はとにかく大人しく休んでおけ。文句も話もすべて後で聞くから」


「…………」


「よし。オレはちょっと向こうで――」


「――!!」


 すると、彼女はハッとしたように、オレの体にしがみついた。

 そして、すがるような青眼で胸元からオレを見あげてくる。

 もちろん、彼女の言いたいことはすぐにわかった。


「安心しろ。もう逃げない。絶対に約束するから」


「…………」


「つーか、飯を作るだけだって……」


 オレは彼女が安心するように、頭をしばらく撫でてやる。

 長く感じたが、たぶん一分も経っていないだろう。

 信用したのか、彼女は静かにうなずいて腕を放してくれた。



   ◆



 雪景色のため、時間感覚がまったくわからなかったが、今はもう外が真っ暗になっていた。

 オレは、LEDランタンと小さな焚き火の明かりで洞窟を灯した。

 ここら辺に魔物はでるのだろうかという不安もあったが、今のところは来ていない。

 外は少し吹雪いているぐらいなので、雪男とかでもいないかぎり魔物も来ないのかも知れない。

 枯れ木はまだ少しあるが、朝までは保たないだろう。

 実は、こちらでバーベキューでもやろうかと炭を三キログラムほど持ってきてはいる。

 とりあえず、枯れ木がなくなる前に炭に火を移しておくべきだろう。

 いつもなら、「アウトランナーがあるから」と言うところなのだが、今回ばかりはかなり辛い。

 まず、これだけ寒いと、バッテリーの効率が極端に下がる。

 スキーとかで、携帯電話やデジカメの電池があっという間になくなるのと、まったく一緒である。

 いつもより電池の持続時間が短くなるのだ。

 また、この雪道を走破できる装備もない。

 万が一、この雪が何日も続くようなら、ガソリンを帰れるぐらいは残すように使わないといけない。

 今回ばかりは、アウトランナーにばかり頼るわけにはいかないのだ。

 手持ちのエネルギーは、大事に使わないといけない。


「落ちついたみたいだな……」


 彼女はまた、睡眠に入っていた。

 熱は下がっているので、ゆっくりと睡眠は取れるだろう。

 その間に食事の用意をしておこう。

 実は、鍋でも食べようかと思い、いろいろと材料をそろえてあった。

 だが、病人がいるので、ここはおかゆにしておこう。

 どうせこれだけ寒いのだ。野菜が傷むこともないだろう。


(おかゆ……どうやってつくるのかなっと……)


 もちろん、レシピなど知らない。

 だが、こんなこともあろうかと、オレはネットで調べてレシピを片っ端からスマホに保存しておいたのだ。

 その中に、おかゆのレシピもあった。


「まずは米を水に三〇分ほどつけておく? ……時間ないからはぶこう。味は薄めが良いけど、粉末出汁ぐらいは入れてみよう。……あ。火にかけたら、その間に洗濯しておくか」


 オレは黙々と主夫業に励んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!