第063話:裸にひんむいて……
予感はしていた。
予感というより確信に近いものがあった。
今回、異世界に来る時に見た夢をかなり鮮明に覚えていたのだ。
それは、オレに助けを求めるアズの声。
そして、倒れ伏しているアズの姿だった。
ただ、夢の中では雪が降ってはいなかったので、まさかここで倒れているとは最初は思わなかった。
しかし、白銀に浮かびあがった黒い影を見た時、オレはすぐさまアズに結びついていた。
「アズ! しっかりしろ!」
アズはどのぐらいそのままでいたのかわからないが、意識を失っているようだった。
だが、まだ呼吸はしている。
オレは彼女を抱えあげて、オレがさっきまで寝ていたベッドに寝かせようとした。
しかし、真っ黒な汚い外套がびしょ濡れだった。
オレはタオルを敷いて、その上に彼女を寝かせ、まずは外套を外させた。
すると、彼女の手首には、また黒い石と木でできた手枷がつけられている。
(おいおい。前に誘拐されてから数週間だぞ……)
誘拐されやすいにもほどがあると思いながら、また手枷の鍵を電動ドライバーのドリルでぶち壊してはずしてやった。
前に少し聞いたが、この手枷があると魔法が使えないらしい。
逆に言えば、これをつけていれば普通に話すこともできそうだが、この手枷の表面に彫られている文様が妙に禍々しい。
こんなものをアズに付けさせるどころか、そばに置いておくのも嫌なので雪の中にポイと捨ててしまう。
これで気がつけば、魔法で元気になることもできるかもしれないが、どうにも意識が戻らない。
仕方なく、湿っている服をすべて脱がしてしまう。
そこに、邪な気持ちも、スケベ心も入る余地などなかった。
彼女のすっかり冷たくなった肌を触ったら、なんとかしないとという想いでいっぱいだった。
それに、もともとロリコンではない。
オレが彼女から感じていたドキドキは雰囲気なのだ。
意識のない今、彼女はただの弱々しい少女だ。
そんなか弱い存在に、邪悪な心など現れるわけもない。
とりあえず下着は濡れるのを免れていたので、その状態で彼女の体を電気毛布で包んで、さらにセラミックファンヒーターもつけた。
ちなみに、小型のUSB電源型の扇風機を回して、セラミックファインヒーターの温風がフロントウィンドウに当たるようにもしておいた。
そうしないと、すぐに雲って外が見えなくなってしまうのだ。
そして、すぐさま車を走らせる。
雪はまだ降っている。
ゆっくりはしていられなかった。
◆
オレはもしかしたら、本当に運が良いのかも知れない。
会社をクビになるという寸前に異世界に行き、そこで仕事をすることでクビを免れた。
怪物に襲われ、崖から落ちたと思った瞬間に元の世界へ戻れた。
その他にも、「運が良い」としか思えないことはたくさんあった。
特にここ最近の上向き傾向は、どう考えても異常に感じる。
思い起こしてみれば、あの住職に会った後あたりからだろうか……。
今も雪の中をスタックもせずに、岩山の近くになんとか無事に辿りつけた上、大きめの洞窟まで見つけてしまった。
それほど深くはないが、雪をしのぐことができそうだった。
もちろん、奥に熊が寝ていましたなど言うこともなかった。
こんなに都合よく見つかると、我ながら怖くなる。
洞窟の高さは3メートル近くあるが、間口はアウトランナーを縦に止めると、人が1人通れるか通れないかぐらいしか間隔がない。
奥行きは、5メートルぐらい。
そこにアウトランナーの後部を1メートルぐらい突っこんでとめた。
次に、洞窟の壁や天井部分にペグを打ちこんで紐を通して、アルミシートを張るようにした。
洞窟とアウトランナーのボディの隙間を埋めるようにするわけである。
ただし、通気口ができるように上部にベンチレーターかわりの隙間は作った。
また、アウトランナーのマフラーの口のところは間隔をあけて、排気ガスが洞窟側に来ないよう石とアルミシートでガードしてみた。
もちろんエンジンをかける時は、充分に注意するつもりではあるが念のためだ。
それから、外に出てしまっているフロントガラスの上にもアルミシートをかぶせておく。
これでガラスへの凍結防止と、積もった雪の除雪が簡単になる。
キャンプ情報雑誌を買った時に載っていたテクニックだ。
なんとか落ちつくと、オレは雪がまだ酷くなる前に焚き木になりそうな枝を拾ってきた。
近くに枯れ木が見つかり、これまた運が良かったと言えるだろう。
とりあえずできる限り拾ってきてから、それで焚き火をすることにした。
石を拾ってきて、それで囲いを作る。
枯れ木と言っても木々は湿っていたので、中心には持参した着火剤。
その上に木々を並べていく。
もちろん、空気の通りを塞がないように少し立体的に組んでいく。
着火剤を2つほど使用してしまったが、しばらくすると焚き木がパチパチと火をあげてくれたのだ。
これでしばらくしたら、セラミックファンヒーターを止めてもある程度の温度は確保できそうだ。
この状態だと、いつ戻れるかわからない。
電気もガソリンも今は貴重な資源だ。
もちろん、焚き木はあっという間になくなりそうだが……。
「アズ……」
オレは
顔が真っ赤で、息が少し荒い。
おでこを触ると、かなり熱くなっていた。
持っていた体温計を彼女の脇にさしてみる。
簡易計測なので一分で表示されるが、そこには四〇度という文字が。
「……つーか、これ、やばくないか……」
見る限り、先ほどみたいにふるえたりさむがっている様子はもうなかった。
そうなれば、あまり温めても熱が上がりすぎてしまう。
オレは電気毛布のスイッチを切って、冷却シートをアズの頭に貼ってみる。
冷却シートはあまり意味がないという話も聞くが、気分がよくなるかもしれない。
熱が出ること自体は、病気と闘っているから悪いことではないと、オレの祖母が言っていたことがある。
しかし、その時は水分とかきちんと取らさないといけないと言って、オレが熱を出した時に小まめに少しずつ水を飲ませてくれたことがあった。
そこで、俺も水を用意する。
紙コップに少しいれて、コップの口を細くして、アズの唇に当ててみるが飲もうとする様子はなかった。
それどころか、アズは低く唸り、声をかけても薄めは開けるものの朦朧としているようで反応が鈍い。
この状態では、水を無理に流しても咽るだけだろう。
まずは、この熱を下げる必要性がありそうだ。
あの雪の中を歩いていたのだから、きっと体力も限界のはずである。
これ以上の高熱は、彼女の体力がもたない気がする。
しかし、この状態だと錠剤の解熱剤を受けつけてくれるとは思えない。
「アセトアミノフェン……」
オレは一つの箱を薬箱から取った。
薬類は、いろいろと買っておいた。
食い物も同じだから肉体的には大して変わらないだろうと、キャラやアズに何かあった時用にと子供用の薬も適当に買っていたのだ。
その中の一つ、市販用で大人用はないが子供用だけ存在する薬。
「解熱用の坐薬……」
とりあえずいろいろと買っていただけで、まさか使うことなど考えてはいなかった。
これを使うのは、さすがに躊躇われる。
(つーか、いろいろとまずくないか……)
効果に関しても、異世界のアズに使っていいのか悩むところだ。
そして使用方法も、倫理的に大丈夫なのか気になるところだ。
だからと言ってこのままでは、アズが危険である。
まだ汗がそれほど出ていない。
熱が上がっている最中なのだろうか。
だったら、やはり体力的にもリスクがある。
(心を聖者のように……聖者モードにチェンジ……つーか、モードチェンジしている暇はない!)
せめて、アズの意識が戻ってくれれば、水や薬を飲ますこともできるのだがと思い、オレは最後にもう一度だけ声をかけてみる。
「大丈夫か、アズ?」
「……うう……」
唸るような低い声だけが返る。
これはもうだめだから、覚悟を決めよう。
そう思った時だった。
「……パパ……」
「――!?」
パパ……。
……そうだ、パパだ!
オレは、アズのパパじゃないか!
かわいい娘が苦しんでいるのに、オレは何を悩んでいるだ。
娘にやましい気持ちなんてとんでもない。
「待っていろ、アズ! パパが助けてやるからな!」
オレはアズの魔力のこもった一言で、聖者モードならぬ、パパモードに移行していたのだった。
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