第017話:オレは仕事を終わらせて……
独り、オレはアウトランナーの中で黙々と仕事をしていた。
不思議なことに、自宅でやるよりも、会社でやるよりも、非常に集中することができた。
確かにテレビやインターネットという誘惑がないことは大きい。
しかし、それ以上に集中力が尋常ではないほど上がっていた。
そして根を詰めて頑張った後、息抜きに車外にでて深呼吸をすると、すぐにまた頑張ろうという気になれたことも大きかった。
これが自然のリフレッシュ効果なのだろうか。
もう今は廃れた、マイナスイオンとかいう謎成分のせいだろうか?
いや。むしろ、異世界なのだから、魔力とかかもしれない。
なにしろ、自分で言うのもなんだが、マイペースで、ろくでなしで、怠け者で、仕事に対して常時モチベーションゼロのオレが、朝から、ずーっとパソコンに貼りついて仕事をやり続けているのだ。
しかも、我ながら恐ろしいほどの速度と正確さで作業している。
何度かまちがいがないか検算をかけたり、見直ししたりして見たが、ほぼミスがない。
(どうしたんだ、オレ……奇跡か?)
足元に広がる原っぱ。
遠くに見える山々。
緑の神秘と不気味さを織りなす森。
その森から流れ出る澄んだ川。
混じりけがない空気。
そのすべてから魔力……かどうかはわからないけど、不思議なパワーをもらっている気分だ。
今なら、どんな不思議も信じられそうだ。
「これを買ったら宝くじが当たった」「彼女ができた」等の怪しげなセールストークのパワーストーンでも、信じて買いしめてしまいそうな気分である。
自分で言うのもなんだが、オレが仕事に打ち込むということは、そのぐらいの不可思議現象なのだ。
(椅子と机があればなぁ……もっと頑張れる気がするんだが……)
姿勢を変えながら仕事しているが、腰や肩がかなり痛い。
もう少し楽な姿勢ができれば、さらに効率アップできるはずだ。
机と椅子……これは、また購入メモに追記しておかなければなるまい。
(つーか、帰れるのかわからんけどな……)
ちなみに食事は、キャラがとってきてくれたリンゴと、キノコ、ほぐしておいた焼き魚の残りを食べたりした。
しかし、二日目になると、リンゴしか食料がなくなった。
リンゴばかりは、どんなにうまくて飽きがくる。
リンゴから作れるものとなると、ジャムとかリンゴパイとかあるが、正直作り方など全く知らない。
こんなことなら、料理を勉強しておけばよかったと思うが、後の祭りだ。
ならばと、キャラのマネをして魚を捕まえてみようとした。
ナイフも持っていないので、とがってそうな木の枝を使って、魚を狙うがまったくかすりもしなかった。
足が冷えただけで、くたびれもうけ。
キノコはキャラに「素人が手をだすと毒キノコで死ぬ」と脅されていたので、挑戦もせずにあきらめていた。
というわけで、けっきょく二日目の食事はリンゴだけで終わった。
今度から非常食はもっと積んでおこうと、購入メモに書き足した。
ちなみに釣りセットも書いておこうかと思ったが、ぶっちゃけ釣りってよくわからないのでやめておいた。
◆
二日目の夕方になっても、キャラは戻ってこなかった。
まあ、到着しても足の痛みを再発した可能性もある。
疲労もたまっているだろう。
リンゴは飽きたが、最悪、一日食わなくても死にやしない。
ただ、二日は無理なので、どこか自分で人里を探しに行こうと思う。
ちなみに、仕事は終わってしまっていた。
しかも、当初の予定よりも、かなり詳細にデータをまとめることができている。
さらに、その資料を見ていて思いつき、新しい企画提案書まで作ってしまった。
まあ、提案書など作ったこともないので、かなり適当でお客様に見せられるような品物ではないかもしれない。
さらに言えば、この話はもう数日前に終わったことだ。
いまさら、もし戻れたとしても、何の意味もない。
しかし、オレは妙な充実感を感じていた。
(なんだ。オレ、意外とがんばれるじゃん……)
もし、このまま元の世界に戻れないとなれば、ガソリンがなくなったアウトランナーともお別れして、キャラの言うとおりこちらで生きるために仕事を始めなければならない。
不安がない……と言えばウソだが、オレは意外になんとかなるのではないかと思いはじめていた。
楽天家だと言われればそうなのだが、妙な自信が後押ししていたのだ。
(つーか、それもキャラが、ちゃんとと戻ってきてくれないとさすがにむずか――!?)
突然、森の奥から獣の甲高い鳴き声が響いた。
運転席に座っていたオレは、窓から顔を出して覗く。
少し離れた森の上、飛び立つ鳥らしき影が夕焼けに映る。
続いて象の鳴き声……いや、もっと凶暴そうな声が響いてくる。
振動、そして木々の倒れる音。
(……つーか、なんかやばそうな気がする!)
オレはアウトランナーをいつでも走れるようにする。
途端、車から百メートルほど先の森の出口から、人影が飛びだして来た。
「……まさか……キャラ!?」
と思ったのも束の間、その背後からまるで大きなトカゲみたいなのがでてくる。
濁った緑色だと思うが、夕焼けに照らされてオレには色がよくわからない。
だが、長い尻尾とトカゲのような体、だがそれに長い首がついて、まるで恐竜のようだった。
たぶんサイズは、六メートルぐらいあるだろうか。
それが森から出た途端に、鎌首を持ちあげて、威嚇するようにさっきの象のような鳴き声を放った。
「か、怪獣はやべーだろ! つーか、夜までは安全じゃなかったのかよ!」
不思議なことに、その時のオレには「逃げる」という選択肢が出てこなかった。
アクセルを踏み込むと、その怪獣の方にハンドルを切った。
ベタ踏みのために、すぐエンジンが唸りだす。
逃げる姿は森をでた後も、真っ直ぐ走っている。
こっちには気がついていると思うが、こっちに逃げてこようとはしない。
「ぜってーキャラだ! あいつ、オレから離れて……。バカやろう!」
オレはアウトランナーでそのまま体当たりするかどうか考えた。
もしそれで斃せなければ、まずまちがいなく二人とも死んでしまう。
それはよろしくない。
だが、このままではすぐにキャラに追いついてしまいそうだ。
なにしろ、その速度はかなり速い。
今までは森の中だから逃げられていたのかも知れない。
原っぱに出てきたら、いくらキャラの足が速くても、すぐに追いつかれてしまうだろう。
(早くこっちに気をそらさなねーと! つーか、どうやって……そうだっ!)
オレはハンドルの真ん中を思いきり叩いた。
クラクションが、耳障りな騒音となって鳴り響く。
それを難度もくりかえす。
すると、怪獣の顔がこちらをチラッと見た。
オレはチャンスとばかり、さらにフロントライトでパッシングを浴びせる。
「……来た!」
怪獣が向きを変えた。
パッシングが前の車を挑発する以外に、まさか怪獣の
そんなことを思いながら、さらにクラクションを鳴らしてから、急激にユーターンさせる。
車は不安定にもならず、方向を一八〇度変えて見せる。
ルームミラーの中に、すごい勢いで迫ってくる怪獣。
オレはアクセルをベタ踏みにして、モーターではなく力強いエンジンを
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます