第016話:甘酸っぱさを感じながら……

 オレは気がついたら、荷室ラゲッジルームで横たわって寝落ちしていた。

 荷室ラゲッジルームの床は硬いため、かなり体が痛い。

 やはり、マットとかあると便利だなと思う。

 しかし、普通のマットは場所をとる。

 いいマットがないか、元の世界に帰れたら探してみることにしよう。

 ちなみに寒さの方は、電気毛布がかけられていたから大丈夫だった。

 どうやら、キャラがかけてくれたらしい。

 書類もパソコンも邪魔にならないように端にどけてあった。

 礼を言おうと周りを見るが、キャラが車の中にいない。

 確かにもう日が昇っているが、そんなに早くに出発したのだろうか。

 オレは慌てて起き上がり、辺りを見まわす。

 と、フロントガラスの向こうで、こちらに向かって歩いているキャラの姿があった。

 耳をピンとしながら、顔をニコニコとさせ、何か両手一杯に抱えてきている。

 真っ赤な丸い果実……どうみてもリンゴだ。

 オレはドアを開けて、脱いでいた靴を履いて迎えにでる。


「おはよう、アウト。森でおいしそうなリンゴを採ってきた」


 やはり、リンゴだった。

 しかし、たぶん「リンゴ」という言葉ではないのだろう。

 オレの中で勝手にそう変換されているのではないだろうか。


(つーか、あの住職が「異世界と適合する」とか言っていた気がしたし……たぶん、オレの頭の中で日本語として解釈されているだけなんだろうなぁ)


 そんなことを考えながら、オレはさしだされたリンゴを受けとった。

 持った感じも、香りも、やはりリンゴだ。

 甘酸っぱさに鼻孔がくすぐられ、思わず喉を鳴らしてしまう。


「ありがとう……つーか、お前は足を怪我してるのに歩き回るなよ!」


「ん。もうほとんど大丈夫。獣呪族じゅうじゅぞくは丈夫で、怪我の治りが早い」


 確かにもうかなり普通に歩いているし、足首の腫れもほぼ引いている。


「かなり楽。アウトのおかげ」


「……なんで?」


「車で運んでくれたから、足を使わずに済んだ。おかげで回復が早かった」


「ああ。なるほど。それはよかった。……つーか、『じゅーじゅーぞく』ってなんだ?」


 どうもオレの世界にない言葉は、うまく変換されないらしい。

 知らない言葉は、イメージが出てこないのだ。


「獣呪族は、獣の呪いを受けた一族」


「獣の呪い……」


「そう。大昔、一族のご先祖様たちは、とある山林の神さまに『狩りで獣を殺しすぎだ』と怒りを買った。そして、『動物の気持ちを思い知るがよい』と、その血に呪いをかけられた」


「…………」


 リンゴを荷室ラゲッジルームに転がしながら、静かに話すキャラを見て、オレは「地雷を踏んだ」と後悔した。

 キャラは最初から「そういう種族」なんだとばかり、オレは思いこんでいた。

 しかし、この話からすれば、本来は普通の人間と言うことになる。

 それが呪われたせいで、動物の特徴を持つ姿になってしまったというのだ。

 このパターンは、物語によくあるパターンではないか。

 呪われた一族だと周りから迫害され、いじめられて、友達もできず、いい仕事にもなかなかつけず苦労した……。

 きっとこの配達の仕事も、やっともらえた仕事なのだろう。

 だから、仕事のありがたみ、期待されるありがたみをあれだけよくわかっていたのだ。

 そうだ。そうに違いない。


「呪いの血を継いだ者には、動物の特徴的な一部が現れる」


 そう言ってキャラは、うつむき加減にネコ耳をかるく触れる。

 その表情に影が落ちた気がした。

 オレはなにか慰める言葉を探るが、いい言葉を思いつけない。


「そう。これは呪われた血の証……」


「そ、そんなこと――」


「いわば、チャームポイント!」


「――ない……え? チャームポイント?」


「うん。動物の耳や尻尾がついていると、似合っていればみんな「かわいい」とチヤホヤしてくれる」


「で、でも、呪い……」


「うん。呪われてラッキー、みたいな」


「ら、らっき~?」


「なにしろ、運動能力アップ、回復力アップ、人によっては五感アップ、そして可愛さアップ。それなのに基本は人間のままと、いいこと尽くめ」


「……つーか、それじゃ、神様にとって罰を与えたことにならないんじゃ……」


「ご先祖様、最初は『困った』と騒いだ。でも、よく考えたら、『別によくね?』と……」


「軽いな、ご先祖様……」


「うむ。でも一応、ご先祖様も獣を殺しすぎたことは反省した。けど、呪いが気に入ってしまったので、神様の前ではわざと反省したそぶりを見せず暮らして……現在に至る」


「つーか、神様……謀られてるじゃねーか……」


「そうとも言う。……それよりリンゴ、食べよう」


 そう言うと、持っていたリンゴの表面をキュッキュッと軽く手で擦ってから、キャラはそのまま齧りついた。

 さすがワイルドで、少し果汁が飛ぶが、おかまいなしだ。

 切って食べるつもりがないと知り、オレもキャラのマネをして、持っていたリンゴをそのまま齧った。

 ジュンと果汁ジュースが歯茎を伝ってあふれ、口の中に濃い甘さと、わずかな酸味が広がる。


「やばうま! シャキシャキ! つーか、なにこれ!?」


「りんご」


「うん、わりぃ、知ってる。そうじゃなくて、めっちゃうまいリンゴだなってこと」


「この辺りすごくいい土地。実りも豊富で、今年は特に良い」


「おお。そうなのか」


 オレは夢中でリンゴをかじった。

 考えてみれば、丸かじりするのは生まれて初めてかもしれない。

 それどころか、リンゴの皮を食べた記憶さえないし、食べる部分とは認識していなかった。

 こんな皮までうまいリンゴが自然にできるとは、恐るべし自然と見直した。

 元の世界に戻ったら、リンゴ狩りとかもやってみるかと思ってしまう。


「ところでアウト。キャラはそろそろ行くが、アウトはこれからどうする?」


「もごっ……」


 オレは噛んでいたリンゴを慌てて呑みこむ。


「お、おお。つーか、もう行くのか?」


「そろそろでないと間にあわない」


「そうか。オレは……どうするかな。考えてみれば当てがあるわけでもないし」


「元の世界に戻る方法がわかるまで、どこか町にでも行って、仕事を探さないと、お腹が空いて困る」


「……まあな。じゃあ、近くの町の場所、教えてくれよ」


「ん? ちょっと口で説明しにくい。……二日ほど、ここで待てるか?」


「え?」


「用事を終わらせたら、ここに戻ってきて、案内してやる」


「いや~。さすがにそれは悪いってか……」


「車で送ってもらったお礼。送ってもらわなければ間にあわなかった。だから、次はキャラが案内する」


「つーか、ありがいたいけど……」


「ここは割と安全。キャラが戻るまで、一人でさびしいか?」


「オレは子供か!」


「ああ。独り身でさびしいのには慣れているんだったな、アウトは」


「なんでだよ! 一応、それなりの青春は過ごしてたぞ!」


「見栄」


「決めつけるな! つーか、モテモテだったぞ!」


「話、盛ってる」


「盛ってねー! つーか、こっちにも『盛ってる』って言い方あるの!?」


「じゃあ、待ってて。行ってくる」


「うおおおいいい! 会話、ぶっちぎるな、こんちくしょう!」


 結局、オレはキャラの言うとおり、ここでアウトランナーとともに数日過ごすことにした。

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