第018話:元の世界に戻りました。

 その顔は、まさにあれ・・だ。


(コドモドラゴン? じゃなくて、ほら……コロモドラゴン?)


 インターネット上のウェブサイトで調べれば、「動物界脊索動物門爬虫綱有鱗目オオトカゲ科オオトカゲ属コモドオオトカゲ」とでてくるのだが、その時のオレは混乱していて正しい名前などでてこなかった。

 もちろん、このさい正確な名前などどうでもいいが、長い顔にカバのような鼻、そして口からは時折、長い舌が槍のように伸びては隠れる。

 ごつごつしていそうな肌。

 地面を蹴る鋭い爪を持つ四肢。

 その体もまさにコモドオオトカゲとそっくりなのだが、大きな相違点として首と尻尾がやたらに長かった。

 また、体もとにかく大きく、そのせいで完全に恐竜である。

 というより、オレにとっては「恐竜」ではなく、「怪獣」「モンスター」だ。

 それが、見た目に反してすごい速度で、オレの駆るアウトランナーを追いかけてきているのだ。

 這いよるというより、速すぎて地面を蛇のように滑っているようにも見える。

 時速70キロ……。

 高速道路なら、このぐらいの速度で怖いことなどないのだが、舗装されていない地面を走ることのこの怖さったらない。

 地面はデコボコで、たまにギャップがあって車が少し跳ねる。

 さらに道もなく、先がわからない場所を走るのは本当に恐ろしい。

 だが、オレはさらにスピードを上げる。

 最初、あまり速度を出さないようにした。

 いきなりスピードを上げすぎて、追いかけてくるのをやめられると、こちらをあきらめて、キャラの方に戻りかねない。

 ところが、そんな心配は無用だったのだ。

 なにしろ、あちらさんものってきたのか、時速70キロぐらいでは、今にも追いつかれそうなのである。

 80……90……。

 暴れ馬までは行かないまでも激しい揺れで、ハンドルを握る手に力が入る。


(うっ……マジ怖い! でも、後ろの怪獣、もっと怖い!)


 90キロだしているのに、そんなに怪獣との距離が空いていない。

 だが、やっと道がかなり平らになった。

 よしこれならと、一気にエンジンをフル回転させる。


 100、110……。


(よし! このペースなら何とか――うわっ!?)


 薄暗くなった道だから、気がつくのが遅れた。

 突然、前方の地面がなくなっていることに気がついた。

 崖だった……。

 ブレーキなんて遙かに手遅れ。


(つーか、もう空中だし!)


 勢いあまった怪獣さんも一緒にダイブ。

 少なくても、これでキャラは大丈夫だろう。


 ……あれ。


 なんかオレ、妙に落ちついているな……。


 あ。


 下に川が見える。


 これからあそこに落ちるのかな……。


 ……あれ?


 なんか落ちないぞ。


 すべてが止まって……。


 オレの意識は、真っ白な空間に呑まれていった。



   ◆



 オレは低く唸ると、頭をくらくらとさせながら目を開けようとした。

 だが、視界がゆがむ。

 世界が回る。

 死んだのかと考えるが、どうやら生きているようだ。


(オレは……オレは、えーっと……あっ!)


 朦朧とした意識を叩きおこす。

 オレは崖に向かってダイブしてしまったはずだ。

 そうだ。まちがいない。

 オレはうっすらとながら、目を開けてみた。

 自分の体を見る。

 車内を見る。

 そして、問題ないとわかる。

 もしかして、崖の反対側まで飛んだとか?

 確かめるために、窓の外を見る。

 ……霧だ。

 白い霧がけっこうでている。

 しかし、何も見えないわけではない。

 その中に、いくつもの光が浮いている。

 それは、どこかで見た風景。

 先の方に見える見慣れた建造物と自動車、それを照らし出す外灯。

 オレは慌ててドアを開けて外にでた。

 踏みしめたのは、土ではなくコンクリートの地面。

 たくさん並ぶ自家用車、トラック、キャンピングカー……それらがオレの視界に入る。

 そして、少し離れた場所にある建物に、でかでかと飾られた看板。


「EXPASA足柄……サービスエリア……戻ったのか……」


 もちろん、最初に疑ったのは夢落ちだ。

 異世界に行ったのは夢で、オレはずっとここにいたということも考えた。

 だが、オレの服装は車中泊した日と変わっている。

 寝ぼけて着替えた……それはさすがにないだろう。

 オレは車の後ろに回り、テールドアを開ける。

 そこには、転がりまくって、隅っこのくぼみに落ちたリンゴが二個。


(夢落ち……じゃねぇのかよ……)


 そう確信した時、まずキャラのことが心配になった。

 あの怪獣から、あのあと逃げられたのだろうか。

 あいまいだが、記憶では怪獣も一緒にダイブしていた。

 それなら、問題ないはずだ。

 それにしても、わざわざ迎えに来てくれたのに、オレはとっとと自分の世界に戻ってきてしまった。

 すごく悪いことをした。

 キャラはきっと、俺を心配させないように嘘をついていたんだ。

 日が沈まなければ、森は安全……そんなことはなかった。

 どのぐらい危険なのかはわからないけど、あんな怪獣がいる森が、「安全」と言えるわけがない。

 確かにここ数日見ていたが、森の手前には危険そうな動物など見なかった。

 しかし、少なくとも森の奥の方は、それなりに危険があったのだろう。

 その森を疲れた体で、夜になる前に、急いでオレのために抜けてきてくれた。

 彼女はこれから、あの平原で一人で過ごさなければならない。

 夜は寒くなる。

 防寒は大丈夫だろうか。

 確か、リュックみたいなのを背負っていたし、あのしっかり者のキャラのことだから、その点は心配ないと思いたい。

 しかし、朝まで……。


(――あれ? 暗いのはなんで?)


 オレはそこで初めて、周りが夕闇に覆われていることに気がついた。

 オレがダイブした時は、まだ夕方だった。

 こんなに暗くなかったはずだ。

 しばらく気絶していたのだろうか。

 オレはスマートフォンを胸ポケットから取りだす。


(17時02分……つーか、合っているのか?)


 オレは素早くスマートフォンを操作して、設定画面から日時をサーバーと同期させる。

 すると、時間の表示が変わった。


(……03:23……って、へっ!? 金曜日!?)


 時間とともに表示されていた月日を見て、オレは目を剥いて息をのんだ。

 それは、俺が仕事から逃げだし、ここでP泊した、その翌日を示していたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る