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第019話:まずは謝罪……

 まずオレがやったことは、日時の再確認だ。

 テレビをつけてみたり、サービスエリアの建物の中に行ったりして、日時を確かめた。

 オレが異世界に行っていたのは、三日間だ。

 会社から逃げてきた木曜日の夜から数えたとしても、土曜か日曜になっているはずだった。

 だが、まちがいなく、今は金曜日の深夜三時半を過ぎたところだ。

 日付も確認したがまちがいなく、一日どころか半日も経っていないことになる。

 異世界とかだけでも頭がパンクしそうなのに、その上、この時差をどう理解しろというのだろう。


(そう言えば、あの住職は時空間がどうのと……)


 なにか面倒な説明をしていたような気がしたが、それほど頭の良くないオレにわかるわけもない。

 ともかく、これは事実として受け入れるしかない。

 となると、次に考えたことは、これからどうするかだった。


(……間にあう……のか?)


 オレはガソリンを確認した。

 やはり、きっかりと減っている。

 そのまま、目の前のガソリンスタンドに行って満タンにし、カーナビで行き先を自宅に設定する。

 その間、思いだしたのは、キャラのこと。


 到着を間に合わせたくて、車の中でそわそわする姿。


 足を怪我しているのに、転んでも立ち上がり、懸命に歩む姿。


 そして、「期待している」と言った姿。


(つーか、あきらめたら、あいつに合わす顔がないぞ……)


 オレは逃げるのをやめることにした。



   ◆



 オレは家に帰ると、休む間もなくパソコンを自宅のネットワークに接続して、プリンターで資料の印刷を開始した。

 そして、その間にシャワーを浴びる。

 伸びていた髭も剃り、身なりを整える。

 髪型など、いつもは少しボサボサとした感じにするのだが、今日はムースできっちり固めてみた。

 ワイシャツは、新品をだした。

 さらにいつものスーツを着てみる……が、かなり皺だらけだと気がつく。

 まだ時間はあることを確認して、アイロン掛けをする。

 アイロン掛けなんてしたのは、一年ぶりぐらいではないだろうか。

 そして、資料の最終確認。

 それが終わると、いつもより三〇分以上、早く自宅を出る。

 通勤中の車の中、オレはいつも憂鬱だった。

 音楽をガンガンにならしたりして気分を晴らそうとしていた。

 しかし、今日はいつもより憂鬱ではない。

 もちろん、気は重い。

 これから叱られ、罵られるために行くのだから当たり前だろう。

 だが、これは憂鬱と言うより、緊張に近い。

 気持ちも覚悟も決まっている。

 だから、気分をごまかす音楽はいらない。

 オレは、異世界に行っていた間の情報が欲しくて、ニュース番組を流した。

 ニュース番組をこんなにきっちり聞いたのは、社会人になって初めてではないだろうか。

 いつも「くだらねぇ」「つまらねぇ」と思っていたのだ。

 ところが今日はどうしたことだろうか。

 世の中の出来事に、もの凄く興味をもっているオレがいた。

 そのため会社に着くまでの時間も、いつもより短く感じた。

 オレは鞄と資料の入った封書を持つ。

 会社の正門をくぐった。

 さすがにまだ、出社している人は少ない。

 それでも、エレベータに乗ると一〇人ぐらいがひしめき合う。

 株式上場しているし、このところ収益も伸び、都内のいい場所にそれなりに大きいオフィスビルを持つ会社。

 たぶん、ここに入りたくて落ちたヤツはそれなりにいただろう。

 今まで、オヤジのコネで入った事をあまり深く考えなかったが、改めて思えばなんてすごいことなんだろう。

 キャラは、自分の好まない、あんな危険な仕事を幼い頃からやっていた。

 やるしかなかった。

 それに比べてどうだ、このオレは。

 こんな暖かいオフィスで、ノンビリと適当にしているだけで金をもらって、あんな車まで買ってしまって。

 ここにいること自体、今はすごく恥ずかしく感じてしまう。


(でも、仕事は辞めない。金を稼いでおにぎりとカップラーメンを買うんだ! そして、今度こそあのモフモフ尻尾を思う存分触ってやる!)


 きっと口に出したら、この欲望の方が恥ずかしいかもしれないが気にしない。

 オレは、まっすぐに自分のオフィスに入った。

 すると、すでに出社しているまじめな社員数人が、オレに冷たい視線を向けたり、眉をしかめて見せる。


「おはようございます!」


 その全員に向かって、場違いに明るい挨拶をしてオフィスデスクの間を抜けていく。

 途中、机に鞄を置くと、隣の先輩が「大前、おまえなにやってんだ……」とか話しかけてくるが、手ぶりで「後で」とだけ返事する。

 オレが最初に向かわなければいけないのは、本部長の部屋。

 ガラス張りの部屋のドアは開け放たれて、そこにはオレの上司達である、喜多本部長と野々宮部長、そしてオレの直属の上司で同期の山崎リーダーがあつまり、そろいもそろって眉を顰めて話していた。

 ほぼまちがいなく、オレの犯したミスについてであろう。

 その部屋の入り口にすばやく到着すると、オレは少し抑えた声ながらも、はっきりと声をだす。


「失礼します」


 全員の目がこちらに向く。

 次の瞬間、その視線に、はっきりとした怒りを感じる。

 一瞬で全員の双眉がつりあがり、口を強く結んだ。

 しかし、山崎だけが開口する。


「大前、おまえなんで――」


 オレはヤツの気勢を削ぐように、力強く一歩前にでる。

 そして、両手で資料の入った封書を前に突きだしながらも、深々と頭をさげる。


「この度は、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした!」

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