第020話:そして報告と提案……
思い返せば、今までオレは会社で何度も怒られてきた。
しかし、まじめに謝ったことなどなかったと思う。
「すいませーん」「今度から気をつけます」みたいな、もの凄くその場限りの謝罪。
そのせいだろうか。
オレの今回の謝罪は、その場にいた三人を驚かすには十分な威力があったらしい。
数秒だが、全員が沈黙した。
「……あ、謝って済む問題じゃないぞ!」
「そうだぞ、君」
しばらくして、山崎と野々宮部長のとげとげしい叱咤が飛んだ。
わかっている。
許されようと思ったわけではない。
今までの態度や、今回のことを考えれば、「許されなくて当然」と思えた。
だが、五〇代半ばの喜多本部長だけは、貫禄を見せて少し落ちついていた。
叱咤ではなく質問を投げてくる。
「それはなんだ?」
もちろん、オレが頭をさげたまま、前につきだしているもののことだろう。
「はい! これは昨日、お客さまに納めるはずだった資料です。仕上げて参りました!」
「なんだと?」
オレが顔を上げてみると、全員が怪訝な顔をしている。
当然だろう。
こっちの世界での昨日、オレは「まったくやっていません」と言ったばかりだ。
二人がかりでやっても数日かかりそうな内容を一晩でやってきたなど信じられるわけがない。
「貸してみろ!」
山崎がそれをひったくるように取りあげた。
そして、ちょっと二枚目と評判になっている顔を顰めながらも資料を見ていく。
最初は怪訝な顔をしていた野々宮部長も、横から覗きこみながら目の色が変わっていくのがわかる。
少し髪が薄くなってきた四〇代後半の彼は、ポケットから老眼鏡を取りだすと、かなり真剣にチェックし始める。
「……君はこれをやるために、昨日は早退したのかね。なぜ会社でやらなかった! しかも相談もせずに、無断早退などとんでもない話だぞ!」
「も、申し訳ありません!」
実は異世界に行って仕事してきまして……とは言えないので、オレはひたすら謝るしかない。
そして、資料は喜多本部長の手に渡る。
白髪交じりの頭を一回だけ撫でてから、本部長は最後におまけのように入れておいたプレゼン資料をオレに向けた。
「……これはなにかね?」
「はい。資料を作っている間に思いついた提案書です。今回のITセキュリティソリューションとは直接関係ありませんが、お客さまの問題報告の中に健康に関する項目も多く見られましたので、ITリテラシーの教育とメンタルケアのソリューションとして、どうかな……と思いまして」
ここに来る前から考えていた説明を口にした。
「……自然の中で学ぶ……ねぇ……。しかし、酷い提案書だね、大前くん」
「す、すいません……」
その反応は想定内だが、やはり正面から言われると少なからず傷つく。
提案書なんて書いたのは初めてで、どのように書いていいのかなんてわからなかったのだ。
せめてネットがあれば検索したり、社内から参考資料を引っぱれたかも知れないのだが、あいにく異世界でそれはできない。
「君はウチに、規定の提案書フォーマットがあることも知らないのかね?」
「すいません……」
もしかして、藪蛇だったのかも知れないと、ここに至って気がつく。
余計なことをして嫌味を言われ、無能だと恥をかかされるなんてバカすぎる。
おかげでオレの中にはまた、モヤモヤとした自暴自棄を誘うものが腹の中からわきだしてくる。
だが、それを何とか抑える。
絶対に抑える。
もし、抑えきれなかったら、次にキャラに会えた時に、今よりもっと恥ずかしくなる。
「すいません。その提案書はやっぱりなしってこ――」
「まったく訴求力もわかりやすさもない提案書だ。君は二年間、なにをしてきたのかね」
オレの言葉を遮ってまで、本部長は畳みかけるようにだめ押しする。
やはり藪蛇だった。
我慢して、オレは頭をさげるしかない。
「申し訳ありません……」
「本当に酷いデキだ。……だが、アイデアは悪くない」
「……え?」
本部長の言葉に、オレは頭をあげる。
すると、彼の口角が少しだけあがった。
「謝罪の意味をこめた、プラスアルファにはなるかもしれん。……客先とのミーティングは、15時だったな。山崎くん、君はこの資料の精査を午前中に頼む。全データは無理かも知れないので、サンプリングでかまわんができるだけ詳細に。野々宮さん、確か第四企画室とヘルスケアが進めているオリエンテーション企画で似たようなものがあったはずだ。営業企画の田村本部長には私から話しておくから、室長にこのアイデアを伝えて協力を仰いでくれ。詳細はもちろんまにあわないから、客先の反応が良く、乗ってきた時、実際に動けそうな概要程度の簡単な提案書を作ってくれ。君はその手の資料作りが得意だろう。それから……」
喜多本部長は、すごい勢いで指示をだしていく。
あれよあれよという内にいろいろと決まっていき、気がつけば野々宮部長も山崎も部屋から走るようにでていった。
そして部屋に残ったのは、オレと本部長のみ。
ドアは閉められ、なんとも言えない空気が充満する。
「大前くん……」
その空気を揺らすように、喜多本部長は重々しく口を開いた。
「君のことは、君のお父さんから頼まれていた」
「は、はい。知ってます」
「私は、君のお父さんに大変世話になった。だから、君のお父さんの力にはなりたいと思った」
「はい……」
喜多本部長は、ゆっくりとした動きで、自分の席に着くと、大きく立派なテーブルの上に両肘をつけて頬杖をついた。
そして少し上目づかいに、こちらを強い視線で睨んでくる。
クビ宣告かなと思い、体をブルッと震わした。
昨日までは、クビ宣告などまったく怖くなかった。
しかし、今は覚悟をしているものの怖い。
クビになれば、次の仕事が見つかるまで無職だ。
その間、車のローンが払えなくなれば、手放すことも考えなければいけなくなる。
そうしたら、もしかしたらもう、キャラに会えなくなるかも知れない。
「君は……」
死刑宣告を待つような気分で、オレは本部長の次の言葉を待った。
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