snetence 3
第088話:ご褒美として……
結局、オレは脇役なんだろうと思った。
買いあさった異世界チートハーレムのラノベの主人公みたいに強い能力や、はたまた一見すると使えなさそうだけど使える能力とか、そういうのは一切なし。
オレにあるのは、この世界に来ることと戻ることだけ。
それさえも、俺だけの能力ではなく、アウトランナーと合わせた能力とも言える。
しかも、その異能力も気軽に行き来できるわけでもない。
異世界のどこに来られるのか、どの時間に来られるのか……いや、それどころか時間線さえわからないのかもしれない。
適当に来て、適当に過ごして……それってキャラと出会うまでの生活と、もしかしたら根本的に変わっていないのではないだろうか。
オレは村人たちに、深くお礼を言われた。
アズパパに「さすが婿様! 神人の威厳はすばらしい」と肩を叩かれた。
アズには、「お疲れ様です。さすがアウト様です」と愛らしく微笑まれた。
ミヤには、「かっこよかったです。惚れ直しました」とお世辞を言われた。
オレがやったことは、褒められたことなのだろうか。
嘘をついた。
見栄を張った。
ハッタリかました。
こう考えると、やったことはやはりキャラと出会う前のオレと同じじゃないか。
仕事が終わったと嘘をついた。
いい車を買って見栄を張った。
本当は能力があるとハッタリをかました。
うん、やっぱ変わらない。
なのに、オレはなんで……。
なんで今、こんなに気持ちいいんだろう。
(つーか、答えは簡単だよな……)
今回のことは、自分のためじゃなかった。
アズや他の村人たちを守りたかったという大義名分があった。
(まさに大義名分……だけど……)
わかっている。
自分への期待を裏切りたくなかっただけなんだ。
結局、自分のことだけなんだ。
でもさ。でもだよ。
大義名分って大事なんだ。
本当は別に悪いものじゃないんだよ、大義名分。
行動にちゃんと意味があると言うことなんだ。
「適当」じゃないと言うことなんだ。
そしてオレは、チートな異能力がないにしてはがんばった。
「適当」ではなく、真摯にがんばった。
結果、成功させた。
みんなが喜んだ。
だから、オレも喜んだ。
やったことは、脇役の悪あがきみたいなものだった。
決してカッコイイものじゃなかった。
でも、これはやっぱり、前に進んだということのはずだ。
だから、素直に喜び、少しぐらいのご褒美を受けとっても罰は当たらないだろう。
「はぁ~……。気持ちいい……」
思わず心からの声が漏れる。
オレがいるのは、広い広い露天風呂。
村の角にある、隙間だらけながら丸太で囲まれた空間に、しっかりとした木材で組まれた湯船が鎮座していた。
湯船は地面に埋め込まれていて、なにかの土でまるでコンクリートのように隙間が埋められている。
そこにたゆたゆと満ちているお湯は、裏山の方にあると言う源泉からの掛け流し。
成分はわからないが、きれいに透きとおり体をゆっくりと温めてくれる。
裏山から流れてくるまでに程よく冷めているのだろう、少しぬるめで長く入っていてもさほどのぼせなさそうだ。
普段は村人たちが使っているらしいが、今は功労者たるオレの貸し切り風呂としてくれた。
なんという贅沢。
もちろん、村の女性たちがまちがって入ってくるようなラッキースケベ展開はありえない。
昔のオレなら、そういうラッキースケベ展開を望んだだろう。
けど、今のオレは、そんなの望んでいない。
知らない女の裸より、ひとりの静寂を選びたい。
そういう気分の時もあるよな。
「気持ちいい……」
思わず言葉にもれる。
チョロチョロというお湯の流れる音だけが、まるでオレの心音にとってかわるように広がっている。
浴槽に用意された枕木に頭を乗せれば、目の前には真っ黒な空に……いや。真っ黒じゃないな。
昔、誰かが言っていたっけ。
たくさんの星があると、空は真っ黒ではなく
藍染めの色をもっともっと暗くした色を言うそうだ。
確かにうっすらと青みがかっている様に見える。
(勝色……つーか、「勝った色」って、今のオレにピッタリじゃね?)
今、視界を埋め尽くすほどの星が空に輝いている。
ここに来る前に見た、道の駅【川場田園プラザ】の夜空よりも遙かに凄い。
星降る夜という言葉があるが、ああこれのことかと実感する。
(勝色の空に祝福の星の雨……。こんなオレでもロマンチックな気分になっちまうなぁ……)
そう考えてオレは思いだす。
――勝色の空に星の雨……ロマンチックじゃん!
そう言って微笑んだ彼女。
ああ。「勝色」を教えてくれたのは、昔つきあっていた彼女だ。
そうか。彼女はこんなすばらしいことをオレに教えてくれていたのか。
ふと思い出し、もやっとした気持ちが湯気と一緒にわき出てくる。
今だから思うが、オレは彼女に何もしてあげられなかった気がする。
つーか、本当にオレは彼女に酷い態度をとっていた。
もう会うこともないとは思うけど……もし会ったら一言でも謝りたいな。
(元気かな……)
星の中に、ふと懐かしい顔を思い浮かべる。
丸いメガネをかけて、地味なイメージのあった彼女。
ちょっとボーイッシュな口調のくせに、やることは凄く女性っぽかった。
(考えてみたら、きっとオレのためにがんばってくれていたんだろうな……)
最後はあきれ果てられて捨てられた。
当時のオレはそれを逆恨みしていたっけ。
……ああ。やばい。
思いだしたら、恥ずかしくてたまらなくなってきた。
恥ずかしさを流すように、オレはお風呂のお湯を顔にかける。
お湯を払いながら、顔を上げる。
「……ん?」
その視線の先に、オレは2つの人影を見つける。
それは、人生最大のピンチが訪れた瞬間だった。
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