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第036話:彼女の両親と……

 もうすぐ夕暮れ。

 斜陽に照らされた、切り立った岩山の間に、大きな岩がドーンと存在していた。

 高さは、たぶん六階建てのビルぐらいあるだろう。

 横幅は、アウトランナーが4〜5台ぐらいならんで入れそうだ。

 周りと同じ黒ずんだ岩肌で、影になる部分には深緑の苔が貼りついている。

 長き光陰を重ねて鎮座している感じで、まさに動かざること山の如し。

 とてもではないが、人間が動かせるレベルの物ではない。

 オレはその岩の前に車を止めて降りると、半分呆けたようにそれを見上げていた。


 この向こうに、アズの村があるという。


 だが、この岩肌を登るのだろうかと、ぞっとした。

 そんな俺に対して、元の自分の服に戻ったアズは、スタスタと岩の前に向かって立った。

 そして、小さく何かを呟く。

 何を言ったのかわからないが、わずかに聞こえた声で、耳に息をかけられたようなくすぐったさを感じる。

 と思った矢先、アズの正面に変化が現れた。

 岩肌に黒いシミが広がったかと思うと、それはじわじわと広がっていき、最後は正方形の形となる。

 見れば、反対側の景色が見てとれる。

 トンネルができていた。


「おお! 魔法、ワンダホ!」


 感嘆。

 こういうのを見ると、異世界に来た感じがする。

 トンネルのサイズは、馬車とか通ることを考えているのだろうか。

 かなり大きく、アウトランナーでも余裕で通れる。

 俺たちはアウトランナーに乗りこみ、トンネルをくぐっていく。

 距離にして4、50メートル程度すすむと、真っ黒なトンネルが終わって眩い景色が一気に広がった。

 けっこう奥は広いらしい。

 まっすぐと道が伸び、たぶん少なくとも数百メートルぐらいは伸びている。

 その路の周りに、簡素な木造二階建ての家が並んでいた。


「ここがアズの――うおっ!?」


 オレは慌ててブレーキを踏んだ。

 突如、槍を持った男たちが現れて、車を囲んできたのだ。

 その数、20人以上。

 どう見ても、こちらを威嚇している。

 だが、その顔は怖がっているように見え、かなりへっぴり腰だった。

 大方、オレ様の内側からあふれる迫力にビビッていたんだろう……などということがあるわけなく、黒光りに赤いラインのアウトランナーにビビッていたのだろう。


 とにかく、口々に「なんだ、それは」「動いてるぞ」「何者だ!?」と激しく問いかけながら、槍の刃先を向けてくる。

 頼むから車に傷をつけてくれるなよ……などと思うが、それよりもよく考えたら、オレの命が危なくないか?

 しかし、オレのそんな心配をよそに、気がついたらアズが平然と車から降りていた。


「なっ、なんだ貴様は!?」


 誰何する槍男たちに、彼女は目立たないよう頭に巻いていたタオルを外して見せる。

 広がる美しい青い髪。

 すると、その周囲の様子が一変する。


「――ひ、姫!?」


 その場にいた全員が、口々に「姫!」と叫んで、驚きと喜びの顔を見せ、歓喜にわきはじめたのだ。

 一斉に人波が、ドバッとアウトランナーによりそうになる。

 それに対して、すぐにアズが片手をふった。

 とたん、はたと気がついた顔をして、人波が離れる。

 彼らは、まるで道を挟むように、次々と端により、両ひざ立ちで、腕を胸でクロスさせた。

 たぶん、アズに敬意を示しているのだろう。

 その後は、まるで凱旋パレードである。

 騒ぎを聞きつけた人々が次々と外に出てきて、数百メートルはある中央路に並んで、両ひざ立ちの壁を作っていく。

 最終的には、400人ぐらいいたんじゃなかろうか。

 特徴的だったのは、全員が青系の髪をしていたことだろう。

 だが、ぱっと見てアズより鮮やかな青をしている髪色はない。

 どちらかと言えば、ほとんどが青っぽい黒というか、紺という感じの色が多いようだ。

 そんな青い髪ばかりが、道の両サイドを飾る風景は、まさに壮観だった。

 開けた窓からアズが手をふるたび、「姫様!」と呼び声が上がる。

 超大人気である。


「アズ……つーか、姫さんだったの?」


 アズは、コクリと照れくさそうにうなずいた。



  ◆



 オレは路の突き当たりにある、もっとも大きな家の中に招かれた。

 確かに大きな家で、他の家の五倍ぐらいの大きさはある。

 しかし、言い方を変えればその程度で、「姫」と呼ばれる者が住むには簡素に見えた。

 姫と行っても、小さな村の話ということなのだろうか。

 部屋に入ると、そこには年配のいかつい男性と、アズよりも少し暗い青髪の女性が待っていた。


「イータ!」


 年配の男性が喜びの声をあげると、アズは2人に駆けよった。

 そして、涙ながらに熱い抱擁を交わす。

 たぶん、2人はアズの両親なのだろう。

 それは、女性の方を見ればわかる。

 彼女はかなりの美人で、まさにアズが大きくなれば、あのように美しく育つだろうと思わせる容姿だ。

 クリーム色の布でできた、体に巻きつけるような服を着ている。

 アズも同じ服装をすれば、まちがいなく誰もが親子だと認めることだろう。


(……つーか、昨夜のアズの方が美人だったな)


 それに対して、男性の方は「義理の父とか?」と疑いたくなるぐらい似ていない。

 四角く力強い輪郭に、ワイルドな顎鬚、なめし皮のベストから覗く筋肉隆々の四肢。

 もし、本当の父親ならば、アズはどのパーツももらっていないはずだ。

 幸いなことだろうと思う。


「イータよ、いったい何があったのだ。そして、その者は……」


 男――アズパパは、オレを一瞥だけしてから、またアズに視線を戻した。

 なんかけがらわしいものでも見るような視線で不愉快だったが、それよりも気になるのは「イータ」と呼ばれていたアズだ。


(もしかして、アズって苗字の方か?)


 怪訝に思っていると、アズもこちらにふりかえる。

 もちろん、アズパパとは違って嫌悪感があるものではない。

 たぶん「ちょっと待ってて。後で説明するね」みたいな視線だろう。

 オレがかるくうなずくと、アズはニッコリと笑って返す。

 なんとなくだが、オレもアズの顔色が読めるようになってきたようだ。


 アズは両親に顔を戻すと、両手を2人に向ける。

 すると、両親とも片手ずつアズと手をかざすようにくっつけた。

 しばしの間、3人とも目をつむる。


「……そうか。誘拐はやつらが……。しかし、逃げられて幸いだった。そして……」


 アズパパがオレに歩み寄ってくる。

 近づけば近づくほど迫力が増す。

 背丈はオレより20センチぐらい高いだろうか。

 横幅なんて、オレの1.5倍はあるだろう。

 そんないかつい男が、オレの目の前までやってくる。

 そして、ギロッと目を剥いてオレをにらんだ。

 オレは、超逃げだしたくなった。

 下手すれば、いい年してチビるレベルだ。


「おい、きさま……」


「なななななななんだよ……」


「きさま……よくも……よくも娘を……」


「いい、いや、まて。落ち着け!」


「こんなかわいい娘を……」


「か、可愛いからって、やましいことは少しし――」


「娘を助けてくれて、本当にありがとう!」


「――つーか、礼なのかよ! お約束だな、こんちくしょう!」


 アズパパは両ひざをついて、頭をさげてきたのだった。

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