第035話:ヘタレでした。

〈ぶきみだよね?〉


「……ん? なにが?」


 オレは手帳に書いてある質問の意味が本気で分からず、首をひねってしまった。

 ぶきみなものなんて、どこにあった?

 トカゲ怪獣のことか?

 オレが悩んでいると、アズはまたペンを走らす。


〈光ったり、子供なのにおとなになったり、わたし、ぶきみでしょう?〉


「はあ? そんなわけあるか! ぶきみどころか、こんなにきれいじゃねーか!」


 思わず怒るように返してしまった。


「つーかさ、さっきの光とか、大人になったりとかって、魔法なんだろう?」


 興奮気味のオレの迫力に、アズは目をぱちくりとしてからコクリ。

 オレはガッツポーズ。


「うううっ…………うおおおおっ! やっぱり魔法キタァァァァァー!」


 思わず雄たけびをあげてしまう。

 アズが横で怯えるように驚くが、この興奮は止められない。


「つーかさ、せっかく如何にも剣と魔法の異世界に来たっていうのに、物足らなかったんだよ! こっちきて見た剣と言えば、ナイフみたいなので、戦うどころか、魚さばいたり、リンゴ切ったりしていたし。魔法っぽいのって、せいぜい火打石程度だったもんな! あんなのマッチでもライターでもいいわけだしさ!」


 そう。オレは内心で求めていたのだ。

 いかにもファンタジーな魔法を。

 もちろん、最初に出会った【キャラ】が悪いわけではない。

 キャラは、自分でも魔法が使えないと言っていたから仕方ないのだ。

 それにキャラは、もう見た目がファンタジーだからよし。

 あれでよし!

 まあ、昨夜の風景もファンタジーだったが……どちらかというと、メルヘンチックだった。

 オレは、剣と魔法のファンタジーみたいなのを求めていたのだ。


「うんうん。魔法イイネ……魔法最こ――ウガッ!」


 喜び過ぎて跳ねたら、頭ぶつけた。

 アウトランダーの開いたテールドアに頭突き。

 目から火花が飛び散るとは、これか。

 重い頭痛のように、ジンジンと痛みだす。


(つーか、ガキか俺は……恥ずかしい……)


 オレは頭を押さえて、ラゲッジルームに上半身を倒れこませる。

 もちろん、赤面中の顔は隠す。

 何度目だろうか、穴があったら入りたいと思ったのは。


「いててて……」


「…………」


 慌ててアズが這い寄り、頭をなでなでとしてくれる。

 オレのことを嗤ったりもしないで心配してくれるとは……本当にいい娘やなぁ。

 それだけに、ちょっと自虐的になってしまうのは、やはりオレの性根の問題か。


「あ、あはは……いてて……。『いたいの、いたいの、とんでけー』とかやられている気分だな。ガキだね、オレは。恥ずかしいよ、ほんと……」


「…………?」


「……ん? どうした?」


 なんか横目で見ると、頬に手を当てて何か悩んでいる。


「……!」


 と、いきなり両手でパンとならして、妙に納得したように深くうなずいた。

 何だろうと思っていると、また彼女はオレの頭に手をのせる。


「……いたいの、いたいの、とんでけー」


「――あぅっ!?」


 ゾクゾクゾクとする快感が、今度は頭の天辺から走って背筋を通り抜ける。

 その瞬間、心臓まで鷲掴みにされたように潰され、我ながら気持ち悪い声をだしてしまった。

 同時に、彼女の体がまた少し輝きを強める。

 そして、彼女の手が「とんでけー」と同時に頭から離れたとき、痛みはまったくなくなっていた。


「……おお。おお……すげー。痛くない。ありが――!?」


「――!?」


 ゆっくりと顔を上げると、すぐ目の前にアズのオレを見つめる顔がある。

 その距離、15センチほど。

 そんな目の前に、美少女の顔がある。

 しかも、オレの体は先ほどから、アズの声のせいで媚薬にでもやられたように興奮気味だ。

 思わず、音を鳴らして唾を呑む。

 対するアズも、少し様子が違う。

 明らかに透ける肌を紅潮させて、少し輝きのあるグレーの瞳をまったくそらさずに俺の目に向けてきている。


「…………」


 彼女がそっと目を閉じた。

 かるく近づいてくる、整った顔。

 それは明らかに、待っている・・・・・


(えっ? えっ? えっ? これは、ちょっと、もしかして……)


 別にキスをしたことがないわけではない。

 しかし、オレは今、ファーストキッスの時などとは比べものにならないぐらい緊張している。

 心臓が早鐘を打つように……ああ、この感じなのねと、実感。


(い、いいのかな……いいよな……求めてるし……大人だし……)


 と思ってから、オレはさっきの彼女の言葉を思いだす。


――子供なのにおとなになったり


 つまり、もともと子供なのだ。

 求めに応えたら、たぶんオレはとまらない。

 今のオレ、たぶん自制心をなくす自信がある。

 最後までいくね。

 性犯罪者になる自信あるね。

 そうしたら、どうするの?

 責任とるの?

 こっちで暮らすの?


「…………」


 なんかいろいろと考えてたら、動けなくなった。

 難しいことを考えるのが苦手なのだ。

 だからオレは、見なかったことにした。

 逃げるのは得意なのだ。


「……あ、ありがとな、アズ。魔法で治してくれたんだなぁー。すげーなぁー」


「――!?」


 オレが棒読み台詞で頭を撫でると、アズは瞼を開けた後、ぽかーんとする。


「いやぁ~。しかし、驚いたなー。つーか、あのトカゲ、他にも出てこないよなぁ。それとも移動した方がいいかなー」


 まったく気がついていませんというように、オレは視線と話題をそらしてみた。

 いや、もうマジ、かなり理性が限界。

 男性としての欲求が不満大爆発。

 一人だったら、もうなんか始めていたね……何とは言わないけど。

 よく耐えたよ、オレ。

 でも、今は顔さえ見ることができない。

 見たら抱きしめたくなる。


「とりあえず、もう少し安全そうな場所をさが――!?」


 突然、後ろからしがみつかれる。

 背中に当たるやわらかい感触。

 そして、耳元に背後から寄せられる唇。

 そこからもれる息。

 それが、オレを狂わせた。


「……アウトのヘタレ!」


「――あひゃ!?」


 耳から体内に入った、彼女の魔力のこもった妖麗な声は、オレの全身を骨抜きにした。

 それはたとえではなく、まさに骨が抜かれたように力が抜けてしまう。

 そうヘタレ・・・てしまったのだ。

 オレは上半身をなんとか荷室ラゲッジルームに乗せるが、足腰に力が入らずその場にへたりこむ。


「あ、あれ……な、なにこれ……」


「…………」


 明らかに怒気が立ちのぼるアズは、車の奥の方に行って後ろを向けて体育座り。

 その背中には、「怒っていますからね! ぷんぷん!」と書いてある。


「あ、あの……アズさ……ん……ちょっ……つーか……これは……」


「…………」


 はい、無視されました!


 それから10分ぐらい後に、アズが子供の姿に戻るまで、オレはずっとその場で放置プレイされていたのである。

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