第037話:挨拶をして……

 アズの本名は、【イータ・アズゥラグロッタ】だという。

 どうやら、知らない人に名前を聞かれたら、いわゆる苗字を教えるのが普通のようだ。しかも、長い場合は短縮した形で教えることが多いらしい。

 その辺は、日本と感覚が近いのかもしれない。俺だって、知らない人に名前を聞かれたら「現人です」とは言わず、「大前です」と言うものな。


(つーか、まだオレの方は本名を教えてなかったな……)


 そして、もう一つ分かったことがある。

 彼女たちは、【言霊チャーム族】と呼ばれる【魔族】だということだ。

 ただ、魔族と言っても、この世界の魔族は「潜在的に魔力が強い種族」のことで、悪魔の仲間とかそういうのではないようだ。

 ちなみに【魔王】とかいるのか聞いてみたら、昔は魔族の中でも最も強い者が、そう呼ばれていたという。

 なんでも、【魔王冠の儀】という魔王決定戦的な大会もあったが、最近の情勢とかで今はないとのこと。

 話はそれたが、要するにアズたち【言霊チャーム族】は、魔力の強い種族だそうだ。

 あるレベル以上の非常に強い魔力を持つ者は、なんと「話す言葉がすべて呪文となる」というのだ。

 そして髪が美しい青さを見せるほど魔力が強いらしい。

 アズなんて、もろにそれである。

 こんなに美しい青は、この村で周りを見てもみつからなかった。

 実際、彼女はこの村で、もっとも強い魔力を持っているという。

 あまりにも強すぎるため、幼い体では魔力の放出に耐えられなくなるため、体が自然に一時だけ成長するらしい。

 まさにファンタジックワールド! ……と手放しでは喜べない話でもある。

 つまり彼女は、「話せるけど簡単に話せない」というつらい立場なのだから……。

 しかも、そこまで強い魔力や能力を持つと、やはり敵も多かったり、狙われたりする。

 そう。事情はよくわからないが、彼女は魔力を封じる手枷をつけられ、誘拐されたのだ。

 この村の人たちも、捜索隊をだして探していたらしいが、見つけることができなかったという。

 アズ自身も半ばあきらめていたが、その誘拐犯の乗っていた馬車が何者かに襲われ、誘拐犯は全滅。

 その衝撃で気を失っていた彼女が気がつけば、壊れた馬車の中で独りとり残されていたのだという。

 そこから逃げる途中で、オレと遇ったわけだ。

 つまり、オレは悪を倒し、彼女を救出したヒーローでもなんでもない。偶然にも、おいしいところだけ拾っただけの男だ。

 なのに、オレはものすごく感謝された。

 むしろ、怖いぐらい感謝された。


「本当にありがとう! 貴様を歓迎するぞ!」


 アズパパ、なんで「貴様」なのかわからんが、どこの馬の骨みたいな視線は少なくともなくなっていた。


「今夜は宴だ! 貴様をもてなそう!」


 そう言いながら、オレの肩をドンドンと叩くアズパパ。

 ぶっちゃけ、痛い。

 何この馬鹿力と思っていると、今度はオレの方に腕を回してくる。

 そして顔を近づけてきた。


「ところで貴様、まさかうちのかわいいイータに、手をだしたりしてはいないよな? おい?」


「――!?」


 小声ながらドスの効いた尋問。

 オレは一瞬、体をビクッと震わしながら、あわてて首を振る。


「と、とんでもありません!」


「本当かぁ~?」


「もちろん! あのような美しいお嬢様にオレのような人間が手を出すなど恐れ入谷の鬼子母神!」


「はん? 何言っているかわからんが、とにかく手をだしたりしたら、手足ちょん切った上、きさまの大事な人間から、生きていることを悔やむぐらいのめ――」


「――あ・な・た!」


 八九三もびっくりな脅し文句を遮る、冷たく鋭い女性の声。

 それは、オレに向けられたものじゃなかった。

 なのに、アズパパと一緒にオレまで体を強ばらせてしまう。


「いいかげんにしないと、別れますわよ?」


 きれいな青髪をたなびかせて近づいてきたアズママである。

 そのソプラノに届きそうな高く澄んだ声なのに、妙な重圧感。

 明らかに、アズパパが威圧されている。

 強面が引きつって動揺を隠せない。


「な、なにかな? わしは冗談で客人を笑わせようとだな……」


「あら。笑えない冗談なら、わたくしが代わりにいいますわ。あなた、長い間お世――」


「うわあああぁ! 待て! わしが悪かった! な? な? そんなこと魔力をこめて言われたら……」


「…………」


「さ、さあてと……う、宴の準備するぞー」


 アズパパ、愛想笑いとともにそそくさと撤退。

 なるほど、アズママは強いらしい。

 まさか、アズも大人になったら……いや。あの娘は優しいからそんなことはないはずだ。うん。


「ご無礼、申し訳ございません」


 ほんの少しだけゾクリとさせる声で、アズママが深々とお辞儀をする。


「わたくしは、イータの母で【イオタ・アズゥラグロッタ】。先ほど、失礼なことを申し上げたのは、我が不肖の夫【カツパ・アズゥラグロッタ】で、この村の長をしております。名のりもせず、申し訳ございません、アウト様」


 彼女の髪も、かなりきれいな青だった。

 ならば不用意に話すのは危険ではないかと思ったが、なんでも訓練である程度はコントロールできるし、魔力を吸う石を身に着けることで、無力化も可能ではあるらしい。

 しかし、アズの力はあまりに強すぎて、未熟な彼女にはコントロールが難しいらしいのだ。

 ともかく、オレはその日の夕飯をそこでご馳走になることにした。

 久々のまともな食事が楽しめそうなのだ。

 断る理由はなかった。



  ◆



 宴は、4、50畳ほどはありそうな大広間に、30人以上が集まり祝賀ムードで開催された。

 まずは、アズの帰還の報告と、その立役者であるオレの紹介。

 しかし、オレの詳細は秘密。

 謎の乗り物に乗って現れ、姫を助けた謎の男。

 オレは、ほぼ英雄扱いだった。

 イヤ、マジ、オレ、なにもしてないけどね。

 たまたま倒れていたアズを拾っただけだし、魔物に襲われて危険な時に助けてくれたのは、むしろアズだし……と考えると、かなり恥ずかしい。

 紹介などが終わると、乾杯などは特になく宴が開始された。

 基本的に立食パーティ形式らしく、不揃いふぞろながら並べられたテーブルに、酒も食い物もそろっていた。

 何の料理かわからないものもあったが、全体的に味は悪くなかった。

 特に肉料理と野菜が不足していたので、徹底的にそれを狙って食べていた。

 ただ、食べているとやたらと、多くの者たちに声をかけられる。

 主な話題は「どこからきたのか」「あの乗り物はなんなのか」「姫とは何をしていたのか」とかなどだ。

 もちろん、いろいろとごまかしながら答えた。

 しかし、おかげで食事がなかなか進まない。

 さらに、アズママと同じようにクリーム色をした布を巻きつけたようなドレスを着たアズが、オレにぴったりとくっついてくる。

 髪もきれいにとかされ、よくわからないがダイアのような宝石が付いた、銀色の髪飾りをつけていた。

 彼女の青とあいまって、それは非常に美しかった。

 それをオレが素直に褒めると、彼女は顔を真っ赤にしながら喜んだ。

 女性は素直にほめてあげたほうがいいと言うが本当らしい。

 まだ幼くとも、アズもやはり女性なのだ……ということなのだろう。。

 しかし、確かに絶世の美少女なのだが、それだけにアズがついてくると、客もみんなついてくるし、集まってくる。

 もちろん、本日の主役はオレとアズなわけで、それも仕方ないのだが、これだけ話しかけられると食べている暇もなく、精神的にもかなり疲労する。


「……ん?」


 ふと見ると、オレの袖をアズが引っぱっていた。

 そして、下から俺を見上げてかるく首をかしげる。

 これは多分、オレが疲れたことに気がついて心配してくれているのだろう。


「おお。ちょっと疲れたな……」


 そう言うと、彼女はオレの袖を引っぱって、部屋の外に連れだしてくれた。


(パーティを2人で抜けだす……ちょっと胸キュンシチュエーションだな)


 もちろん、幼い彼女と何かあると思っていないし、何もするつもりはない。

 ただ、かわいい女の子を愛でていたいという気持ちである。

 それはきっと、アズも一緒だと思う。

 たぶん彼女もオレのことを「仲のいいお兄ちゃん」ぐらいにしか見ていないはずだ。

 キスを求めたのも、親愛の情で深い意味はないはずだ。

 そうに違いないはずだ……と、オレは思っていた。


 それなのに、二人きりの部屋で、まさかあんな展開になるとは、この時は思ってもいなかったのである。

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