第059話:楽しかったけど……

 オレは十文字女史と相談して、朝ご飯を作ることにした。

 昨日、山崎が失敗したご飯は、電子炊飯ジャーで保温してある。

 それを使って、お茶漬けを作ることにした。

 お茶漬けならば、多少ご飯が軟らかくても問題ないだろう。

 それに、昨夜はけっこうみんな飲んでいたので、お茶漬けは喜ぶかも知れない。

 昨夜のニジマスの塩焼きが二尾残っていたので、それを女史が手際よくほぐしていった。

 それを炊飯ジャーに投入し、魚の臭い消し用に乾燥ワケギと、出汁として塩昆布を少しだけ入れる。

 そこにごま油を香りつけ程度に入れて、よく混ぜ合わせる。

 そしてかるく炊き直し。

 と言っても、一〇分ずつぐらいで中の様子を見ながら調整する。

 これで炊き込みご飯風になるわけだ。

 もちろん、これだけでも美味そうである。

 これを使い捨てのお椀によそってから、その上から熱々の出汁をかける。

 出汁は、インスタントの松茸のお吸い物を薄めに作ったものを利用した。

 朝から炭は大変なので、ケトルでわかしたお湯をIHコンロに載せた鍋に注ぎ、お吸い物の粉を数袋投入したものだ。

 仕上げは鰹節、白ゴマ、きざみ海苔である。


「……驚くほど美味い……」


 とにかく出汁がいろいろと利いている。

 基本は魚介だ。

 ニジマス、昆布、鰹節、そして松茸のお吸い物も鰹だしなので、方向性は統一されている。

 塩昆布を入れすぎるとしょっぱくなりすぎるので、少なめにしておいて正解だった。

 また、ごま油の香りと、ふりかけた海苔が食欲を誘ってくれる。

 まずそうだったベチョベチョご飯が、充分食べられる物に蘇った。

 それにお湯でふやけるので、量が少なくてもけっこう腹に溜まるはずである。


「ニジマスは他の川魚に比べて臭くなりやすいんだけど、なんとかなったわね。生姜とかあればもっと臭い消しもできたんだけど。でも、大前くんがワケギを持っていて助かったわ」


「女史……」


「なに?」


「実は、弁当用のワサビパックとか持っているんですが……」


「大前くん! あなた、天才じゃないの!?」


「持ってきます!」


 ちなみに、料理のアイデアは女史が出した。

 オレにこんな知識はない。

 しかしながら、塩昆布、鰹節、きざみ海苔、白ゴマ、乾燥ワケギ、ごま油、松茸のお吸い物はオレの在庫だ。

 つまり、まさにオレと女史の合わせ技である。

 ……まあ、おまけして山崎と釣り人2名を入れてやっても良い。


「パックのワサビだけど、やっぱりアクセントになるわね」


「締まりますね、味が」


 2人でお茶漬け片手に、まじめな顔でうなずきあう。


「……大前くん」


「なんでしょう?」


「電子炊飯ジャー……バカにして悪かったわ。これは使えるわね」


「でしょ! 炊き込みご飯も作れますよ!」


「まあ、炊飯ジャーがなかったら、フライパンで炒めてもいいんだけど手間もかかるしね」


「ああ、そうっすね。昨日の焼きおにぎりが残っていたら、それにお吸い物かけてお茶漬けにするだけでも美味いですものね」


「わかってるわね、大前くん。でも、この炊飯ジャーの手軽さを外で使えるのは、大きいわ。アウトランナーPHEV……ちょっと私も興味でたわよ」


「でしょ! この車、遮音性も高いんですが、そのために保温性も高いので冬もなかなか暖かいんですよ」


「そうなのね……。普通のキャンプもいいけど、時間がない時にはスマートキャンプとの合わせ技は検討の余地があるわ」


「でも、女史は免許持っているんですか?」


「持っているわよ。……ペーパーだけど」


「……つーか、それじゃあ、アウトランナーの運転、アウトだんなー……何つって」


「――ぶふっ!」


 試しにかなり苦しい駄洒落を言ってみたが、驚くべき勢いで受けてしまった。

 オヤジさえ言わないレベルなのだが、これでも行けるのか。

 どれだけ駄洒落に弱いんだ、十文字女史!


「ちょ、ちょっとやめてよね。お茶漬け、吹きだしたらどうするのよ……」


「す、すいません」


「それから、私がこういうのに弱いっていうのは……内緒にしてよ」


「うっす」


 ちょうどその時だった。

 テントから人が出始めた。

 まず出てきたのは、山崎だった。

 こちらを見て「おはよう」と言った途端、顔が少し固まる。


(うむ。すまん、山崎。オレは女史と非常に楽しく過ごさせてもらったが、これ以上は望まないから許せ!)


 心でそう訴えるが、たぶん山崎には届いていないだろう。

 その後、続々とテントからでてくる。

 男どもはいつまで酒を飲んでいたのだろうか?

 カップルは、昨夜はお楽しみだったのだろうか?

 そして……あれ?


「つーか、神寺さんはまだ寝ているんですかね?」


 とオレが女史に聞いた途端、神寺さんが寝ていたテントの入り口が開いた。

 そこに現れたのは、ヒラヒラのついたピンクのかわいらしいパジャマ姿。

 どうやら寝ぼけているのか、舌っ足らずに「おひゃにょう」とか言いながら、眠気眼を手の甲でさすっている。

 その様子はかわいらしいのだが、まずいのは四つん這いになっていることだろう。

 パジャマの広がった首元から、ちょっと胸元が覗けてしまっている。


「うほっ!」


 そんな神寺さんを狙っていた、Aさん(仮名)とBくん(仮名)が興奮気味な顔を見せる。

 山崎さえ顔を赤くし、カップルの片割れまで鼻息を荒くして相方に叩かれる。


「神寺さん、あなたパジャマよ!」


「…………え?」


 慌てて注意した女史の声で、神寺さんは数秒の間を置いてやっと眼を覚ます。

 そして、自分の姿に気がついて、短い悲鳴をあげると、テントの中にモグラ叩きのモグラのごとくすばやく隠れていった。


(そういや、四つん這いになったアズの胸元も見ちゃったっけ……)


 オレは異世界のことを思いだす。

 なんだか、今の神寺さんの胸元より、アズの時の方がドキドキした気がする。

 確かに今の神寺さんもかわいらしかったが、かわいらしさではアズの勝ちだ。

 それに胸の魅力という意味では、ミューの勝ちだ。

 あのすばらしい張りのある感触に勝てる胸はそうそうないだろう。

 そんな邪なことを考えていたせいか、オレは神寺さんの姿をつい冷めた目で見てしまっていた。


「……大前くんは、神寺さんに興味はないの?」


 そんなオレの態度を変に感じたのか、女史が少し睨むように尋ねてきた。

 興味がないわけではないが、まあ「興味がある」というほどでもないし、下手に言ってエロい目で見ていたとか思われたくもない。

 というか、邪なことを考えていたことには変わりないのだが……そこは言わなくてもいいことである。


「いや、まあ、かわいい後輩ぐらいにしか思ってませんが」


「……ふーん、そう……」


 納得したのか、背中を向ける女史。

 さらに横で「本当だろうな」と念を押すようなモブ2人が一瞥くれる。

 さらにさらに、山崎まで嫉妬を感じさせる視線。


「……さあ、みんな。十文字さんがわざわざ、みんなのために朝ご飯を作ってくれてるぞ。さらさらと食べられるお茶漬けだ。美味いぞ!」


 オレは場をごまかすために、きびきびと動いてお茶漬けをよそっては配った。

 お茶漬けは好評で、なんとかその場の雰囲気はお茶漬けの温かさで、ほっとした雰囲気になった。


出汁・・の利いたホット・・・な茶漬けでホット・・・一息したんだし(出汁)……」


「――ぷっ!」


 オレが横で小声でもらしたら、女史は小走りで車の陰に消えていった。

 自分で言っておいて何だが、何が面白いのか全くわからない。

 しかし、戻ってきた時、スゴイ顔で睨んで来たので、小声で「ごめんちゃづけ」と謝ったら、また小走りに車の陰に消えていった。

 しばらくあとで、こっそりと「お願いだからやめて。言うなら二人だけの時にして」と頼まれたので、その後は言うのを一切やめた。

 うん。楽しんですいませんでした……。

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