第060話:変なフラグを立ててしまった。

 日曜日。

 キャンプから帰って、オレはまた出かけようかと思ったが、疲れていて無理だった。

 仕方ないので、その日はゆっくりとして、翌日の祝日に出かけてみた。

 見に行ったのは、カー用品店だ。

 荷物がいろいろと増えてしまい、辛くなってきたのである。

 普通なら減らすのが一番なのだが、異世界の場合はどこに行くかわからない。

 場所が森だったり、砂漠だったり。

 その上、季節もよくわからない。

 服装もけっこう難しい。

 今のところ、なんとかなっているが、ある程度は荷物が増えるのも覚悟して行く必要がある。

 そこで考えたのが、ルーフボックスだ。

 車のルーフの上に積む、あれである。

 どんなのがあるのか、見に行ってみたのだ。

 ただし見るだけで、その日は別の小物を買って帰宅。

 もう少しいろいろと調べたいところである。

 オレはその日も、異世界には行かずに帰宅した。

 そして翌日、普通に出社したのである……が……。


(やべぇ……やる気が出ねぇ~~~)


 異世界から戻ってくると、不思議とやる気満々になるため、オレの週頭は社畜のように働いていた。

 しかし、この週末は行かなかったせいなのか、まったく集中力がでずに仕事のペースも落ちてしまっている。

 このままでは、また元のオレに戻ってしまいそうだ。


「山崎くん」


 聞き覚えのある凜とした声に視線を動かすと、はたして十文字女史だった。


「はい!」


 嬉しそうに返事する斜め前の山崎は、すっと席を立つ。

 すると、女史はオレの背後を通って、山崎のすぐ横に立つ。

 少し遅れて、ふわっとフローラルの香りが漂っていた。


「先日は、キャンプに誘ってくれてありがとう。楽しかったわ」


「は、はい!」


 憧れの美人に褒められて喜ぶ山崎は、顔が晴れやかだ。

 山崎もわりと美形なので、二人並ぶと美男美女ではある。

 しかし、女史の美人度も仕事の優秀さも高すぎて、バランスが取れているとは思えない。

 山崎レベルでも、かなりがんばらないと胸をはって彼女と肩を並べるのは難しいだろう。

 無論、オレは論外だ。


「また誘ってね。……それはともかく、喜多本本部長がお呼びよ」


「あ、はい。有り難うございます」


 筆記用具を手に取ると、明るい顔で席を離れていく山崎。

 考えてみれば、あいつはかなり本部長に気に入られている。

 このまま行けば出世街道に乗って、女史からも見直されることになるかも知れない。


(まあ、どうでもいいけどね……)


 オレは力がでず、オフィスデスクに突っ伏した。


「大前くん!」


 そこに叱咤的な女史の声が響く。

 オレは思わず反射的に、体を起こしてピンッとする。


「呆けて、手が止まっているわよ。部長から午前中に仕上げてと頼まれているのでしょ。しっかりね」


「は、はい! すいません!」


 オレは女史に視線を合わせられず、すぐさまパソコンの画面に向き合った。

 まったく、恥ずかしいかぎりだ。

 これでは元の木阿弥である。

 言われたことぐらいやると決めたばかりじゃないか。


(……でも、やる気が出ないんだよなぁ……)


 力が抜けそうになると、また背後からフローラルの香りがしてきた。

 しかも、先ほどよりも強く。

 その香りを不思議に思っていると、背後から白い手が伸びてきて、パソコンモニターの下に付箋紙を貼りつけていく。

 オレがその付箋紙の文字を読み終えた時、女史の言葉が後頭部にかけられた。


「その仕事、ランチ前・・・・には終わらせるのよ。……大丈夫?」


「……うっす。了解です。大丈夫です! 終わったら、メールします!」


「そう。じゃあ、よろしくね」


 女史がそそくさと立ち去っていく足音を聞きながら、オレのモチベージョンが鎌首をあげた。

 付箋紙の手紙が、オレに気合を入れてくれたのだ。


――車のこととか聞きたいから、ランチ一緒にどう?


 これはなんとしても、ランチ前に終わらせなければならない。

 オレはパソコンのキーボードを叩き始める。


――新着メール:1通


 途端、それに水を差すような通知が入った。

 相手は斜向かいに座っている神寺さんだった。


――お話ししたいことがあるので、一緒にランチしませんか?


 なんとタイミングが悪いのだろうか。

 今さっき、予定が入ったばかりである。

 心苦しいが、お断りのメールを出す。


――新着メール:1通


 と、すぐに返事が来る。


――じゃあ、仕事終わったらならいいですよね!

――ミヤとデートができるチャンスですよ☆


 少し押しつけがましいが、とりあえずOKをだしておいた。

 どちらにしても、神寺さんに言ってしまった異世界の話も、ちゃんと「冗談」ですませないといけない。


(……つーか、こりゃあ、他の人には口が裂けても言えないぞ……)


 なにしろ、我が社で人気の女性1位と3位からランチを誘われたわけである。

 山崎やキャンプに来たモブ2人以外にも、十文字女史や神寺さんを狙っている人はたくさんいるのだ。

 その相手からランチに誘われるなど、知られたら嫉妬の嵐である。


(なんか変なフラグを立ててしまったのかも……)


 もしかしたら、異世界だけではなく、こちらの世界でも、毎日が楽しくなり始めているのかもしれなかった。

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