第115話:名物を食べた。

 建物の中に入ると、名物などを売っている売店があった。

 一見、特に変わったところがあるわけではない。

 だが、売っている商品はちょっと面白い。


「現人、現人! 見てよ! マックスコーヒーと千葉のビーナッツのコラボバターとかある!」


 希未が喜々として珍しい商品を見つけてくる。

 他にもやはり猪肉が部位ごとに売っていたり、猪の形をしたまんじゅうがあったり、なるほどジビエが売りになっているだけはある。

 そんな商品群を見ていると楽しくなり、ついついいろいろと買っていきたくなる。

 けど、ここは我慢だ。

 今日は、クーラーボックスとか持ってきていないのだ。

 これからいろいろと寄るので、今から生ものを買うのはつらい。


 一通り見て回った後、レストランの方に移動する。

 レストランと言っても、小さな食堂みたいなイメージだ。

 テーブルと椅子が並べられていて、目の前には食券の販売機があった。

 オレは早速、メニューが張ってある壁に近寄る。


「オレは【猪からあげ定食】一択……と思っていたけど、定番らしい【たけゆら定食】も捨てがたいな」


「でも、この【大多喜猪担々麺】もよくない? 地元で狩猟した猪と地元産の筍で作ったシナチクとか、こだわっているじゃん」


「他にも【忠勝カレー】とかも気になるが……」


「んじゃさ、あたしが【たけゆら定食】を頼むから、あんたは【猪からあげ定食】を頼みなよ。んで、おかず交換といこう!」


「いいね! その案でいこう」


 オレたちは食券を買って楽しみに待つ。

 まあ、あれだ。今回の飯は、オレが勝手に場所を決めたこともあっておごりとした。

 それでも、損した気分にはならない。

 なぜなら2人でシェアすれば、より多くのメニューを味わえることになるからだ。

 1人ではできない利点と言えるだろう。

 滅多に来ることができない場所だから、一度に多く消化できるのはありがたいのだ。


「これからどうするの?」


 メニューが出てくるまで、席で一息ついていると、希未が頬杖をつきながら尋ねてきた。

 これからのコースは、もちろん考えてある。


「一応、海岸線沿いに南に下る。本当はもっと多くの道の駅を見て回る予定だったけど、日帰りに変更したから、いくつか絞ることにした」


「……ゴメン。予定変更は、あたしのせいだよね」


「なんだ? あれだけ強引に誘っておいて、今さら謝るのかよ」


「いやまあ、そうなんだけどさ……。現人がこれだけまじめに取り組む趣味を邪魔したのは、ちょっと気になるってか……」


「まじめ? んなことないぞ。もちろん、目的やコースは事前に決めるけど、けっこうアバウトなもんだ。つーか、車中泊の利点は、その辺の融通が利くことだからな。車中泊できる場所さえ確認しておけば、あとは適当でもいいんだ」


「でもさ、いろいろと事前に調べていたみたいだし……」


「その点は気にすんな。このぐらいの予定外はかわいいもんだし」


 なにしろオレは、予定外に異世界まで行って車中泊している猛者だからな。

 それに比べれば大したことではない。

 今日は行けないとはいえ、こっちの世界の話だ。

 簡単に行けない異世界に比べれば、またすぐに行ける距離である。

 もちろん、そんな説明をすることはできないが、オレは大丈夫だと笑って見せた。


 そんなことを話している内に、お待ちかねの料理ができたようなのでオレたちは受け取りに向かった。

 【たけゆら定食】は、見た目だけで言えば特に珍しいところがない。

 【たけのこコロッケ】も【いのししメンチ】も筍のから揚げも、どれも狐色に揚がっていて、普通においしそうではある。

 対して、【猪からあげ定食】は、見た目から違う。

 かなり黒い揚げ具合だ。

 黒糖かりんとう……と言うと言いすぎかもしれないが、しかし連想してしまう。


「なかなかインパクトがあるな」


 オレは、【猪肉のからあげ】を数個渡し、希未は【たけのこコロッケ】を半分と、【たけのこの唐揚げ】を1つ渡してくれた。

 ちなみに【猪からあげ定食】にも、【いのししメンチ】は入っているのでシェアする必要はなかった。


「では、いただきます」


 まずは【いのししメンチ】を食べて見る。

 サクサク感はそこまで強くないが、肉の感触はしっかりとしている。

 肉汁もじゅわりとでてきて、濃い肉の味がする。

 それでいて思ったよりもサッパリしていて、癖はあるが臭みなどはもちろんなく、非常に食べやすい。


「うまいね。豚肉より好きかも」


 希未も気にいったらしい。

 楽しげな笑顔を浮かべて、口をモグモグと動かしている。

 つーか、ふと思った。

 つきあっていたときも、こんな顔をしていたのだろうか。

 そもそもどんな表情を見せていたのか、そんなことさえも思い出せない気がする。


「次、【たけのこコロッケ】にいこう!」


 希未に言われて、オレも【たけのこコロッケ】に手を伸ばす。

 そして口に運ぶ。


「――!!」


 前歯から感じる、サクサクとした歯触り。

 ホクホクの芋の中に混ざった新鮮な感触だ。

 普通のコロッケよりも、満足感が高い。

 個人的には、【いのししメンチ】よりもこちらの方が気にいった。

 それは希未もそうだったらしく、2人で目を合わせると、無言で何度か互いにうなずきあってしまう。


「これはいけますね、現人くん」


「確かにいけますな、希未くん」


 テンションが上がったまま、【たけのこの唐揚げ】に突入。

 筍の天ぷらを食べたことはあるが、唐揚げというのは初めてだ。

 だが、感覚的には筍の天ぷらに近い。

 柔らかい、しかしサクサクとした歯触りが心地よい。

 もちろん、筍の味も渋みがなく新鮮さを感じる。

 今のところ、だいたいアタリだろう。

 これだけでも、食べに来た甲斐があった。

 ならば、最後の1種類の期待度も高まる。



「オレの予想では、これが一番美味いのではないかと思っている」


 そう。俺が頼んだメニューの主役である【猪肉のからあげ】だ。

 これを食べに来たと言っても過言ではない。

 オレは1つ箸で摘まんで、ワクワクとしながら口に運んだ。

 だが、その歯ごたえに驚愕する。


(硬い……硬すぎる!)


 部分的に柔らかい部分もあるが、全体的にかなり硬い。

 口の中にいれたはいいが、なかなか噛みきれない。


「現人……これ、硬すぎ……よね?」


「だな……。顎が疲れる……」


 最初はうまいと思っていたが、噛んでいるうちに味はなくなるし疲れてくる。

 これはちょっと辛いかもしれない。


「あはは……。なんか硬すぎて笑えてきた」


「だな……」


 オレたちは、ひたすら噛み続けて完食した。

 ただ、オレたちの軟弱な顎では、最後までおいしくいただくのは難しかった。

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