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第026話:無言の少女と……

 少女が目を覚ましたのは、彼女を拾ってから数時間後だった。

 少し前から開けっ放しになっていたテールドアから、彼女は四つん這いになって上半身をのぞかせた。

 キョロキョロと周りを見て、オレと目を合わせる。


「おはよう……は、変か。つーか、もう日が傾きはじめているしな」


「…………」


 少し警戒しながらも、彼女はゆっくりと荷室ラゲッジルームから地面に降りた。

 彼女が着ているのは、頭からスポッと被る貫頭衣だ。腰で長さ調整するように帯のような布で縛っている。

 ヒップは服で隠れており、そこから厚手のズボンが伸びていた。

 薄汚れた顔に、茶色く色が変わった包帯のようなもので作られた手袋。

 こちらの世界のことはわからないが、決して裕福そうな服装ではない。

 ただ、その鮮やかな青い髪だけは、汚れながらも、どこか高貴さのようなものを感じさせる。

 それはもしかしたら、単にアニメでしか見たことないような珍しい色のため、そう感じるだけかもしれないけど。


「体調は平気か? つーか、なんか飲むか?」


 オレは、大きなヤシの木のような木の下で、椅子とセットになった折りたたみテーブルを広げていた。

 テーブルの上では、先ほどまでコーヒーメーカーが黒真珠のような雫を垂らしていた。

 もちろん、こんな小さな子にコーヒーを飲ませたりしない。

 ちゃんとキャラを虜にした、魔法の粉もたっぷり用意してある。

 ただ、今は暑いから水の方がいいかもしれない。

 オレは水もあるぞというジェスチャーのため、テーブルの上のペットボトルを軽く持ちあげて見せる。


「…………」


 彼女は草の生えた・・・・・地面をゆっくりと、こちらに向かって歩いてくる。

 そのまま、オレの正面に座った。

 オレは、黙って水を入れたステンレスコップを目の前に置く。

 最初、彼女は不思議そうにコップを見るが、手に取るとすぐにゴクゴクと勢いよく飲み干す。

 その頬がゆっくりとあがり、幸せそうな微笑を浮かべる。


「おかわりは?」


 オレの言葉に、目を見開いて疑問を浮かべる。

 そのグレーの瞳は、「いいの?」と尋ねている。

 まあ、飲み水は砂漠で貴重品だ。

 確かに気楽に飲んでいいものではないのだが、まだ小さいのに、そんな気遣いができるとは大したものだと思う。

 たぶん、オレが逆の立場なら遠慮はしない。

 ただ、今はちょっと事情が違う。

 彼女につられたわけではないが、オレも無言のままコクリとうなずき、彼女の背後を指さす。

 その指先につられるように、彼女がゆっくりと背後を向く。

 オレの意図した風景に気がつき、少しずつきれいなグレーの瞳を見開き、彼女の横顔がほころびだす。

 それを確認してから、ペットボトルを突きだす。


「…………」


 納得した表情でこちらに向きなおると、彼女はコップを前に突きだした。

 オレは、それに水を注ぎこむ。

 木漏れ日を呑みこむ澄んだ水が、コップの中へ踊るように降りていく。

 その様子を彼女は、水に負けないぐらいキラキラとした双眸で見つめる。

 そして、注ぎ終わったコップをゆっくりともちあげ、今度は味わうようにチビチビと飲み始める。

 幼いながらも切れ長の目じり。そこに、涙を浮かべている。

 きっと彼女は今、この一杯に生きる力をもらっているのだろう。

 その様子を見ながら、オレは入れたてのコーヒーを口に運ぶ。

 香ばしさに、オレの心も妙に落ちつく。


「…………」


「…………」


 何も聞かない、何も説明しない。

 無言の時が愛しく感じられ、いつもの軽口さえでてこない。

 木陰に座る2人の間に、すぐ横にある泉の水面を撫でた、少し涼しい風が吹く。

 拾った見知らぬ少女とティータイム。

 ここは砂漠の中に忽然と現れたオアシス。

 オレは、初めてオアシスで車中泊するのだ。


 砂漠と言っても、砂だらけと言うわけではない。

 どちらかというと、荒野という単語の方が合うだろう。

 彼女に示されるまま、乾燥した砂埃が舞う道を進んだ俺は、大きな岩山を見つけた。

 それは、まるで円形を描く壁のように存在していた。

 気になって周辺を走って見ると、アウトランナーが入れるぐらいの切れ目を岩山の壁に見つけた。

 そして、その切れ目の向こうにあったのが、このオアシスだった。

 オアシスは、岩山の壁に囲まれたクレーターのようになっていたのだ。

 最初は凶暴な獣とか巨大昆虫とかいないかと、怖々と探りを入れながらはいっていった。

 しかし、中はさほど広くなく、特に大きな動物もいなかった。

 岩山に囲まれた、150メートル四方ぐらいの空間。

 その中央あたりに、非常に澄んだ泉が鎮座していた。

 泉の半径は、60メートルぐらいだろうか。

 それほど大きくはないが、岩山のおかげか砂の風も入りにくく、草木が育って壁の外とは別世界となっていた。

 特にこのオアシスの周りの気温の低さに驚いた。

 太陽が真上にあるとさすがに辛いが、日が少しでも傾けば、木々の木陰や岩山の陰で気温がグッとさがるのだ。

 オレは車も日陰にいれ、そして彼女が起きるまでテーブルを広げてノンビリしていたのである。

 異世界には行けないと思っていたオレだが、行くために買いだめした食料などはけっこう積んだままになっている。

 だから、ここで慌てて魚を釣ったりとか、食べられる蛇とか探すなどのイベントはやらなくても平気だろう。

 つまりオレは今回、あまり慌てていなかった。


「あのさ……」


 しばらく無言で過ごした後、オレはふと彼女の手首を見ていった。


「その手枷、アクセサリーとかじゃないよな? ……取る?」


「…………」


 瞬間、オレが何を言ったのか理解できない顔だったが、彼女はゆっくりとテーブルの上へ差しだすように両手をのせた。

 オレはアウトランダーにもどり、電動ドライバーを取りだす。

 ドライバーの先端を付属の金属ドリルに変更。

 ほとんどおまけみたいな工具なので、それほどパワーはない。

 でも、彼女のつけている手枷はほとんど木製だったし、金属パーツもそんなに頑丈そうに見えなかった。

 実際、鍵穴のところをドリルでぶち抜いてやると、手枷は簡単にはずれた。


「…………」


 彼女は自分の両手首を見て、安堵の笑顔を見せた。

 そして、深々と頭をさげる。

 本当に礼儀正しく、そして物静かな少女だった。

 きっと大きくなったら、地味ながらそれなりの美人に育つのではないだろうか。

 まあ、今は汚れすぎて、美人かどうかもよくわからないが。


「よし。一緒に水浴びでもしようか!」


「…………」


 心なしか、彼女の視線が少し冷ややかなものになった気がした。


「……訂正。1人ずつにしよう」


「…………」


 まるで「当然」とでも言いたいように口を少しへの字にして、力強く首肯した。

 10才ぐらいまでは気にしなくていいかなというオレの常識は、どうやらアウトだったらしい。

 今度、姪っ子が「一緒にお風呂入ろう」と言ってきても断ることにしよう……。

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