第029話:オアシス車中泊。
夜になると涼しくなってきた。
というより、かなり寒くなってきた。
砂漠って、昼と夜の温度差が激しいっていう話は聞いたことがあったような、なかったような。
でも、昼間との寒暖差は夏から冬に変わったかのようだ。
オレは飯の片づけをした後、すぐにシートアレンジを変更した。
助手席を倒して、後部座席とつなげる。
運転席側の後部座席は、前に倒してフラットにし、
購入したインフレーターマットは、幅180センチはある。
大人二人が優に眠れるサイズで、
しかし、アウトランナーの
いくら大人と子供でも、かなり体を寄せあわなければならない。
そこで少女には、マットの上に寝てもらうことにした。
オレは助手席側に寝る。
まあ、それでもかなり近い位置で寝ることには変わりないが、外で寝るよりはマシだと納得してもらうしかない。
「……ってことでいいかな?」
「…………」
説明するも、彼女は少しだけ眉を顰めた。
そして、
どうやら、納得していただけない様子だ。
やはり、いたいけな美少女としては、見知らぬ男との車中泊は危険を感じるのだろう。
きっと彼女の親も、これだけかわいい娘ならば、常日頃から「知らないイケメンと車中泊してはいけません」と言い聞かせているはずだ。
ならば、オレを警戒してもおかしくはない。
むしろ、警戒する方が正しい。
「…………」
彼女は、ひょいと
なんと行儀がいい子だと感心していると、彼女は奥へ入って助手席の背もたれを持ちあげようとする。
「あ、ああ。そのままじゃ動かないぞ」
オレは助手席側のドアを開けて、助手席のリクライニングを元に戻す。
すると彼女は、垂れ下がった袖の手で、倒されていない後部座席の背もたれを指した。
そこまでされれば、オレも察する。
「……つーか、元に戻せってことね」
「…………」
まるで当然とばかりに、コクリとうなずかれれば、オレとしても言葉はない。
もう一度、言おう。
オレのようなイケメンなら、警戒されるのは仕方ないのだ。
絶対に、きもいとか、不細工だから警戒されているわけではない。
イケメンだからだ。
……そう思わないとやるせない。
(つーか、オレは外でレジャーシートと寝袋か。電気毛布だけ延長ケーブルで引っぱってくれば死なない……よな?)
なぜだか、「オレの車なのになんでオレが外で寝るんだ! 不条理だ! 待遇改善を申し立てる!」というような不満はでなかった。
目の前の少女が望むなら、仕方ないと思えてしまう。
もしかして、これがカリスマってヤツなのだろうか。
これといって命令されているわけでもないのに、オレは逆らえずに彼女のペースに引きずられている気がする。
「これでいいのか?」
「…………」
少女がコクリとうなずく。
マットは
少女1人が寝るには充分な広さである。
とりあえず、オレは歯磨きとトイレを済ます。
トイレはちょっと離れた木の陰ですました。
彼女にも「これはティッシュで口とか拭く用、こっちはトイレットペーパーでトイレで拭く時用、こっちはキッチンペーパーで……」とさりげなさを装って説明してある。
さっきふと、姿をくらました時、トイレットペーパーがなくなっていたので用は済ませているのだろう。
というわけで、あとは寝るだけだ。
ちなみに、この辺りに魔物はでないらしい。
オレが独り言のように「魔物とかでないよなぁ」と言ったら、少女がコクリとうなずいてくれた。
まあ、
魔物ではないにしても、蛇とか蠍とかでたらどうしようという不安もあるが、今のところは見ていない。
(今後はテントも積んでおくべきか。でも、もう荷物はつめなさそうだしな……)
オレは
そして平らそうな場所にレジャーシートを移動した。
その様子を
ひょこっとでた頭から伸びる青い髪が、さらさらと風に流れる様子は、もうそれだけで絵になる。
そう言えば、肩甲骨を隠すほどの長髪が、いつの間に乾いたのだろうか。
かるくウェーブがかかっているようで、ふわふわとしている。
本当にどこか、メルヘンの国のお姫様のようだ。
姿を見るだけで、「なんでも、この子の言うとおりにしてあげよう」とか思ってしまう自分がいた。
「んじゃ、オレはここで寝るから。なにかあれば声をかけてくれ」
「…………」
すると、なぜかまた首を傾げる彼女。
瞳を見開き、「なんで?」の顔。
オレはなにが不思議なのかよくわからなかったが、とりあえず「おやすみ」と告げようとした。
だが、彼女が俺を呼んだ。
長く垂れ下がった袖をふりながら、コイコイとしている。
その愛らしさに、オレはもう反射的に彼女に近寄った。
「……どーした?」
「…………」
彼女は四つん這いでマットの中央にあたりに移動した。
そして、その姿勢のままこちらを向き、袖をふって「おいでおいで」をする。
だぼっとしたティーシャツのため、襟首が大きく開いてしまっている。
そこから覗ける谷間はないが、オレは思わず目を背けてしまう。
「い、いや、あの……つーか、なんなの?」
「…………」
今度は正座を崩し、お尻を床につけてペタンと座ると、目の前のマットをポンポンと叩いた。
そこまでされれば、さすがのオレも気がつく。
「……え? 一緒に寝るの?」
「…………」
彼女はコクリとうなずいた。
「――!!」
が、途端、今度はグレーの目をハッとさせ、口元に手を当てる。
眦が下がる。
表情が曇る。
オレは瞬間的に察する。
「ち、違う! 別に一緒に寝るのが嫌なわけじゃねーぞ。つーか、むしろ、お前の方が、オレなんかと一緒に寝ていいのかってのが……」
「…………」
これまた「なんで?」と首を傾げる。
彼女は最初から、このつもりだったわけだ。
考えてみれば、当たり前である。
こんな遠慮深い少女が、持ち主をないがしろにして自分だけ、良い場所に寝ることなど考えるわけがないのだ。
要するに、オレの早とちりだったらしい。
「そ、そんじゃ、まあ……オレもそちらにおじゃまします」
「…………」
「……あ。つーか、オレの車か」
オレがかるく笑うと、彼女も口元に両手をあてて笑う。
声というより、くっくっくっと息をもらす笑い方。
柔らかい笑顔を見せながら、彼女は肩を揺すっていた。
なんとかわいいことだろうか。
そしてかわいいだけではなく、どこか笑い方に優雅さまで感じさせる。
オレはその日、少女と触れあうぐらいの距離で車中泊した。
正直言えば、つきあっていた彼女と初めて寝た時よりも緊張していた。
でも、不思議と横から寝息が聞こえてきた途端、オレも緊張が取れて深い眠りに落ちていった。
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