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第030話:名を聞いて……

 翌朝は、ロールパンを用意した。

 これにチーズを挟みたいが、普通のチーズは保冷が難しい。

 そこで思いついたのは、おつまみスモークチーズである。

 コンビニで見ていて、これなら常温保存ができると気がついた。

 それをフライパンで少し熱する。

 さらにコンビーフの缶詰。

 これも少し加熱した方が美味い。

 そして、これらをロールパンに挟んで食べる。

 初めてやってみたのだが、意外にいける。

 目の前の美少女も、最初は物珍しそうな顔をしていたが、嬉しそうに食べている。

 これにコーヒー(彼女はココア)、それにカップスープが朝食のメニューだ。

 昨夜はおにぎり、そして今日はパン。

 メニューとしては、少し寂しい感じもする。

 しかし、通常のキャンプと違い、車中泊での食事は外食が基本。

 調理をするにしても、このようにかなり手軽なものになってしまう場合が多い。


 それは、ともかくだ。

 食事をしながら、オレはあることに頭を悩ませていた。

 それは、自己紹介をするべきかどうかである。


 一つ屋根(?)の下で一夜を共にした(?)というのに、オレはこの少女の名前も知らない。

 そして、彼女は俺の名前を知らない。

 もちろん、オレから名前を名のるのはいいとしてだ。

 問題は、彼女が話せないのだとすれば、彼女を困らせることになるということだ。

 一応、ペンと手帳を用意したが、オレが彼女の書く字を読める保証はどこにもない。

 もし、「これに書いて」と渡したのに読めなければ、なんとも対応に困りそうだと思ったのだ。


 ……ところが、実際に書いてもらったら、それはとりこし苦労だった。

 彼女の書いた文字は、見たこともない文字なのに、不思議と読むことができた。


 ――【アズゥラ】


 ちょっと発音が難しい名前だった。

 思わず「言いにくいから、『アズ』でもいいか?」と聞いたら、彼女は嫌な顔をせずにコクリ。

 本当にいい子である。


 ちなみにオレは、「アウト」と名のった。

 本名で名のらなかったのは、もしかしたら彼女経由で、キャラにオレの名前が届くかも知れないからだ。

 あの人の話を聞かないネコウサ娘は、きっとオレの本名など覚えていないだろう。

 下手すれば、「アウト」も覚えておらず、「ラーメン」「おにぎり」しか記憶にないかも知れないが……。


 ともかく、オレはアズとのコミュニケーションで紙が使えることがわかった。

 つまり、話さないのではなく、話せないのだろう。

 一方、オレは話せるし読めるのだが、なぜか字が書けなかった。

 まあ、今は喋ればいいので問題はない。

 次にオレは、まずどちらに向かうべきかを聞いてみた。

 すると彼女は、オアシスの壁の外に行き、ある方向を指さした。

 しかし、その方向に何も見えない。


「で、目的地まで歩きで何日?」


 オレの質問に、彼女は少し悩んでから、両手の指をすべて立てた。

 確認したところ、歩いて10日間と言うことらしい。

 1時間で5キロメートル……いや、道の悪さから4キロとしよう。

 1日、例えば7時間歩いたとして、28キロ……わかりにくいから30キロメートルとして、10日間で300キロということか?

 ガソリンはまだあるから、あと400キロは走るだろう。

 ただ、エアコンを使うことを考えて、燃費を抑える必要がある。

 ならば、時速50キロぐらいで走ったとして、6時間ぐらいで到着。

 ただし、その目安が必ずしも正しいとは限らない。


(つーか、この距離をこの子、歩ききろうとしたのか。何の装備もなく……)


 もちろん、理由の予想はつく。

 こんな美少女が、手枷がつけられていて、荷物もなく砂漠を歩いていたと考えれば、まずまちがいなく「逃亡中」だったのだろう。

 きっと人攫いにあったのだ。

 こんなかわいい少女だから、充分に考えられる。

 そして、どうやってなのかわからないが逃げてきた。

 砂漠を装備もなく逃げるのなんて自殺行為だが、たぶんそれしか方法はなかったのであろう。


 本当、偶然にも彼女を見つけられてよかったと思う。

 こんな美少女が死んだら、この異世界の価値がワンランクぐらい下がったかも知れない。

 彼女が死ぬなどもってのほかである。

 オレは是が非でも、安全な場所へ送り届けたい。

 とりあえずオレは、アウトランナーに乗せて彼女が示す方に走ることにした。



   ◆



 4時間ぐらい走ると、目の前に森が見えてきた。

 砂漠地帯の終わりのようだった。

 ガソリンは予想よりも残っている。

 一定速度で止まらず走っていたおかげかも知れない。

 俺たちは森の入り口で一度止まり、昼飯にすることにした。

 昼はカップラーメン。

 アズは最初、とまどいながらも食べ始めていた。

 彼女にとってはかなり不思議な食べ物だったらしく、何度も首を捻りながらも食べていた。

 とは言え、まずかったわけでもなさそうで、スープまできれいに飲み干していた。


(うーん。野菜が足らないなぁ……)


 野菜はどうしても傷みやすいので、冷蔵庫がないとほぼ貯蔵しておけないのが難点だ。

 もちろん、今まで砂漠地帯で現地調達もできなかったのだから仕方がない。

 目の前の森には、食べられる野菜類などはあるのだろうか。

 とはいえ、オレはそれを判別できないから、どちらにしてもどうしようもないのだが。


(山菜とかキノコとか図鑑でも買ってみるかな……。異世界と一緒ならだけど)


 その日は、その場で一夜を過ごすことになった。

 もうゴールは目の前だと思うし、森には道らしきものもあり、アズ曰くなんとか通れるとのこと。

 だけど、速度はだすことができない。

 午後から出発して、万が一にでも夜になるのはまずい。

 やはり夜になると魔物が出るらしいのだ。

 だから、今夜はここで寝て、明日の朝一番に出発することにしたのである。


 しかし、その夜。

 オレは大変なものを見てしまう。

 そしてオレは、ここが異世界であると改めて実感することになるのだった。

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