第028話:おにぎりを食べたら……

 オレの記憶の中で一番近い色は、夏にダイビングに行った沖縄の海だ。

 蒼くも白くもあり、太陽が当たればキラキラと光を返す。

 汚れていた時は、安物のウィッグのような、いかにも偽物っぽい色に見えた。

 しかし、灰かぶりのようになっていた埃が流され、夕映えの光に照らしだされた髪は、安っぽさの欠片もない。

 それはまるで自然の象徴のようで、オレが今まで見た中で最も美しい青だ。

 そして、その肌の色も尋常ではない。

 よく「透きとおるような」という形容があるが、それを初めて実感した。

 透きとおる白妙。

 いや。そんな格好つけた喩えより、もっとわかりやすく言えば、薄桃色の器に盛られた、炊きたてのあきたこまちだ。

 それも違うか?

 とにかく、肌荒れをおこしているはずなのに、それでもまちがいなくきれいだ。

 玉の肌をもつという、我が社の「みんなのアイドル的存在ベストテン」の三位も敵わない。

 そこに子供とは思えない、切れ長で美しい明眸は、グレーに輝いている。

 筋の通った形の良い鼻。まだ荒れが残っているものの、茜色をした艶やかな唇。

 子供の幼さと、大人の美しさが融合した冗談のような美少女だ。

 そんな少女が、オレの紺のティーシャツを着て、その上からワイシャツを羽織っている。

 ワイシャツはボタンの留め方がわからなかったのだろうか、前が開けっ放しだ。

 もしティーシャツを着ていなかったら、恐ろしい事になっていただろう。

 そんな姿を見れば、かなり多くの男達が道を踏みはずすに違いない。


「…………」


 ただの小汚い少女から、絶世の美少女への豹変を目の当たりにして、オレはどのぐらい呆けていたのだろうか。

 あまりに動かなくなったオレに、少女が首を傾げて両手を伸ばしてくる。

 小首をかしげる仕草にくわえ、長すぎて手が出ずに袖をブラブラとさせるかわいさ。

 これで袖を口元にあてて、「あなたのにおいがする」とか言われたりしたら、オレも道を踏みはずしたかも知れない。


「つ、つーか……すげー、美少女……あっ!」

「――!?」


 オレは思わず、感嘆を口から漏らしてしまう。

 その言葉に、少女はボンッと顔を紅潮させて顔を背けてしまう。

 これはやばい。

 まるっきり幼女を口説く変態ではないか。

 これでは、彼女も不安になるだろう。

 こんな他に誰もいない、助けを呼んでも誰も来ず、逃げることもできない場所で、二人きりなんて……。


(邪魔者もいない……誰も見ていない……二人きり……)


 ふと悪魔が囁いた気がした。

 いやいや、まてまて。

 オレは外道ではない。

 それに俺の好みは、やはりナイスバスト・・・だ。

 だが、彼女の美少女パワーは、そんなオレにさえ悪魔召喚させてしまうほどの威力があるということだろうか。

 これは絶対、将来は魔性の女になるに違いない。


「あ、ああ……えーっと……水飲むか? あ、や、待て。つーか、冷えるといけないから今から魔法の粉で、超うまいの作ってやるからよ!」


 しどろもどろに話題を変えながら、オレはホットココアを作ってやった。

 最初は訝しげにココアを見ていた彼女も、一口飲んだ途端に目を輝かせて飲み始めた。

 やはり子供なのだ。

 しかし、美少女の「フーフー」する姿は本当にかわいいと思う。

 オレはこれからも美少女を見つけたら、熱い飲み物を与え続けることだろう。



   ◆



 オレは、米を炊いた。

 アウトランナーにつないだ電子炊飯ジャーで二合ぐらい。

 その後、ふりかけと、シーチキンの缶詰を使って、当初の予定通りにおにぎりを作る。

 本当はキャラに食べさせてやるつもりで持ってきたのだが、遇えなかったんだから仕方がない。

 ちなみに、オレは料理はできない。

 だが、おにぎりだけは練習した……と言っても、一度作っただけだが、さすがに難しいものじゃない。

 ネットで調べたところ、「ラップを広げてご飯を握れば、手につかず簡単に作れる」と書いてあったので、その通りに作ったら本当に簡単だった。

 かるく形を作ったら、真ん中に穴を開けて具を入れて丸める。

 具はシーチキンに醤油を少しかけただけだ。

 そして、周りにふりかけや塩をふる。

 次に海苔を切って、ごま油をわずかにまぶす。

 その後にIHヒーターの上に鉄板を置いて、炙るように熱を通す。

 本当は火で炙るのだが、ここは代用である。

 そして熱がかるく通った海苔を握ったご飯につければ、完成だ。

 香り立つおにぎりの完成である。

 ラップでそのまま包めるので、お弁当にするのも簡単である。


「…………」


 少女は、オレのやることをジーッと不思議そうに眺めていた。

 キャラのように、「にゃぴょん!? 火がないのに焼けた!」とか、ひとつひとつうるさく驚くようなことはしなかった。

 ただただ、目を輝かせながら、オレの使う道具や食材を眺めていた。


「これは、我が国のソウルフード【ザ・おにぎり】。こう喰うんだ」


 オレはできたてのおにぎりにかじりついた。

 うん。ごま油が香り、食欲をそそる。

 鰹のふりかけがいいアクセントになる。

 そしてシーチキンもあうではないか。


「ほれ。毒とかじゃないから。ただし、このうまさは中毒になるぞ!」


「…………」


 彼女はパクついて、しばらくするとまた目を見開いた。


「――!?」


 米の感触に戸惑いを見せながらも、よほどお腹が空いていたのか、そこからただひたすら黙々と食べ始める。

 オレの知っているガキどもは、空腹になれば所かまわず「お腹空いた」と騒ぎだす。

 しかし、この少女は今までそんなそぶりも見せず、空腹を我慢していたらしい。

 本当に嬉しそうに一心不乱、ただの一言も喋らず、おにぎりを休みなく口に運ぶ。


(……つーか、もともと一言も喋ってなかったな、こいつ)


 そこで初めて、その事実に気がついた。

 だが、それはどうでもいいことなのかもしれない。

 話せないのか、話さないのかわからないが、なんか知らんけどコミュニケーションは取れている。

 それよりも今は、やることがある。

 オレはおかわり用のおにぎりを握り始めた。


(次の具は、別のにしてやろう……)

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