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第011話:モーニングコーヒーと……
正面に広がる森、その向こうからの暁光。
柔らかな日差しの熱を感じると、眠っていた体が覚醒していくようだ。
そして鼻腔に吸いこんだコーヒーの香りも、頭を冴えさせてくれる。
最近、車でモーニングコーヒーを飲むようになってから、コーヒーがすごく好きになった。
こうやって開けっ放しの
本当なら、挽きたての香りをこの場で味わいたいぐらいなのだが、豆を挽くのはうるさい。
せっかくの静かな早朝に、ガリガリとやるのはさすがに気がひける。
だからオレは、挽いた豆を持ってきて、コーヒーメーカーでドリップすることにしていた。
今も、
ぶっちゃけ、電気ケトルがあるから、フィルタさえ用意しておけばコーヒーメーカーはいらないのだ。
しかし、電気ケトルよりコーヒーメーカーを先に買ってしまっていたので、せっかくだから使わないともったいないだろう。
(つーか、コーヒーメーカーを買った時に、まさか異世界で使うことになるとは思わなかったけどな……)
しかも、黒髪の美女の代わりに、琥珀色の髪をしたネコウサ娘と車中泊の朝を迎えるなど、誰が想像できようか。
理想の美人タイプではないが、丸い輪郭が愛らしく、スタイルも良いかわいい女の子だ。
こんな体験をできただけでも、ラッキーだと思うべきだろう。
「――にゃぴょん!? なんかいい匂い!」
(ただ、食い意地がはってるんだよなぁ……)
「ん? ん? ……おお。おはよう、アウト……むにゅ……」
相変わらず名前はまちがえられたままだが、垂れ下がったネコ耳と、寝ぼけ眼を腕でこする姿がかわいらしいから、とりあえず「アウト」は「セーフ」とすることにする。
「よう、おはよう。コーヒー飲むか?」
「う~ん……
「……おまえ、絶対にわざと間違えているだろう?」
「うにゅ~……。かぁちゃんに、『こうやってまちがえたフリすると、かわいいからモテる』と習った……」
「……かぁちゃん、やり手だな……」
オレはそう言いながら、ちょうど出来上がったコーヒーを2つの紙コップにそそぐ。
ただし、片方は少量にして、それを彼女に突きだす。
できたてで湯気が立っているが、熱くて飲めないほどではない。
それでも、キャラはまたフーフーしながら、一生懸命飲むのだろう。
そのシーンを見たくて、オレは少しワクワクする。
「ほれ……」
キャラは、まだ少しショボショボとしながらも、後部座席の背もたれを器用に乗り越えて、
「ふーぅ、ふーぅ……」
そして、オレの紙コップを受け取ると、期待通りに一生懸命フーフーしはじめる。
ネコ耳美少女のフーフー……たまらん愛らしさだ。
「ふーぅ、ふーぅ……」
「…………」
「ふーぅ、ふーぅ……」
「…………」
「アウト……」
「……ん?」
「ちなみに、こうやって『大げさにフーフーした方が、かわいらしくてモテる』とも、かぁちゃんから教わった」
「……うわああああぁぁぁぁぁぁ!!!!! 見事な作戦、授けやがって! おまえのかぁちゃん、こんちくしょう!」
「ふーぅ、ふーぅ……」
「くっ……。オレの男心を弄びやがって!」
「……ということは、キャラをかわいいと思ったということか、アウト」
「なっ、なんという屈辱。一〇歳も年下の小娘に!」
「ふーぅ、ふーぅ……」
「…………」
「ふーぅ……。かわいいか?」
「べ、別に……」
「ふふん。……さて、いただきます。……アツッ! しかも、にがぁ~い!」
――キューン!!
コーヒーを飲めないその姿に、オレのハートは鷲掴みされた。
慌てた様子に、顰めた顔まで愛らしい。
この表情の作り方も、もしやキャラかぁちゃんのレクチャーか?
ならば、キャラかぁちゃんの作戦は完璧だ。
しかし、オレはロリコンではない。
これはあくまで、子供を愛でる大人の愛情である。
本当である。
「アウト、これ苦くてまずい。こんなまずいのを喜んで飲むなんて、アウトはマゾか?」
「なんてこと言うんだ、貴様。異世界のコーヒー好きの皆さんに謝れ!」
「ごめん」
「……す、素直だな。つーか、これは大人の味だから子供にはわかんねーよ」
「キャラはもう大人。成人した」
「そうか。まあ、それはともかく、ちょっと貸せ」
オレはキャラから受け取ると、ほんの少しのコーヒーの中に、用意していた秘密兵器を投入した。
もちろん、この展開は予想通りだ。
「……その茶色い粉はなんだ?」
「非常に甘くおいしくなる魔法の粉だ」
「砂糖か?」
「ふん。そんな単純なもんじゃねーよ」
そう言いながら、オレはたっぷりの魔法の粉の上にお湯を追加して、スプーンでかき回す。
「魔法の粉……。そういえば、隣のオジサンが、『魔法の粉を使うと、夜の夫婦仲が円満になる』と言っていたが、それか?」
「……かなり違う」
「では、もう一つ見せてくれた、『気分がハイになる』という白い粉の類か?」
「ちゃうわ! つーか、もうそのオジサンと、縁を切れ! 子供に何を教えてんだ!」
「キャラは子供じゃない」
「ああ、わかった、わかった。つーか、そんなお前にぴったりなの、作ってるから待ってろ」
そして、十分に溶けたのを確認してから、温度を下げるために少しだけ水を足した。
かき混ぜたスプーンで一口、味を見る。
ほどよくできたのを確認して、オレはそれをまたキャラに手渡した。
「にゃぴょん!? すごく甘い香りがする!」
「これぞ、簡単カフェ・モカだ。魔法の粉は、インスタント用のココアだ。飲んでみろ」
「……!! にゃぴょん! うまい!
「そこまで無理に媚びんでよろしい。……まあ、甘いけど、少しほろ苦くて、ちょっと大人の味だろう? 本当は牛乳があると、さらに美味いんだけどな」
「……ふふふふふ」
「……どうした?」
「この味がわかると言うことは、キャラは大人の階段をやはり登っていたのだ」
「……そうか。よかったな」
今後も飲ますことがあれば、本当の大人の味を教えるため、コーヒーを少しずつ強めてやろうと、オレは心に誓った。
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