第012話:ネコウサ娘の期待が……

 朝は少し肌寒かったが、とりあえずダウンジャケットでしのげた。

 キャラは外套をなくしていたので、電気毛布の電気を切った状態で丸まっていた。

 アウトランナーのバッテリー残量はたっぷりとあるが、とりあえずそんな感じで電気を使わず過ごすことができた。

 朝食は、先ほどのコーヒーと一緒に、買ってあったロールパンを数個ずつ口にした。

 特にバターやマーガリンといった物はなかったが、キャラは柔らかさに驚きながら、「うまい、ロールパンにゃーるぴょん、うまい」とモクモクと腹に収めた。

 その後、キャラに道を確認し、森を東南から抜けることになった。


 実は、この世界にも方位があった。

 いったい、どこからどこまで、オレの世界と同じなのかよくわからない。

 昨夜見た星座は見たことがない気がしたが、もしかしたら日本で見たことがないだけなのかも知れず、本当はオレの世界と同じ星座なのかも知れない。


 ……などと考えるが、オレは途中で面倒になって考えることをやめた。

 オレの性根には、面倒くさい思考からは逃げる癖が染みついている。


「このペースなら、ぎりぎりまにあう……かも」


「ん? もっとスピード出すか?」


 助手席のキャラを見ずに、オレは尋ねた。

 アウトランナーは、4~50キロ前後の速度で走っている。

 舗装もされていないし、どんな道なのかもわからない。

 この状態で、これ以上の速度は危険だと思ったのだ。

 それに、あまりまわすと電気がなくなり、エンジンが動く。

 異世界でガソリンがなくなれば終わりだ。

 少しエコに走りたい。

 それにこのぐらいの速度だと、開けた窓から入る風が気持ちよかった。

 よく、「空気が美味い」という言葉を聞くが、オレは今、初めて「なるほど」とその言葉に同意していた。

 あちらの世界での嫌な毎日から、心が解放されていくような気分だ。

 後のことはどうなるか知らないが、できるならこのまま今を楽しみたい。


「うーん。最後の森は、車が入れないのが問題」


「回り道は?」


「こっちからは、森は横長。かなり遠回りになるし、道が悪いから、この車でも無理」


「じゃあ、少しでも早く着いた方がやっぱりいいんじゃねーの?」


「今から多少急いでも、最後の森につくのは午後。最後の森は広い。朝一に入らないと、森の中で夜になる」


「なるほど……」


「明日の朝に森に入れば、目的地には明日の夜に到着できる。期限、ぎりぎり」


 そう言いながら、彼女はフロントガラスの先、遠く向こうをもどかしそうに見ている。

 今にも走りだしそうなぐらい、全身に力が入っているのがわかる。

 オレはそれを横目でうかがいながら、ちょっと苦笑してしまった。

 もっと気楽に、空気でも楽しめばいい。

 だから、オレは思わず言ってしまう。


「別にいいじゃんよ。ちょっと遅れたって。怪我したんだし……」


「怪我は言い訳にならない。キャラのミス」


「だけどさ、魔物のいるところ走って行く危険な仕事なんだろう? 別に多少、遅れたってさぁ~」


「危険は承知。その上で、約束している」


「仕事の口約束なんて、『すいませーん、ちょっと遅れちゃいました』でいいじゃんよ。仕事なんて、命かけるほどのことか?」


「……アウトは、約束を守らない人?」


「そー言うわけじゃないけどさ。納期なんて、どーにでもなること多いしさ。つーか、命のが仕事より大切だろうって話じゃん?」


「もちろん大切。でも、それと話は違う。命がけの仕事もある。……もしかして、アウトは仕事、嫌い?」


「……ああ。嫌いだね。金のため、生きるためにやっているだけだよ。つーか、仕事のやりがいとか言ってる奴らは、超幸せな奴らか、いいように会社に利用されている、頭にお花畑ができているバカだろう。上司は、えらそーに、あれやれ、これやれ言いやがって。客もうるせぇこと言うし。やればやったで文句ばかりじゃんか……」


 言いながら、思いだしたくないことを思いだし、段々と気分が悪くなってくる。

 思いだしたくないから逃げてきたというのに、モヤモヤした気分が後から後から異世界まで追いかけてきた感じだ。


「……そうか。アウトはどこかに所属して働いているのか」


「まあね。……つーか、あれか? キャラは命がけで仕事しちゃうってことは、仕事に生きがいを感じているタイプか? 良かったな。16才で天職が見つかってさ」


 自分でもわかっていた。

 嫌味っぽく、自棄っぽくなっている自分の声色。

 心のどこかで、「やめとけ」と声がするが、自制できそうにない。

 だが、オレの口がまだ滑りそうになる前に、キャラのいつもよりも、さらに冷めた声が割ってはいる。


「キャラも今の仕事、別に好きじゃない」


 その声色に驚いて彼女を見やると、一瞬だけ視線が合った。

 だが、すぐ彼女は正面を向く。

 もちろん運転中のオレも、すぐに視線を戻す。

 顔を見ないまま、しばらくの間が空く。

 そして、彼女はまた口を開き始める。


「キャラは頭も良くない。地位もない。魔力の才能もない。ただ、体が丈夫なことと、足が速いことだけ。やれる仕事が、これしかなかった」


「……つーか、それなら、お前も嫌々でやってんのか?」


「違う。やりがいを感じている」


「あん? 好きじゃないのに?」


「仕事にじゃない」


「……?」


「……アウトは、『自分は期待されていない』と思っているな?」


「――なっ!?」


 オレはキャラの言葉に、息を詰まらせた。

 唐突に放たれた彼女のとげは、オレの喉を一瞬で乾かせ、そのまま腹の底まで入りこむ。

 まるでそれが扉を開けたように、どす黒いものが、一気にわきでてくる。

 上司の顔、同僚の顔、オヤジの顔、兄貴の顔、そして年の離れた弟の顔までもが浮かんでくる。


「キャラの家は貧乏だから、10歳から働き始めた。でも、最初はなかなか仕事をもらえない。それは、誰も私に『期待していない』から。何の才能もない子供なんだから、当たり前だけど」


「…………」


「仕事を頼む人は、相手に『期待』している。その『期待』に応えると、だんだんと『信用』が得られる。そして『信用』を重ねると、それは『信頼』になる。『信頼』を得ることで、今とは違う仕事ができる可能性も増える。新たな可能性、つまり『希望』になる。キャラは、それにやりがいを感じている」


「……ふん。随分と偉そうな三段論法じゃねーか。じゃあ、聞くけどさ、『誰からも期待してもらえない大人』は、どうしたらいいんですかね? 教えてくれよ、キャラ先生」


「それは、まちがっている」


 オレの皮肉たっぷりの言葉にも、彼女は淡々と返事をする。


「アウトは、仕事を全く頼まれないのか?」


「……そんなわけないだろう。どーでもいい仕事とか、よくたのまれてるさ」


「なら、多かれ少なかれ、期待をされている。期待を全くしない相手には、何も頼まない」


「あのな~。どーでもいい仕事じゃ、期待されてねーも同じなんだよ! ふらふらさせておきたくないから、てきとーな仕事をふってるだけだってわかんねーのか!」


「どんな仕事でも、少ない期待でも、それに全力で応える。それを重ねれば、最後は『希望』につな――」


「――うっせぇ!」


――ズサアァァッッッ!


 擦れる音ともに、ホイールが土煙を上げて停止した。

 オレの足が、ブレーキパットをべたふみしているからだ。

 無意識にアクセルから力が抜けていたせいか、速度は大して出ていなかった。

 それでも、不意を突かれたキャラは、勢いよく前のめりになり、あわてて手を前にして体を支える。


「――イタッ!」


 その時、捻挫の足を痛めたみたいだが、オレは無視する。


「オレは……期待なんてされちゃいねー!」


 腹からわき上がるモヤモヤを吐きだすように、オレはアウトランナーの中で叫んだ。

 車内中を震わすぐらい大声は、我ながら子供の駄々のようだ。

 でも、止められなかった。

 そして、いい大人のくせに、むきになって16才の女の子を睨んでやった。

 だが、睨まれた彼女は、その視線を真っ向から受けてもひるまず、凛として言い放つ。


「……違う。期待していないのは、アウト」


「……なにぃ?」


「期待されたいなら、まず自分で自分に期待しないとだめ・・・・・・・・・・・・・・。自分を期待していない人を周りは期待しない」


 オレは自分でわかるぐらい、顔を真っ赤にする。

 それは激怒か、それとも恥ずかしさなのか。

 もう、なんだかわからない。

 思考が沸騰して、まとまらなくなった。


「……降りろよ」


 オレは吐き捨てるように言った。


「ガキがわかったようなこと言うんじゃねー。テメーが、オレの何を知っている!」


 後で考えてみれば、それはあまりにもありふれた、陳腐なセリフだった。

 でも、もうそれしか、その時は思いつかなかった。

 とにかく、こいつにどっか行ってほしい。

 俺を見てほしくない。

 だから、オレは目も合わせず、ハンドルに顔をうずめるようにしたまま「早くしろ!」と叫んだ。


「……わかった。世話になった」


 キャラは、何も言い返さなかった。

 それっきり黙って、彼女は素直にアウトランナーを降りて行った……。





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