第010話:異世界初車中泊。

 車中泊で寝る時のポイントの一つが、シートアレンジだ。

 この場合のシートアレンジとは、車内の椅子を動かして、如何にフラットな寝る場所を作れるかということである。

 オレの車【アウトランナー】だと、大きく分けて二種類ある。

 ひとつは、前席の背もたれを倒して後部座席とつなげる方法。

 これは後部座席の背もたれが後ろには倒れないため、足を伸ばせるリクライニングソファーのような形になる。

 全長も短いため快適とは言えないが、椅子のクッションがそのまま使えるという利点がある。

 もう一つは、後部座席を前に折り曲げて荷室ラゲッジルームとつなげる方法。

 これは非常に広く使えるし、ほぼフラットな空間を得られる。

 ただ、荷室ラゲッジルームはゴツゴツしている。

 だから、何かしらマットがないと、寝心地が悪い。

 普段はオレ一人が眠れれば十分なので、前者の方法で眠っていた。

 そのため、マットなんて用意していない。


「と、言うわけで、この状態で寝てもらえるか?」


 オレは助手席のヘッドレストを外し、背もたれを倒して後部座席のシートとくっつけた。

 その即席ベッドに寝転がり、キャラは満足そうに耳をぴくぴくと震わせてから、ニッコリと笑う。


「うん。十分。というか普段は地面だから贅沢」


「つーか、地面って……痛いし、寒いんじゃねーの?」


「魔物に襲われた時、落としてしまったけど、本当は厚手の外套を着ている。それで丸まって眠る。場所によっては葉っぱとか下に敷く」


「それでいけるのか?」


「けっこう、いける」


「ふーん……」


 さすがに、ネコウサ娘はワイルドだ。

 だが、我がアウトランナーは現代世界の技術の粋を集めたスマートライフの車である。

 ここは、ちょっとすごいところを見せてしまおう。


「ほら。これをかけて寝ろ」


「うん。……ん? なんか、この毛布、紐と箱がついてる?」


「ふふふ。スイッチオン! よし。そのまましばらく待つがよい!」


「待つ?」


「うむ」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「……にゃぴょん!? 毛布が温かくなってきた!?」


「そう! これこそ、科学の粋を集めた電気毛布! 少ない消費電力で効率よく体を温めてくれる! たった80ワットとは思えない温かさ! しかも布団兼用だから荷物を減らせる!」


「うん。何言っているかわからないけど、温かいのはよい」


 もちろん、アウトランナーにもエアコンぐらいついている。

 しかし、エアコンを入れると仕組み上、エンジンが動いてしまうのだ。

 せっかく静かな車だというのに、一晩中アイドリング状態というのはうれしくないし、周りにも優しくない。

 さらにキャラ曰く、この場所だとうるさくした場合、魔物が寄ってくるかもしれないという。

 そこで、100V電源がたっぷりとれるアウトランナーの特徴を生かした、消費電力の低い暖房器具である、電気毛布が活躍するわけである。


「ああ。これ……いい!」


 すっかり毛布に丸まり、ホクホク顔になるキャラ。

 そういえば、猫はこたつで丸くなるんだったなと思ったら、キャラにこたつを使わせたくなった。

 アウトランナーなら、こたつだって動かせる。

 そう考えると、むしろこたつを積んでいないことの方が不自然に感じてきた。

 もし、あっちの世界に戻れたら、今度はこたつを積んでみようと、俺はまたスマートフォンの車中泊グッズ購入予定のメモに追記した。


「さて。オレも寝るか……」


 椅子を倒し、オレも電気毛布を自分にかけた。

 先に電源を入れておいたので、もうすっかり温かい。

 外は冷えはじめているので、キャラではないが顔がほころんだ。

 すると、毛布からひょっこり顔だけをだしたキャラが、不思議そうに朱い瞳でこちらを見ている。


「おい、アウト……」


「アウトじゃねー。現人あらとだ。つーか、現人あらとさんだろう」


「さっき、アウトは『モテないから、いつも車で一人、さびしく寝ている』と言っていた」


「待てや。『モテないから』も『さびしく』も言ってねぞ、こら!」


「なのに、なぜこの温かくなる毛布を二枚ももっているんだ?」


「頼むから、言葉のキャッチボールしてくれよ……」


「さびしさのあまりに作った、妄想彼女の分?」


「作ってねーよ!」


「だって、彼女いないはず」


「なーに決めつけてんだ、こんちくしょう!」


「いなさそうな臭いしている」


「えっ!? なに、その臭い!? どんな臭いなの!? つーか、くさいの!?」


「加齢臭」


「してねーよ! 二六だぞ、オレ!」


「冗談」


「うぐっ……。つーか、これは敷布にもなるからな。あまりに寒い時は電気毛布サンドイッチになればいいんじゃないかと思って、2枚セットを買っておいたんだ」


「なるほど。アウト、頭悪そうにみえるが意外に頭いいな」


「アウトじゃねー! つーか、やたらにオレをディスりやがるな、おまえ! 実はオレのこと嫌いだろう!?」


「割と……」


「うわ~、正直!」


「ところで、アウト」


「アウトじゃ……まあ、もういいや。なんだよ?」


「横に寝ているからって、エッチなことするな。したら……」


「わかってるよ。ナイフで――」


「『コンビニおにぎりこんぴょにおにゃぎり』を要求する!」


「――って、おにぎりかよ! それでいいのか!?」


「なら、『カップラーメンかっぴょらーにゃん』も追加要求する!」


「……おまえ、わざと間違えていないか? つーか、ひじょーに悔やまれることに、もう両方ともないけどな」


「なら、アウトの命を要求する!」


「それも差しだす分はねー! つーか、オレの命、おにぎりやカップラーメンと同列か!?」


「そんな感じ」


「なんだと、こんちくしょう! ……くそぉ~。見てろよぉ~! もし、オレが元の世界に戻れたら、コンビニおにぎりとカップラーメンを死ぬほど持ってきてやる!」


「……あ。それ、死亡フラグ」


「えっ!? 死亡なの!? つーか、こっちの世界にも『死亡フラグ』って言葉あるの!?」


「おやすみ」


「ちょっ! 会話しろよ!」


 それでもオレは、車中泊グッズ購入予定のメモに「カップラーメンとコンビニおにぎり」と追記した。

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