第009話:林を抜けたら……

 助手席にキャラを乗せて、アウトランナーをゆっくりと走らせた。

 最初は、さすがにキャラも大興奮だった。


「にゃぴょん!? この椅子、温かい!?」


「シートヒーターいれておいたからな!」


「にゃぴょん!? 光、すごい!」


「ヘッドライトはLEDさ!」


「にゃぴょん!? 本当に蒸気よりすごい静か!」


「だろ、だろ、だろ? EVの勝利だな!」


 そして、オレも大興奮だった。

 自分としては、かなり高い車を買ったのに、この車に誰かを乗せたこともなければ、購入を自慢したことさえない。


 そう。オレは、ずっと自慢したかったんだ。


 だから、キャラが褒めてくれるのは非常に嬉しかった。

 オレの説明は通じていないだろうが、ちょっとの間はドラゴンの恐怖も忘れて車の話をしていた。

 しかし、そのうち文句を口にする。


「でも……やっぱり遅い……」


「つーか、こんな道で速度出せねーよ!」


 あれからすぐに、夕闇が襲ってきた。

 フレイムドラゴンが来る前に、林を抜けて、この先にあるという平原に出たい。

 ……ところなのだが、照明はハイライトにしたヘッドライトの明かりだけ。

 本当に真っ暗なのである。

 そんなにスピードが出せるわけがない。

 幸い、道の悪さはアウトランナーにとって問題があるものではなかった。

 4WDロックモードというフルタイム4WDを活かしたモードにして進んでみたが、スリップもスタックもせずに順調に進んでいく。


「あっ! あそこ、出口」


 20分ぐらい走っただろうか。

 キャラが指さす先が開けていたので、オレは速度を上げて一気に林を抜けた。


「よっしゃー!」


「にゃぴょん!」


 林を抜けると、そこは広々とした平原だった。

 地面も林の中と比べれば平らで、非常に走りやすくなっている。

 オレは、アクセルをもう少し踏みこんだ。


「にゃぴょん! 速い!」


「つーか、そう言っただろ!」


 速度は、時速60キロぐらいはでている。

 もちろん、もっとスピードはだせるが、あまりだすとエンジンが動き始めてしまう。

 今は静かに、そしてすばやく移動しなければならない。


「――んっ!?」


 遠くで奇妙な鳴き声が聞こえた気がした。

 たとえるなら、甲高いライオンの声とでも言えばよいだろうか。

 横でキャラが、「フレイムドラゴンの鳴き声」と教えてくれた。


「でも、ここまで離れれば安全。本当に速い。もう目の前に次の森が見えた」


 確かに彼女の言うとおり、目の前には新たな大きな森の影が、どんどんと迫ってくる。

 ただ、脱出した林と違い、見るからに鬱蒼としている。

 たぶん、目の前にアウトランナーが走れそうな道などないだろう。


「横からまわるしかない。だけど、今は夜だから森の近くに行くのは危険」


「この平原は平気なのか?」


「ここは割と平気。大きい獣もほとんどいない」


 そう言われて、オレは車を止めた。

 そして、ヘッドライトを消してみる。

 フロントガラスから先が、すっかり闇の中に沈む。

 その満天には、星が輝きだす。

 見上げた星座は、見覚えがあるものではない。

 だけど、その美しさは、オレの世界の物と変わらない……いや、もっときれいだった。


「つーか、すげぇ……。星がこんなに……」


「うん? 星なんて、どこでもたくさん見られる」


「そうか。そりゃすごいな……」


「すごいの?」


「すごい!」


「……ふ~ん」


 怪訝な声でうなずきながらも、キャラは腰に付けたポーチを探りだす。

 そして、小さな瓶を二つほどとりだした。

 それには、真っ赤と真っ青の対照的な液体がそれぞれに入っていた。


「なにそれ?」


「獣の嫌いな臭いと、魔物よけの聖水。念のため、この車の周りに撒く」


「おお。それ撒くと魔物も来ないわけ?」


「ドラゴンとかには効かない。弱いのは来ない。用を足すなら、この液体を撒いた中で」


「用? ……ああ、用ね。はい」


 つまり、トイレだ。

 実は車中泊する時に、一番大事なのはトイレの確保となる。

 トイレがついているキャンピングカーならまだしも、普通の車で車中泊する場合は、駐める場所に二四時間使用できるトイレがあることも事前に確認しなければならない。

 高速道路のサービスエリアや、道の駅という公共施設なら、その点はまず問題がない。

 しかし、この異世界にそんなものがあるわけもなく、外でするのも致し方ないことだろう。


「というわけで……これ」


 キャラは、オレにタオルを差しだす。

 車のトランクに積んであった物をいつの間にか持っていたようだ。


「これ、どうするの?」


「車の中で目隠しする。いいと言うまで、そうしていなければ……」


「……わ、わかってる! ナイフに手をかけるな!」


 この後、ちょっとアウトランナーの遮音性の高さを初めて残念に思った。

 が、その思考が変態っぽいと気がつき、慌てて否定するのだった。


(つーか、中も外も静かな車はすばらしいんだ! ……うん!)


 目隠ししながら、そう思った。





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