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第126話:食材を得て……
幸いにも雨は降っていないが、空は少し曇っている。
ただ、もともと鬱蒼とした木々の屋根で、野営地に陽射しはあまり入らない。
おかげで太陽がかなり傾いてきた今、オレたちのいる場所はかなり薄暗くなっている。
これははやめにいろいろと準備しておく必要があるだろう。
まずは椅子とテーブルを
椅子は4人しか座れないが、オレはアウトランナーに座っていればいい。
寝るのは、ルーフテントをファイとクシィに使ってもらおう。
文明の利器、低反発マットの寝心地を味わってもらおうではないか。
ミューと希未は
ちなみにエアマットはシングルを2つ持ってきている。
独り者の車中泊旅行者がなぜ4人も寝られる用意をしているかは、あえて語るまい。
まあ、なんだ。
そういうこともあるかなと、考えていたりもしたわけだ。
備えあれば憂いなし。
ちなみにオレは、もちろん外で寝る。
男として当然である……が、薄いレジャーシートを敷いた地面ではたしてオレは寝られるのだろうか。
しかしこれはなんというか、車中泊装備を持ってきているのに、本人が車中泊できないという悲しい物語だ。
水は常備していたペットボトルでなんとかなりそう。
そう言ったら、クシィに「
それからいつも通り、グリーンシートでプライベートゾーンを作る。
要するにトイレだ。
これで基本的な準備は完了。
「ちょっ! ちょっと、まさかこんな所で用をたせと言うの!?」
と思いきや、トイレの仕方を説明すると、希未がオレを責めたてる。
しかも、ものすごい剣幕だ。
「シートで隠すだけって……なんか他にないの!?」
「ん? トイレットペーパーならあるぞ」
「そういうことじゃなくて! こんなシートで隠しても、反対側から丸見えじゃない!」
何を当たり前のことを……と思ってから、はたと思いなおす。
そうだ。これが普通の現代女性の反応なのかもしれない。
ミヤとか教子さんとか、ぶっちゃけ反応がおかしい。
ミヤは最初、抵抗感を見せていたがすぐに適応した。
教子さんなどは、最初から抵抗感さえ見せてなかった。
そんな2人と異世界に来ていたものだから、すっかり感覚が狂っていたのかもしれない。
「でもまあ、こんなところに人なんてまずこないし。来ても魔物だけど、クシィさんが結界みたいなの張ってくれたから、ほとんどの魔物は入ってこられないし、そもそも魔物が近づけばクシィさんが気がつくみたいだし」
さっき、そうクシィから説明を受けたばかりだ。
そして、ある一定の範囲から出るのではないと、希未も一緒に注意を聞いていたはずである。
「それでも落ち着かないでしょ! せめてトイレ用テントとか、ポータブルトイレみたいなのは!?」
「なるほど……。ポータブルトイレはいいかもしれないな」
最近は水を使わず、凝固剤とかいれたビニール袋の中にして、その口を熱で圧着できるタイプもあるという。
しかも、コンパクトにしまえるものもあるようだ。
そういうのがあれば、トイレ事情は少しは改善されるかもしれない。
「でも、今はない」
「そんな……女性と男性だと違うんだよ! あなたたちだって、気になるわよね!?」
椅子に座ってご満悦のクシィとミューに対して、希未が必死に訴えかけた。
もちろん、元の世界ならその行動はまちがっていない。
激しく同意をもらえるだろう。
しかし、ここは文化レベル的には、元の世界とはかなりの格差がある異世界だ。
そんな文化レベルの2人に言っても、目を丸くするばかりである。
「え? 遮る目隠しがあるだけマシじゃない?」
「ミューは、アウトと一緒の時、原っぱの真ん中でしたことあるぞ」
「あっ、あの時は、オレが車の中で目隠ししてただろうが!」
絶対誤解されると思い、慌ててミューに突っこむ。
これでまた希未に「変態」とか言われたら大変である。
「へ、平気……なの?」
だが、希未はそれどころではなかったようだ。
どこか呆然としたような顔をしている。
「平気というか、当たり前なの。冒険者などやっていれば、こんなことは日常よ。
「ミューも、基本的に草むらや川を探して用をたす。アウトランナーのように荷物をたくさん持って移動できないから、遮る布とかもないことが多い」
「そ、そう……そうよね……。ここ、異世界だものね……」
希未は額を抑えながら、憂鬱さを漂わせて俯く。
その顔色は、倒れないかと心配になるほどだ。
「ごめんなさい、現人。なんかあたし、わかっていなかった」
「……異世界の不便さか?」
「それも含めて。異世界ってすごい魔法や、大冒険みたいなイメージばかりでもっていたけど、そこには危険もあるし不便さもあるんだよね。あたし、異世界を
「まあ、そうだな。危険も不便もすげぇあると思うよ」
ただし、オレはあまり不便を感じたことはなかったけど。
寝食はだいたいアウトランナーと積んでいた食料でなんとかなっていた。
困ったことは、せいぜい風呂とトイレぐらいだ。
「ともかくある程度の不便は許してくれ。危険もなるべく及ばないようにする。アウトランナーに魔力が戻るまでの辛抱だ」
「……うん。わかった」
そう応えると、希未は力なく歩きアウトランナーの開けっぱなしのハッチドアの下に行き、
両肩を落とし、本当に精神的にへたばっている感じだ。
だが、それは「異世界に来て危険な目に遭ったから」とか「異世界の不便さに辟易した」とかが、直接的な理由ではない気がする。
もちろん、これは単なる勘だ。
なんとなく、本当になんとなくそう思っただけなのだ。
どちらにしても、ミューの件が片付いて、魔力が溜まったらなるべく早く元の世界に彼女を帰してやるべきだろう。
「ねえ、アウト。ちょっと……」
広げたテーブルセットと椅子に座っていたクシィが、その細くきれいな指をチョイチョイと動かして俺を呼ぶ。
オレはちょっと首を傾げてから、テーブルに近づいた。
「あのね……」
小声でクシィが話すので、オレは顔を近づける。
なぜかミューも一緒になって近づけるが、クシィはかまわず話を続ける。
「アウトランナーの
「え?」
驚くオレに、クシィはまた小声で話す。
「さっき、ヴァドラの
「ああ。あれで補給できたのか?」
「その子、アウトランナーには霊的な意思が宿っているわ」
「え? 意思があるということ?」
「ごく単純な、本能的なものだけどね。魔力の制御と簡単な自己防衛の機能を制御するために埋めこまれているみたい」
「自己防衛……そう言えば、アズ……
「
「え? でも、すごい力をもった子なんだけど……」
「力と知識は別でしょ。それにあたしもこの
「ああ。意思かどうかは知らなかったけど、魔力を吸っているのは知っている」
「そう。でも、それだけではないわ。アウトランナーに刻まれている術式を見る限り、ピンチになると、防衛本能として攻撃的な
そう言われて思いだす。
アズを助けて、馬に乗った誘拐犯たちに見つかり、そいつらから逃げていたときのことだ。
あの時は、異世界に転移してから2日目途中だった。
それなのに誘拐犯からの魔法攻撃みたいなのを受けた瞬間、
今までの経験や知識から考えると、最低でもまるまる2日間は滞在して、3日目にならないと戻るだけの魔力が溜まらないはずだ。
あの時はよくわからないから流していたが、たぶん誘拐犯が放った魔法の攻撃や、その前のアズの魔法を吸いこんで、アウトランナーが魔力を勝手に蓄えていたということなのだろう。
そのおかげでいつもより早く、
「というわけで、ある程度の
確かに帰れるのかもしれない。
そして希未のためにも、帰れるならとっとと帰った方がいいのかもしれない。
しかし、ミューのこの後が気になる。
たぶん、オレなんていなくても、このクシィと今は獲物を獲りに行っていないがファイがあれば、ミューのことは心配しなくていいのかもしれない。
それでもやはり、ミューのことは心配だで、このまま別れるのはできそうにない。
また、他にも気になる事が一つある。
「前に異世界を転移するのを連続でやるのは危険だと言われたことがあるんだ。だから、すぐにこちらの世界に来られないようにリミッターがかけてあると……」
「……なるほど。アウトランナーが自ら急激に
「その可能性はあるのかもしれない。まあ、元の世界からこちらに来るには7日間ぐらい開けることになっているから、こちらから元の世界に戻るのはすぐに戻ってもいいのかもしれないけど。実際に、1日半で元の世界に戻ったことはあったし。ただ、さすがに1日でもどったことは今までないんだ」
「なるほど。今回は私が急激に大量の
「ああ。だから、さすがにすぐに帰るのは抵抗がある。それにやっぱり、ミューのことが気になるからな」
そう言ってミューを見ると、ミューが目をパチクリとしてから少しだけ頬を赤らめる。
「なんだ。やっぱりアウトはミューのことが大好きなのか」
「いや、そういうことではなく……」
「だって、前に会ったアウトが、ミューのことは大好きだと言っていたぞ」
「何過去に言ってんの、未来のオレ!」
「照れなくていいぞ。ミューのこと大好きなアウトは、いつでもミューのこと助けてくれるってわかっているし」
「いや、そりゃ助けるけど、今のオレとしては大切な友達としての気持ちぐらいしかなくてだな」
「うんうん。わかっている、わかっているぞ」
「ぜってーわかってねーやつ!」
「あんたたち、仲いいわね」
年下のクシィにそうからかわれて、オレは思わず頬が熱くなる。
もうオレ、いい大人で女性とつきあった経験もあるというのに、なんかまるで中高生ぐらいの反応をしてしまっていないか?
「……なによ。結局、現人ったらロリコンなんじゃない」
いつの間にか近寄ってきていた希未に、少し冷たい目で見られる。
いやいや、ロリコンじゃないからと否定する前に、話をどこまで聞かれていたのかと心配になる。
もし、魔力が戻っていると知ったら、無理にでも帰ろうと言われるかもしれない。
「あ、あのさ、希未……」
「戻ったぞ!」
唐突に元気な声が響いた。
見れば、ファイが何か4つ足の獣の後ろ足を持ちあげて歩きよってくる。
「ストッグを捕まえたから焼いて食べよう!」
それは小さな豚に濃い灰色の毛が生えたような獣だった。
まるまると太っていて、決して軽くはないことがうかがえる。
なのに、それを片手で持っているファイの筋力はどうなっているのだろうか。
「ストッグね。それ、肉が硬いのよね、全体的に。肋骨のあたりの肉は美味いけど脂身が多いし……」
クシィが少し顔を顰める。
「でも、ご主人様は好きだったではないか」
「そうだけど。なんか、『たぶん豚肉に近い』って言っていたわよね……」
「おお。やっぱり、見た目通り豚肉みたいな味なのか?」
腹が減ってきたオレは、豚肉と聞いてお腹がギュルとなるのを感じる。
「でも、うまい肋骨のあたりの肉って……どんな肉なんだ?」
「スペアリブとかでしょ」
オレの疑問に答えてくれたのは希未だった。
「カルビとか豚バラ肉とか、そのあたりだよ」
「豚バラ! それなら作りたい料理があるんだけど!」
「作りたいって……何を作る気?」
「豚の角煮!」
「……あのね、現人。こんな所で、そんな時間のかかる料理なんてできるわけないでしょ」
「フフフ。ところができるんだな、これが。アウトランナーがあればね!」
その時のオレは、ヴァドラの恐怖も希未の不安も忘れて、不謹慎にもアウトランダーに積んだままにしていた家電のことを考えていたのである。
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