第125話:戦う準備を始めた。

 オレは希未とミュー、そしてファイとクシィという2人の女の子を乗せて、街から離れた場所にある森の方にアウトランナーを走らせた。


 ちなみにファイの防具やクシィのマントは邪魔なので、はずして荷室に置いてもらった。

 そうでもしないと、いくら5人乗りとはいえ、ぎゅうぎゅうに詰まりすぎる。

 というか、なんか女性の空気で車内が満たされている気がする。


(つーか、女4人に男1人って、すげーハーレム感があるが、混乱しすぎてそれどころじゃねーな……)


 そう。

 ぶっちゃけ、オレはわからないことだらけで大混乱中だ。

 今だって、なぜ街に向かわないのか。

 なんで、ミューが狙われているのか。

 どうして、ファンタジー世界で超能力の話が出てきたのか。

 そして、【異世界召喚士】とはなんなのか。


 だからオレは、目的地に着くまでの間に、ファイとクシィにいろいろと聞こうと思っていた。

 しかし、ファイは「これが車か! 知識はあるが乗ってみると違うな!」と大興奮だし、クシィはクシィで、目を瞑りながらアウトランナーの壁に手を当て「これはすごい……すごいわ!」と大興奮。

 おかげで、なにか質問できる雰囲気ではなかった。


 また、ミューは後部座席でファイとクシィの間に挟まれており、早々にこっくりこっくりとし始めている。

 せめて彼女といろいろと話したいけど、そんな疲れを見せているミューに声をかけることも憚れる。


「ねぇ、現人……」


 だから、俺が話せるのは希未だけだった。

 しかし、彼女もオレと同じように困惑しているのだろう。

 その顔色が非常に悪く、酷く疲れているような表情をしている。


「あたし、もしかしたら新しい人生がここから始まるんじゃないかなって思っていたの……」


「……はい?」


 そのせいなのか、希未が重々しい声で、わけのわからんことを言いだした。


「こういうアニメとかにある異世界って、凄く憧れるものがあったじゃない。現実世界を捨てて、心機一転で無双の力を手にいれて心躍る冒険とか、本当の自分を見つけるとか」


「あ、ああ……」


 希未の言う憧れの異世界は、オレも理解できる。

 もちろん、マンガやラノベの影響だろう。

 オレだって異世界のイメージは、希未とほぼ同じである。


 だが、希未の言葉に引っかかる部分がある。

 彼女は元の世界を「つまらない」と言い切ったのだ。


(まあ、確かにドライブに行こうなんて、元彼に言いだすこと自体……そういうことなんだろうけどさ)


「でも、違ったわ、異世界」


「違った?」


「うん。違った。結局、ないんだ」


「それはどういう……」


 オレの問いに、希未は答えなかった。

 助手席側の窓に顔を向け、そのまま到着まで黙っていた。



§



 森の近くまでくると、木々の間に車を入れられそうなところを探して、そこに駐車した。

 もちろん、かるく車体を木々の下に隠した程度。

 森の奥までは入っていない。

 というか入れない。

 奥の方は鬱蒼としていて、傾きはじめている陽射しでは多くの影が視界を遮っている。

 人が気軽に入るのも躊躇われる雰囲気だ。


「今夜はここで過ごそう。ヴァドラはともかく、空からの魔物には見つかりにくいだろう」


 車を降りたファイがそう言うので、オレは機会だと思い、ずっと疑問だったことを質問してみる。


「なあ。魔物が危険なら、街に行った方が安全じゃないか?」


 街には多くの兵士もいるし、宿もあったはずだ。

 アウトランナーをどこに駐めるかは悩むが、ここで車中泊するよりはましなはずである。

 なのにわざわざ離れた森にまで来たのはなぜなのか

 向かうときに聞きそびれてしまったのだ。


「本来ならば、街に行くのがよい。だが、今回は街に行くのが一番まずいのだ。ヴァドラはミューの持つ【魔封宝珠マナオン】という紫の玉を狙っている」


「狙っている? あのドラゴンが?」


「ええ。多分そうだと思うわ」


 答えたのはクシィだった。


「あのレベルの魔物を完全に操るのは難しいけど、『好物を奪え』みたいに魔物自体が望むことを暗示で強めて動かせば、コントロールしやすいらしいの」


「好物? あの硬そうな玉を食べるのか?」


「魔物は魔力に惹かれて取りこもうとするの。ヴァドラもそう。魔力の塊のような魔封宝珠マナオンを体内に取りこむことで自分を強化できるわ。だから自然に魔物は、魔力が強く宿るものを欲するようになるのよ」


「えーっと、つまりミューの持つ紫の玉を奪えと、あのヴァドラというドラゴンに暗示をかけた奴がいるということ?」


「そういうことになるわね」


「なんでそんなことを……」


 ファイが「ふむ」とうなずいて答えてくる。


「話すと長いが、簡単に説明するとだな……。あの魔封宝珠マナオンは、そもそも第二聖典神国ツアス・セイクリッダムを守る魔防壁を作りだす塔に使われていたパーツなのだ。たぶんだが」


「たぶん?」


「我らも、ご主人様から『第二聖典神国ツアス・セイクリッダムから魔封宝珠マナオンを盗んだらしい奴を捕まえた。魔封宝珠マナオンはミューに届けてもらう。ちょうど2人ともそっちの方にいるだろうから、あとはよろしく』ぐらいの簡単な伝言しか聞いていないのだ」


「そこから推測するなら、こんなところね……」


 クシィが説明を続ける。


第二聖典神国ツアス・セイクリッダムに対して攻撃を企む者が、魔防壁に穴を開けるため、秘密裏に塔から魔封宝珠マナオンを奪った。それをどういうわけか、うちのご主人様が見つけて取り返した。ただ、ご主人様も塔で使っているものだとは知らなかったかもしれないわね。ともかく大切そうなものだから、第二聖典神国ツアス・セイクリッダムに返却した方がよいと思ったが、ご主人様は別の用事をしている最中。だから、伝書人のミューに頼んだ」


 そう説明を終えると、クシィは答えを求めるようにミューの顔を見た。

 すぐさま応じるように、ミューは猫目を丸くして拍手をし始める。


「にゃぴょん! さすがクシィ! 正解正解、まったくその通り!」


 褒め称えるミューに、クシィが「フフン」と鼻を鳴らす。

 ものすごく自慢げだ。

 その表情が妙に幼く見える。


「…………」


 そんなオレの視線を感じたのか、クシィが軽い咳払いをしながら、ちょっと顔をそらす。

 これは絶対に照れている。

 クールビューティーみたいな雰囲気の癖に、かわいいところを見せるのはずるい。


「まあ、でも、なぜだかわからないけど、ミューが魔封宝珠マナオン第二聖典神国ツアス・セイクリッダムにとどけるということが敵にわかってしまった。慌てた敵は、ヴァドラを使ってミューを狙わせた。もちろん、ミューを狙うだけでヴァドラは大袈裟だから、第二聖典神国ツアス・セイクリッダムを狙うのに、もともとヴァドラをつかうつもりだったのかもしれないわね」


「つーかさ――」


 オレは気がついた疑問を投げる。

 というか最初の質問だ。


「それならなおさら、その魔封宝珠マナオンとかいうのを持って、塔に向かった方がよかったんじゃないか? そうすれば、魔防壁とかいうバリアがちゃんと張れるようになるんだろう?」


「そう単純じゃないの。魔封宝珠マナオンをセットすれば、はい元通り……とはいかなくて、魔封宝珠マナオンに術をかける儀式が必要になるのよ。それには、最低でも3日間はかかる。ヴァドラには傷を負わせたけど、あいつなら明日には回復してまた魔封宝珠マナオンを狙ってくるわ。そうしたら、魔封宝珠マナオンがあるのに魔障壁が復活していない街が襲われることになるでしょう」


「確かに……」


「もちろんヴァドラだけなら、備えていれば聖典騎士オラクル・ロールたちで対応はできる。けど、たぶん敵はヴァドラ襲撃の混乱に乗じて動く戦力をどこかに隠しているはずよ。だから、ヴァドラが街に近づかないようにしたかったの」


「なるほど……」


「というわけで、我らの役目は、ヴァドラを斃したあと、魔封宝珠マナオンを届けることだ。神人殿も協力を頼むぞ」


「ああ、それはもちろんそのつもりだけど……。その『神人殿』というはやめてくれ。なんかムズムズする。オレのことは【アウト】でいい」


「ねぇ、現人。それ、さっきから気になっていたんだけど……」


 希未が口を挟む。


「聞き間違いじゃなくて、あんたはここで『アウト』と名のっているの?」


「ああ。最初に出会った、このネコウサギ娘に、そうまちがって覚えられてから、面倒なのでそう名のっている」


「つまり、このミューこそが、アウトの名付け親だな」


「なんでだよ!」


 反射的にミューに突っこんでから、オレは改めて自己紹介をすることにした。

 いろいろありすぎて、ちゃんとした挨拶もしていないからな。


「えーっと、改めまして。オレは【大前 現人】。ただ、ここでは【アウト】と呼んでくれ。なんか神人とか呼ばれてもピンとこないし。オレは単に車中泊旅行好きの……ようするに旅人だな。それから、こっちはもと……いや。友達の【加古川 希未】だ。呼び方は『希未』でいいよな?」


 そう紹介すると、希未が首肯してから、「よろしく」とかるく会釈した。

 対して、ファイも胸に手を当てて会釈する。


「自己紹介いただき痛みいる。こちらこそ、名のりが遅れて申し訳ない。我は【ファイ・ララ・エインス】。【ファイ】でよい。元【第八聖典神国エイス・セイクリッダム】の【準騎士リロル】で、今はただの冒険者。【戦士バール】で、ランクは【森林冒険者フォレスト】」


「なんかいろいろと新しい単語が出てきてあれなんだが……森林冒険者フォレストって?」


「ああ。冒険者ランクというのがあって、【街路冒険者ストリート】、【野外冒険者フィールド】、【森林冒険者フォレスト】、【世界冒険者ワールド】、【万能冒険者オールラウンド】と5段階ある。つまり我は3段階目だな。ランク的には大して強いわけではない」


「それ……なんか英語に聞こえるんだが……」


 さっきこの異世界で日本語を聞いたせいだろうか。

 一部の単語によくわからない違和感を感じるようになってきていた。


「ああ。これは、もともと英語らしいな。この冒険者制度を作ったのは、昔の降神者エボケーターだそうだ。故に、そちらの世界の言葉を使ったのかもしれぬ」


「な、なるほど」


 今まで英語的に聞こえていた単語はいくつかあった。

 それは翻訳機能のためかと思っていたが、もしかしたら本当に英語が混ざっていたのかもしれない。


「あたしは、【テェィ・クシィ・デモニカ】。あたしのことは【クシィ】でいいわ。【黒の血脈同盟】所属【第一盟主国ファミュラ】の元【中級騎士ミデレイト】。今はこいつと同じ、ただの森林冒険者フォレストの【魔術士マジル】。よろしくね、神人さん……じゃなく、アウト」


「お、おお。よろしく。……って、あれ? 同盟国と聖典神国セイクリッダムって、敵対していたんじゃなかった?」


「ええ。同盟と連合は敵対しているわね。だからかつては、わたしたちも殺し合った仲よ」


「うむ。だがまあ、今はいろいろあって、2人とも単なる冒険者でご主人様のしもべ。殺し合いどころか、ケンカひとつでも仕置きされてしまうからな」


「ほんと、やれやれよね。それでなんど叱られたか……」


 2人は向きあって苦笑する。

 とてもかつて殺し合っていた間柄には見えない。

 どう見ても、気の合うパートナーのようだ。

 きっと2人の間には、ファイの言うとおりいろいろなことがあったのだろう。

 その2人の話ももっと聞いてみたいが、それはまた今度だ。

 疑問はまだまだたくさんある。


「そのさ、念のために確認だけど。さっきから出てきている『ご主人様』ってのが、ミューも言っていた神人様なんだよな?」


「そうね」


「その神人様は、なんて名前なんだ?」


「……その前に、アウトに聞きたいことがあるの」


 クシィにその漆黒の瞳を向けられて、オレは「なんだ?」と応じる。


「あなたは元の世界に戻ると、同じ時間に戻るの?」


「ああ。そうだけど」


「なら、あなたがいた時代は、2038年よりも未来? 過去?」


「それよりは、かなり過去だな……」


「そう。なら、名前を教えていいか判断がつかないの。ごめんなさい」


「それはどういう……」


 そこにファイが割ってはいる。


「まあまあ。とりあえず細かい話はあとにしよう」


 ファイはいつの間にか、また篭手と具足をつけていた。

 遠くから見た時はわからなかったが、よく見ればそれは白ではなく白銀。

 そして装飾の感じが、まるで日本の武者鎧のデザインによく似ていた。

 胸当てこそ洋風の鎧っぽいデザインであったが、腰には赤い柄に黒い鞘の日本刀を挿している。

 おかげで、剣と魔法のファンタジーの雰囲気台なしである。


(でも、わりとアニメやゲームとかで、和風装備があるファンタジーはあったか)


 そんなどことなく洋風サムライ(?)の雰囲気を漂わせる金髪の美少女は、その腰の刀をかるく叩いてみせた。


「まずは野宿の用意と、食料の調達であろう。我は森で何か獲物を獲ってこよう」

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