異世界車中泊物語【アウトランナーPHEV】
芳賀 概夢@コミカライズ連載中
一泊目
sentence 1
第001話:ある日……
あっという間に、オレはオフィスの注目の的となった。
「大前君! で……できてないとは、どういうことかね!?」
額の上が汗で光っている部長が、ダンッと立ちあがると、ひきつった声で唾液をまき散らす。
汚ねぇなぁ……。
ギリギリかからなかったからいいけど。
しかし、たかが資料を作らなかったぐらいで、甲高い声で怒鳴るなよ。
この広いオフィスの隅から隅まで響くじゃないか。
「山崎君! 君は大前君に指示をださなかったのかね!?」
話をふられた山崎が、オレの横でその二枚目面をひきつらす。
体をビシッと直立不動にしながら、山崎が「とんでもない」と否定する。
滅多に見られない表情が見れて、オレは心の中でニヤついてしまう。
確かに指示はされてた。
だから、やってはいたよ。
ただ、仕事で無理するのがばからしいから、マイペースでだけど。
つーか、いくら上司といっても山崎は同期だからなぁ。
なんで同期に命令されなきゃいかんのよ。
それもあってさ、やる気がどうにも起きなくてね。
「どうするんだ!? 必ず明日の定例会には提出できると、先方には約束してしまったのだぞ! 延ばせるのかね、山崎君!?」
「い、いえ。一応、先ほど先方に確認したのですが、ただでさえ押しているプロジェクトなので、延びるぐらいなら当初に話していた通り、契約は一度、破棄すると……」
さらに青ざめる山崎と、沸騰するかのように赤らむ野々村部長。
「冗談ではないぞ! もうすでにかなりの工数と経費を使っているというのに。それにこのプロジェクトを通さなければ、今期の売上目標に届かんではないか!」
結局、心配しているのは、自分の部署……というより、自分の成績なわけだ。
お客さまのことを第一になんて言うのは、本当に立て前。
お客さまを大事にしない会社は成功しないよ。
つーか、オレが言えた立場じゃねーか。
「なに、ニヤニヤとしている、大前君! 話にならん! とにかく最新の資料をすべて山崎君に渡せ! 山崎君は私と本部長のとこ――あっ! 本部長!」
その部長のぎょっとした声でふりむくと、そこには白髪交じりながらも、体つきがしっかりした本部長の姿があった。
クールビズの最中でも、ビッシと決めた上品なストライプのダブルスーツを身にまとい、眉間に皺を寄せた厳つい顔で睨みつけてきてた。
「大前君……明日の資料ができていないというのは本当か?」
本部長の言葉にも、オレはまた気の抜けた「はぁ」を返す。
「……大前君。君には失望したよ」
「すんません……」
失望……ね。
つーか、失望ってのは、期待していた相手に対するものじゃないの?
どうせ期待していなかったくせに、よく言うぜ。
誰もオレに期待なんてしちゃいない。
親や兄貴でさえオレに期待なんてしちゃいないのに、いったい誰が期待するってんだ。
「ともかく詳しい話を聞かせてくれ。大前君のことは、後で……」
部長は、やたらに出てくる額の汗を噴きながら、コクコクとうなずくと、そのか細い体で本部長の後ろをついていく。
「大前、さっさと資料を僕に送れよ! ……あと、もっとちゃんと謝れ!」
そう捨て台詞を吐くと、山崎も踵を返して去っていく。
謝れって、さっきから謝ってんじゃんか。
またこれ以上、オレは怒られなきゃならないのか?
(逃げてぇ……)
オレは自分の席のノートパソコンを見る。
最新の資料は、まだネットワークドライブに保存していないので、このパソコンの中にしかない。
今、これがなくなれば、資料はきっと最初から作り直しだ。
(つーか、持って逃げたら……困るよな……)
囁いた悪魔が驚くほど、オレの心は簡単に決まった。
◆
――ってのが、
でも、結果的にだが、それでよかったとも思う。
あの時、オレは逃げた。
どこへでもいいから遠くへ行きたいと、愛車を使って逃げたんだ。
そして気がついたら、オレは元の世界からさえも逃げていた。
辿りついた異世界。
出会った少女とする車中泊の旅。
その中で、オレは元の世界のオレを省みることになる。
これは、そんな物語なんだ……。
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