第002話:森の中……

――ドバタンッ!!


 何かが上から落ちてきたような音で、オレは目が覚めた。

 何事かと体を起こして、自分が車の中で寝ていたことに気がつく。


(ああ。バッくれたんだった……)


 オレは退社時間を待たずに仕事を放りだし、愛車【アウトランナーPHEVエボリューション】にいろいろと荷物をつめて、家を出てきてしまったことを思いだす。


(そうだ。確か……足柄SAサービスエリアでP泊して……)


 朦朧としながらもそこまで思いだしてから、周囲を見て呆気にとられる。

 まだ大して寝ていないはずなのに、外が少し赤らんで明るい。

 目の前の時計を見ると、「03:21」という表示が見える。

 いくら何でも夜明けには早すぎる。


(あれ? どうなって……。つーか、さっきの音!?)


 混乱しながらも、起きた原因を思いだす。

 かけていた毛布を剥がし、オレは確かめるためにドアを開けようとした。

 だが、そこでまたオレは奇妙なことに気がつく。


 風景がおかしい。


 周囲には、多くの木々が生えていたのだ。

 オレは、コンクリートの広い駐車場の真ん中あたりに車を駐めたはずである。

 周りには、多くの車も駐まってたはずだ。

 それなのにドアを開けてみると、足下にあるのはまちがいなく柔らかい土だった。

 しかも、周りに車など1台もない。

 どう見ても、どこかの雑木林の中にいるようだった。


(え? オレ、寝ぼけてどこかに車を走らせた……とか?)


 そう言えば、足柄SAサービスエリアの裏手には、雑木林もあったはずだが、まさか車で突っこんだのか?

 いやいや。そんなバカなと思いながらも、さっきの音を思いだす。

 音がしたのは、フロントのボンネットあたり。

 もし、本当に寝ぼけて車を走らせて人を轢いていたら……。

 オレの背筋に、ゾゾゾッとムカデが這いずり回るような感触が伝わる。


「うっ、うそだろ……」


 オレは怖々とドアを開けて、そこから半分だけ体を出し、上からボンネットを見てみる。が、大きく凹んだところはなさそうだった。

 まだ買って1年も経っていない車だから、凹んでいないのは素直に嬉しい。

 だが、それならさっきの音は何だったのだろうか。

 何か嫌な予感がしながらも、オレは少しずつ体を進めて、車の前を覗きこんだ。


「……うわっ!?」


 そして、その嫌な予感が当たっていたことに気がつく。

 車の前でオレに足を向けて倒れていたのは、人間だったのだ。

 しかも、スラリとした脚に、ふくよかな胸、褐色の肌と琥珀色の髪をした少女だったのである。


「やっ……やっちまったのか!!」


 ちょっと服装は変わっていたが、高校生ぐらいだろうか。

 立派な胸の上半分が覗く革製のまさに「乳バンド」とでもいうような茶色い服に、上から半袖の丈の短い朱色のジャケットのようなものを羽織っている。

 下は、膝上ぐらいまでのスウェット生地っぽい朱色のズボンと、やはり革製の脛まで隠すブーツを履いていた。

 そのカッコは、渋谷や池袋などにいても浮いてしまうファッションだ。

 どちらかと言えば、ファンタジーRPGなどに出てきた方が自然に見える。


 そんなどこか現実離れした女の子をオレは轢き殺してしまったのだ。

 ヤバイ。

 絶対にヤバイ。

 これは急いで逃げないと!

 幸い、車にぶつかった跡は見当たらない。


(そうだ! 証拠はない! ぶつかった跡は……あれ?)


 おかしい。

 ぶつかった跡がないなら、なんで彼女は倒れているんだ?


「ううっ……」


 死体だと思っていた彼女の口が、低い呻きをもらした。

 オレがその声にビビって、息を呑んでいる間に今度は、ハッキリとした声をだす。


「うううぅ……早くしな……い…と……」


 それはまるで寝言のような声。

 オレは側によって、そっと頭の方を持ちあげてみる。

 閉じられた双眸に長い睫が揺れる。

 あまり高くはないものの丸くて可愛い鼻が、一瞬だけヒクンと動いた。

 ピンクの唇、そこから覗く八重歯から息が漏れている。

 そして健康的な褐色の肌は温かい。

 まちがいなく、生きている!


「おい、大丈夫か!? どーしたん……え?」


 まるでオレの呼びかけに応えるように、彼女の琥珀色の髪がピクリと動いた。

 オレが驚いて固まっていると、頭頂部近くの左右の髪がピコンッと立ちあがる。


 いや、違う。


 それは、髪ではなかった。

 

 それは、ネコ耳だったのだ……。

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