第003話:ネコ耳に……
「……ネコ耳?」
他にどう表現していいかわからないほど、頭の上にあるそれはまちがいなく、琥珀色のネコ耳だった。
最初はカチューシャかと思って触ってみるが、外れるどころかどう見ても頭と一体化している。
しかも、触るたびにピンクの唇から「あぅん~」と、妙に艶めかしい声まで漏れる。
こめかみ当たりの髪をあげてみるが、そこに本来あるはずの耳もない。
だが、どうしても信じられないオレは、彼女のヒップに手を回す。
(ネコなら尻尾があるはずだ……)
決して、やましい気持ちじゃない。
やましさなど少しもない……と言えば、ウソになるが、それよりもどうなっているのかを知りたかった。
だから、手にそれが触れた時、オレは興奮するよりも、喜んでいたと思う。
本当にあった。
そこに、尻尾があったのだ。
「……あれ?」
しかし、さらに触っていて、少し妙なことに気がついた。
短い。
尻尾が異様に短い。
(つーか、これは……もふもふ?)
オレはお尻をまさぐるのをやめて、体を半分ひっくり返して彼女のお尻をマジマジと見る。
そこには、確かに尻尾があった。
ただし、丸い。
髪の毛と同じ、琥珀色の毛がボールのようについている。
オレはさらに調べるように尻尾を触ってみる。
布製ズボンのお尻の上の方には、縦に切れ目が入っていた。
そして上がボタンでとめてある。
たぶん、尻尾を通すためのものなのだろう。
わざわざそんな作りをしていると言うことは、つまりこの尻尾も後から付けたりしたものではないということだ。
(つーか、どう見てもこれ、ウサギの尻尾じゃねー?)
でも耳は……と思い、視線を顔に戻すと、先ほどまで瞑られていた双眼がパッチリと開いている。
そこにあるのは、少し猫目気味の赤みを帯びた双眸。
しかも、かなりつりあがり、褐色の肌でもわかるぐらい頬を真っ赤に染めていた。
「あ……」
「…………」
「つーか、これは……」
「にゃぴょん!? ……なにするか、このエロオヤジ!」
もの凄い怒声と共に、彼女のパンチがオレの顔面に炸裂した。
しゃれぬきで、オレの体がぶっ飛ぶ。
比喩ではなく、地面を転がされた。
本気で死ぬかと思うぐらいの痛みが全身に走った。
手で顔を触ると、掌に鼻血がついていた。
「ってな! なにすんだ、テメー!」
「それはこっちの台詞! キャラのお尻、まさぐった!」
「ま、まさぐってねーよ!」
「うそつけ、エロオヤジ!」
「オヤジじゃねー! オレはまだ、26才だぞ!」
「十分、オヤジ!」
「つーか、そういうお前は何才なんだよ!」
「キャラは、鮮度抜群、16才!」
「16だと? なんだよ、ガキじゃん! つーか、ガキのケツなんて興味ねーし。オレはだいたい、ケツより胸の方が――」
「胸!? キャラの胸まで触った!?」
「えっ!?」
「にゃぴょん! もう、オマエ、許さない!」
「つーか、『にゃぴょん』って、言葉までネコとウサギが混ざってんのかよ!」
「うるさい! とにかく、キャラの体を触った罪は重い。これは神が謝ってきても許さないレベル!」
「レベルたけーな!」
「償いとしてオマエの命、このキャラ様がもらう!」
そう言うと、彼女は腰に手を当てた。
そこに握られていたのは、大きめのナイフ。
片手で突きだされた剣先が、オレの方を真っ直ぐに狙う。
(まさかナイフを持っていたとは……尻に夢中で気がつかなかった!)
ギラッと光る刃は、それが本物の金属であることを疑わせない。
非常に痛そうである。たぶん、刺されたら死ぬね。
しかも、逃げ切るのは、かなり難しそうだ。
「まっ、まあ……つーか、落ちつけよな……」
「うるさい! キャラは………うぐっ……」
言葉の途中で、彼女はいきなり膝を折る。
そして、まるで糸が切れたように、地面にへたってしまう。
今まで気力で保っていたのが限界に来たのか、顔色さえ悪く見えた。
「おい。つーか、おまえ。大丈夫なの――」
――ぐうううぅぅぅぅ~~~~!
オレの言葉を遮ったのは、アニメでしか聞いたことがないような腹の虫の鳴き声。
そのあまりの立派な鳴き声に、彼女は顔を真っ赤にまた染める。
「……もしかして、おまえ……腹、減ってんじゃね?」
「…………」
「カップラーメンならあるけど、食うか?」
「く、食うかって……それ食べ物の名前か?」
「おお。そりゃーもちろん、食べ物だ」
「……く、くれるのか? 金はないぞ」
「そんじゃさ、いろいろと触っちゃった、お詫びっつーことで、ひとつ……な?」
「…………」
「…………」
「……しょ、しょーがない。それで手を打つ!」
オレは自分用に買っておいた朝飯を犠牲にし、自分の命を守ることができた。
それはカップラーメンが、神様の謝罪に勝った歴史的瞬間だった。
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