第004話:飯食われた。

 自ら【キャラ】と名のった、ネコ耳、ウサギ尻尾のハーフ(?)娘は、ハフハフしながら、フォークで口へ麺を運ぶ。

 しかし、口元にあたると「あっひっ!」と言って、口から麺を離してしまう。

 おかげで、なかなか食べられない。

 猫舌というのは、舌だけではでなく口全体の話なのだと、その様子を見てて初めて知った。

 これは、新しい発見だ。

 だが、それよりも素敵な発見があった。

 カップラーメンがなかなか食べられない女の子というのは、なんか非常にかわいらしいということだ。

 しかも、それがネコ耳つきというだけで、ブーストがかけられたような愛らしさがある。

 見ているだけで、ついついニヤニヤしてしまう。

 近くに警察官がいたら、変質者として捕まってしまうレベルのニヤニヤだ。


「うまいか?」


――コクコクコク!


 やっとの思いで口に麺を入れたキャラは、オレの問いに小刻みに首をうなずかせた。

 そして、まるで小動物のようにモグモグと口を動かす。

 うまそうに食べるその姿は、本当にかわいい。

 それはいいのだが……。


(つーか、本当によく食うな……)


 オレが自分の命の代わりに献上したのは、このカップラーメンだけではなかった。


 先の命の取引をした後。

 オレは車のテールドアを開けて、おいしい水のペットボトルと、電気ケトルを出してお湯を沸かした。


 え? 電気ケトルを電気もないのにどうやって使ったって?


 ふふふ。説明しよう!


 我が愛車、その名も【九菱きゅうびし自動車 アウトランナーPHEVエボリューション】。

 ポイントは、「PHEV」というところだ。

 いわゆる電気自動車というジャンルになるらしい。

 特徴を箇条書きで書くと……


・でっかい30kWhという容量のバッテリーを積んでいる!

・走らないで自家発電して充電ができる!

・4WDで悪路にも強い!


 ……というような車で、ガソリン満タン時ならオレが家で普通に使う電気量を数日間は賄えるらしい。

 しかも、車内には、100Vのコンセントがついている。

 つまり、この車さえあれば、外で多くの家電が普通に使えてしまうのだ。

 とある事情で、車旅行という趣味に目覚めたオレは、腹が減った時に温かいものが食べられるよう、電気ケトル等のアイテムを積んでいたのだ。

 1人分ならば、魔法瓶などよりも電気ケトルのが効率よい。

 車の荷室ラゲッジルームにある100Vコンセントに、電気ケトルのケーブルをつなぎ、沸かすまで50秒でよいのだ。

 用意時間まで入れても、カップラーメンなら合計5分もあればできあがってしまうわけだ!


 しかし、キャラにはそれさえも長いようだった。


 20秒も我慢できず、「まだか、まだか」と騒ぎだしたのだ。

 お湯が沸いてから、さらに待つことをオレが伝えると、キャラの顔が急に殺気立った。

 もう腹が減りすぎて、尋常ではいられなくなっている感じだ。

 しかも、その手がナイフに伸びようとしていた。

 命の危機を感じたオレは、仕方なく一緒に買っておいたコンビニおにぎりを身代わりに差しだすことにしたのだ。


「にゃ、にゃんだぴょん、その黒いの!」


 しかし、コンビニおにぎりを見せた瞬間、キャラはちょっと身を引いた。

 おにぎりに向かって、牙のように鋭い歯を少し覗かせながら、フーフーと低くうなる。

 どうみても、おにぎり……というより「黒い食べ物」を警戒している。

 やはり、食文化が違うのだろうかと不安になる。

 食べられない物だったら、やはり俺の命はないのだろうか。

 オレは、怖々と説明する。


「こ、これは、コンビニおにぎり。黒いのは、海苔という食べ物だ」


「食べ物!? そんな黒いのに、食べ物!?」


「おっ、おお。……しかも、うまいぞ」


「うまい!? ……なら、食べる!」


「そ、そうか……」


 怖いほど、説明は簡単だった。

 おにぎりを受けとったキャラは、恐る恐る一口目を食べた。

 すると目が輝く。


「うまい! うまい! こんぴょにおにゃぎり、うまい!」


 微妙なまちがいをしながらも、鮭とツナマヨの2つのおにぎりをペロッと平らげてしまった。

 そしてカップラーメンができたら、今度はヒーフーヒーフー言いながらも、無我夢中で食べ始めたわけなのだ。


(異世界人でも、味覚は同じようなもんなのか……)


 オレは、カップラーメンと格闘するネコ耳娘を見ながらも、そんなことを考えていた。


 正直、「異世界」などと言っても現実味はない。

 彼女が食事をとっている間に、周囲を見て回った。

 摩訶不思議な動物もいなければ、スライムとか、そういう魔物もいない。

 どう見ても、普通の林の中にいたのである。


 ところが、カーナビを確認してみると、GPSを見失った状態ながら、場所は東名高速道路の足柄SAサービスエリアから動いていなかったのだ。

 もちろん、足柄SAサービスエリアの裏手というわけでもない。

 人工建造物も見えなければ、富士山や他の山々も見えない。

 明らかに、違う場所だったのだ。

 それでも、まだ風景だけならば「異世界」などという、突拍子もない単語は出てこなかっただろう。

 しかし、目の前に本物のネコ耳とウサギ尻尾をもつ獣人の女の子がいる。


(つーか、獣人というには……中途半端なんだよなぁ~)


 改めて、キャラを見る。

 なにしろ、獣的なのは、耳と尻尾ぐらいだ。

 兎のような体毛があるとか、猫のようなひげが生えているとか、そういう獣人らしさが全くないのだ。

 どちらかというと、ネコ耳とウサギ尻尾のアクセサリーつけ、ファンタジーRPG風にコスプレした女の子のようにしか見えない。


(つーか、やっぱ異世界なんだろうな……)


 オレは、こんな状態なのに、自分が妙に落ちついていることに気がついた。

 寝て起きたら、突然知らない場所にいたなんて、普通ならもっと大慌てしても良さそうなことだ。

 ところが、オレはそこまでパニックに陥っていない。

 最初は慌てたが、「異世界なんだ」と思った途端になんとなく受け入れることができてしまったのだ。


 その理由はもちろんちゃんとある。


 まず第一に、言葉が通じる話し相手――キャラ――がいること。

 独りじゃない……それだけで、不安度はまったく違う。


 それから第二の理由として、オレ自身がこの状態を願っていたということ。

 あの世界から逃げて、別の世界にでも行きたい。

 それが叶ったんだから、慌てる理由などあるはずもない。


 そして、最後の理由。

 それは、このことが予知……というよりも、予告されていた事だったということだ。


(あの住職の言ったとおり、アウトランナーがオレをオレの世界から外に、連れだしてくれたんだな……)


 オレは、会社を飛びだしてから、足柄SAサービスエリアに到着する間にあった、不思議な体験を思いだしていた。

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