第083話:可能性の扉を……

 数時間前までの喧噪は、嘘のようだった。

 祭事は終わり、村は夜の閑寂さに沈んだ。

 【言霊チャーム族】の人々が静かに暮らす唯一の隠れ村。

 その村を夜のとばりと、フクロウの声が包む。

 いや。それが本当にフクロウの声なのかどうかはわからない。

 異世界なのだから、もしかしたら別の動物なのかもしれない。


 そう。

 ここはオレとミヤにとって、異世界なのだ。


 もし、この状態でオレたちが死んだら、いったいどうなるのだろうか?

 死んだあと……魂は別世界では転生できずに彷徨ってしまうとか?

 元の世界ではどういう扱い? いなかったことにされたりして?

 そう考えると、不思議と無性に怖くなる。

 きっと元の世界で死んでも、この世界で死んでもなんら変わらない、それは理解しているつもりだ。

 そもそも霊魂やら、転生やらなんて本当は信じていない。

 信じていないのに、つい考えてしまい、得体の知れない不安が心ののしかかる。


 1ヶ月前のオレが、こんなプレッシャーを受けたら、まちがいなく逃げだしていたところだろう。

 だが、今のオレは踏みとどまっている。

 悪い逃げ癖は、あまり鎌首をあげてこない。

 オレには、使命……いや、そんなカッコイイものじゃないな。

 オレには、役目がある。

 アズを助けて、ミヤを無事に元の世界に戻すという役目だ。

 それを果たすまでは、絶対に逃げるわけにはいかない。

 もうすぐ、夜陰にまぎれて、黒幕のカスラがこちらにやってくるとしてもだ。


(つーか、やっぱり先に捕まえた方がいいと思うんだが……)


 アズ(本当はミヤ)が禊ぎを行っている家の影に隠れながら、オレはあらためてそう思った。

 だが、預言書には襲う前に捕まえた場合は、証拠がなくしらを切られるとと書いてあった。

 あくまでも、アズを襲うところを現行犯逮捕しなければならない。

 だからオレは、こうしてアズパパと親衛隊の先鋭2名で、ミヤのいる建物の裏側に隠れていた。

 この建物は、いわばワンルームで、入り口は正面にしかない。

 窓は人が入れるようなサイズではないため、入り口から入るしかないのだ。

 ドアの鍵はかけられていない。

 それも風習だ。

 昔は、このような神事を穢すような奴はいなかったからだろう。

 そして、4人で無言のまま待つこと一時間ほどだった。

 その足音は、預言書の通りの時間にやってきた。

 こちらは、念のため早めに来ていたのだが、今のところ「予定通り」ということらしい。

 ジャリジャリという音が、暗闇に響く。

 入り口に続く道は、砂利道になっている。

 オレたちは、そっと横に回って正面をうかがう。

 建物の入り口に置かれた松明に照らされ、一つの影が長く伸びているのがうかがえる。

 その影の正体が男なのか、女なのか、大人なのか、子供なのか、それは判断できない。

 だが、ここまで預言書通りならば、まずまちがいなくカスラであろう。

 ドアをノックする小さな音がする。

 そして、かすれるような小さな声。


「イータ様。起きておいでですか。儀式中、申し訳ございません。カスラでございます。非常事態が起きたため参りました」


 まちがいなくカスラの声だった。


「…………」


 返事はない。

 もちろん、寝たふりである。

 ミヤは布団をかぶって横になっているはずだ。


「…………」


 ギギとドアの開く音がする。

 家の中に入る足音。

 正面に回り込むオレたち。

 ドアを勢いよく開けて踏みこむ。

 ベッドの上には、アズではなくミヤ。

 その布団を上げて、驚いた顔のカスラ。

 手には、短刀が握られている。


「カスラ!」


 こちらに気がつき、カスラは慌ててミヤを引っぱりこみ、刃をその喉元に当てる。

 真っ白なシルクのような薄い生地の下で、大きな胸が揺れて彼女はとらわれの身となった。

 まさにそこまで、預言書の通りだった。


「カスラ……信じていたのだぞ。まさか貴様がイータの誘拐を計っていたとは……」


「な、なぜ……」


「神人であるアウト様は、偉大な予言者なのだ。貴様の所行を予言されていたのだ。しかし、どうしてもワシは信じられなかった。だから、確かめるために……」


 オレ、アズパパ、そして親衛隊の兵士が二名。

 兵士は革の軽装備を身に纏いながら、二人とも短めの片手剣を持っている。

 さすがにこれは、逃げられないはずだ。

 そして、カスラもそれは瞬時に悟っただろう。

 ミヤの腕を後ろに回してキメながら、カスラがベッドの横に立つ。

 刃は相変わらず、のど仏につけられたままである。


「くっ……なんてことだ……」


 悔しさのにじむ言葉でさえ、預言書に書かれている通りだ。


「…………」


 オレはずっと悩んでいたが、未だに答えが出ないでいる。

 ここで、オレがもし別の行動をとったらどうなるのか。

 もしかしたら、預言書と違う流れになり、ミヤに怪我をさせなくて済むかもしれない。

 だが、その逆にミヤが死んでしまう歴史になってしまうかもしれない。


(クソッ!)


 結局、オレは動けなかった。


「…………」


 そんなオレの葛藤を見抜いたように、ミヤがオレに微笑する。

 まるでオレを慰めるように。

 その途端、カスラが叫ぶ。


「こんなはずでは……娘、貴様がイータ様の身代わりなどにならなければ!」


 カスラのもつ短刀が、ミヤに向かって閃いた。

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