第048話:笑われ、青ざめ……
よく木造住宅の売り文句で「木の温もり」というのを聞くが、ログハウスだとなんとなく「木の冷たさ」を感じる気がする。
冷たさと言っても温度的なものではなく、人間に媚びない、自然の荒々しさという物だろうか。
かんなをかけられ、やすりをかけられ、磨かれてニスを塗られた木目は、確かに温かさを感じる。
しかし、積み重なった丸太の表面は、むき出しの野性を感じさせる。
特にオレが今いるログハウスは、その感じが非常に強い。
(まさにワイルド……)
そろそろ太陽は、正中近くのはずだ。
そこから降りそそぐ光が、あまり透明度が高くない曇ったようなガラス窓から入りこんで、部屋を照らしている。
照度が、ほどよく和む。
今いるのは、ダイニングとキッチンが一緒になった部屋だ。
二〇畳あるだろうか。
奥には竈と水場らしき場所がある。
手前には、今は火が入っていないが、暖炉まで設置されている。
その近くに何の動物かわからないが、毛皮の大きなマットが敷かれており、くつろぎスペースのようになっていた。
そして、そばに四人掛けぐらいのテーブル。
オレは、そのテーブルの席に着いていた。
正面にいるのは、ウサギ父ちゃん、そしてネコ母ちゃん。
ものすごい勢いで、二人ともニコニコ……いや、ニヤニヤしている。
(な、なんなんだ、いったい……)
ミューの家に着いた後、ネコ母ちゃんがでてきて、オレを「アウトさん」と迷わず呼んだ。
しかも、ものすごく親しげに。
その様子にオレが戸惑っていると、ミューが「ちょっと待ってて」と言って車から降り、ネコ母ちゃんを連れて家に入っていった。
しばらくすると、ミューが出てきて家の中に案内され、二人が座る席の前に座らされ、今に至る。
ウサギ父ちゃんは、本当に立派なウサギ耳が生えていた。
お尻は見えないが、そこにはウサギ尻尾があるのだろう。
服装は、バニーガール……ではなく、ごく普通の麻っぽいシャツにグレイのオーバーオール。
覗く腕は、前にキャラが言っていたようにたくましく筋肉隆々。
三〇代後半ぐらいの四角い顔つきに、太い眉毛と立派な口ひげがあり、山の男という感じの風貌だった。
なのに、かわいい真っ白なウサギ耳が生えているミスマッチ感がなんとも現実離れしてファンタジー、もしくはおふざけコスプレにしか見えなかった。
一方で、ネコ母ちゃんはまったく違和感がない。
大人の女性という感じだが、丸めの輪郭で目許が少し幼く見えて、そのせいかネコ耳が非常にマッチしていてる。
でも、やはり、異世界の住人というより、コスプレ喫茶にでも来ている気分だった。
「あ、えーっと、初めまして。アウトと申します」
「…………」
「…………」
数拍の間、まるでこちらの言っていることが理解できないように、唖然としていた。
しかし、その後に二人の頬が、まるでピクピクと痙攣するように震えだす。
そして、爆発した。
「ぶっ! ぶはははははは!」
「いやぁだにゃぁ~! やだにゃあぁぁ、もう! 初めましてなんてぇにゃ~!」
そりゃもう、大爆笑である。
もちろん、何が面白かったのかまったくわからない。
オレは、ただ挨拶しただけなのだ。
「……つーか、なんなの?」
「うーん。すまない、アウト」
何か飲み物が入ったコップをテーブルに並べていたミューが申し訳なさそうな顔をした。
そしてオレの隣の席に座ると、未だに笑っている二人の両親をにらみつける。
「父ちゃん! 母ちゃん! 説明したとおり、ちゃんとして」
「いやぁ~、すまんぴょん」
やはり、父ちゃんは「ぴょん」だった。
父ちゃんは、頭を掻きながらグイッと深くオレに頭をさげてきた。
「初対面なのに、いきなり失礼な態度ですまないぴょん。ちょっと、まあ、いろいろとありましてぴょん」
「は、はあ……」
笑いたいのは、こっちだ。ぴょんぴょんと言いやがって……と思ったが、口が裂けても言わない。
絶対に喧嘩したら負けそうである。
勝率の低い勝負は挑まない主義だ。
それに、そんなことよりも気になることがある。
「あの、今日はキャラさんはいないんですか?」
「キャラ……さん……ぷっ!」
また、ウサギ父ちゃんが吹きだす。
横でネコ母ちゃんが「だめよ、あなた」と言いながら、やはり笑いだしている。
「だ、だって……キャラさんって……ぷ~くすくすくくす」
「……おい、こら! 何をむかつく笑い方してるんだ、このウサピョンが!」
あまりに小ばかにした笑いに、ついキレて暴言を吐いてしまうオレ。
そのオレをウサギ父ちゃんが、ものすごい迫力でにらむ。
「ウ、ウサピョン……だとおぉぉぉぉ~~~~」
「あ、つい……す、すいま――」
「なんで貴様、その名前を知っているぴょん!」
「――って、本当にウサピョンって名前なのかよ!」
「ん? 違うけど?」
「違うのかよ!」
「ウソピョン!」
「くそ! 超むかつくな、こんちくしょう!」
いかつい顔をゆがませて、めちゃくちゃ楽しそうに笑うウサピョンオヤジに、オレは思わずいきり立つ。
「うんうん。十分なじんだな、アウト」
「なじんでねーよ!」
ミューのよくわからない納得顔にも、とりあえずツッコミ。
というか、ツッコミが多すぎて疲れてくる。
「まあまあ。とりあえず、薪割りしよう」
「なんでだよ! 脈絡が分からんわ!」
「ん? いろいろ教えてほしいと言っていただろう、アウト。薪の火のつけ方とか、魚のさばき方も復習してみよう」
「いや、まあ、確かに知りたいけどさ……」
「なら、あまり時間がないから早くしよう」
「時間がない? どういうことだよ?」
「……まだ気がついていないのか、アウト」
「つーか、なにが?」
「アウト、今日はこっちに来て二日目だろ?」
「ああ」
「なら、あと三日を目安に帰った方がいい。長くても合計七日だ」
「……なんでだ?」
オレの質問に、ミューがなぜか真顔になり、少しためらいを見せる。
そして一度目を閉じてから、意を決したように開口した。
「アウトは、『うらしまたろう』なのだ」
「……はい?」
オレはすぐに言われた意味を理解できなかった。
しかし、その意味を理解した時、オレは尋常ではないほど青ざめてしまうのだった。
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