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第103話:街で食事をして……

「大前くん! あれ見て! すごい! なんの肉だろう!?」


 軒先に吊るされた干し肉を見て、十文字女史は大興奮で駆けていく。

 その眼鏡の下のキラキラとした瞳には、普段のクールさなどかけらもない。

 低い街並みが続く石畳の道を走っている。

 口もさっきから開きっぱなしで、口の中が乾燥しないか心配になる。


「女史、そんなに急いだら危ないっすよ」


「大丈夫よ。子供じゃな――ッ!」


「――あっ!」


 言ったとたん、後ろ向きに歩いていた女史が石畳に躓き転びそうになる。


「――おっと!」


 が、その正面を歩いていた、金髪の少女がサッとスマートに女史を支えてくれた。


「大丈夫ですか?」


 空の青さを思わす碧眼に、凛とした声。

 その青い籠手を着けた手で支えらたれた女史が、思わず顔を赤くしている。


「は、はい。ありがとうございます……」


「気をつけてください」


 少女と言っても、オレよりも少し下ぐらいだろう。

 しかし、オレとは比べ物にならないほどの気品や威厳を感じさせる。

 だが、それより気になるのは腰につるした剣だ。

 なぜか中世ファンタジーゲームでよく見る両刃剣ではなく、日本刀に見えるが気のせいだろうか。

 どっちにしても、こんな少女が剣を手にして籠手や具足をつけているのだから、まさにファンタジー世界という感じだろう。


「――ファイ、何してんのよ。早く冒険業仲介所ハロークエストに行くわよ!」


 少し離れたところにいた、仲間らしい黒髪の少女に呼ばれて、金髪の美少女剣士は「失礼」と言葉を残して去って行った。

 それをしばらく見送ると、女史はすごい勢いで振りかえる。


「ちょっと大前くん! 見た? 見たわよね! 女の子の剣士! わたし、ファンタジー世界の住人と話しちゃったわ! 触っちゃったわ! ファーストコンタクトよ!」


「そ、それはわかったから、少し落ち着いてくださいよ。なんかあったら危ないじゃないっすか」


「あっ……ご、ごめんなさい。でも……いい年してって思われるかもしれないけど……自分でも驚くほど興奮しちゃうのよ」


 気持ちはわからんでもない。

 なにしろ、アニメや漫画でしかみたことがない映像が、現実に目の前で広がっているのだ。


 目覚めたあと、外を見て混乱する女史。

 彼女に一生懸命に説明するが、やはり現実としてとらえられないでいた。

 そこでオレは現実を見てもらった方が早いと考えたわけだ。


 アウトランナーを目立たないところに隠して、朝日が顔をだすまで待った。

 そして女史と共に、近くに見えていたこの街へやってきたのだ。

 さっき住人に聞いたところによると、ここは【ダンタリオン】という街らしい。

 本当の名前は違うらしいが、ここには【ダンタリオン】というでかい迷宮があるそうで、その名物の迷宮の名前がそのまま街の名前としても定着してしまったそうである。

 もう迷宮とか、どんだけファンタジーRPGしているんだよって感じだが、実際はそんな楽しげなものではないのだろう。

 そこには本当の生死があるのだ。

 前にアズを守るために、魔術師やワイバーンと向き合った時の恐怖を思いだす。


(そういえば、ここはあの時より未来なのか、過去なのか……。アズたちが生きている時間なのかな、ここ……)


 今回はいろいろとイレギュラーな異世界転移シフトチェンジだったようだ。

 なにしろ呼ばれる夢も見ていないし、魔導書も反応していないときている。

 なぜここに来たのか、オレにはよくわからなかった。


「ねーねー、大前くん! あっちにウサギの頭の人が歩いてたわよ! あれ被り物じゃないわよね? 本物よね!」


 よくわからなかったが、こんな女史を見られるなら悪くないかもしれない。


 とりあえず、オレたちは朝飯を食うことにした。

 貨幣はどうしたのかと言えば、実はアズから少しもらっている。

 ただでもらうのは嫌だと言ったら、アズがオレの世界に来ているときの世話代だというので、それならばと貰っていた。

 なんでも、この世界には連合と同盟という大きな勢力があり、それぞれで貨幣が違うのだと言う。

 だからと、わざわざ2種類の貨幣を渡してくれていた。

 ちなみに、ここは連合の勢力内らしい。


「大前くん、これ。いいアイデアだと思わない?」


 女史が目の前のテーブルに並んだ食事をまじまじと観察している。

 目の前には、木皿に入ったパンと、ニンジンと肉のクリーム煮が並んでいた。

 さらに木製のお椀みたいなのには、ミルクが入っている。


 オレたちは、大通り沿いに面した、なるべく明るい雰囲気の食堂に入った。

 建物は木造建築でこじんまりしている。

 席の半分ぐらいは、庭みたいなところに屋根と床だけがあるテラス席となっていた。

 今は、そのテラス席みたいなところに座っていた。


「この木のお椀とかだけで、すごくファンタジーな感じがするわね」


「ちょっと、女史。落ち着いて! そんなに珍しくないっすよ。雰囲気とかいろいろな要素があるから、そう思うだけで……」


「あっ。そ、そうね……」


「もう、いつもの女史らしくないっすね! あはは……」


「…………」


 俺が笑いながら言った言葉で、なぜかふと女史の顔に影が落ちる。

 今まで笑っていた顔が、なぜか固まる。

 あれ、ヤバい?

 オレ、地雷踏んだ?


「すいません、女史! オレ、なんかまた無神経なこと言いました!?」


「あ、ううん。違うのよ……。わたしらしいって、なんだろうなって……」


「……え?」


「なんでもないわ! それより、この肉ってなにかしらね?」


「ああ、肉はたぶん鶏肉じゃないですかね。と言っても、鶏みたいな生き物ですが。なんか似たような生き物がいっぱいいるんですよ、ここ。馬とかはそのまま馬でしたし。ニンジンも同じような形なので共通は多いみたいっす」


「じゃあ、文字が読めたり、言葉が分かったりするのは?」


「ああ。それはたぶん、オレの能力っす。実はですね……」


 オレはいろいろと説明しながら、女史と食事を楽しんだ。

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