第102話:まさかの異世界転移しちゃいました。
重たい瞼を半分ぐらい開いた時、最初に見えたのは低い天井だった。
一瞬、カプセルホテルで寝たのかと思ったが違う。
目の前に広がるのは、布地の天井だ。
(あ……車中泊して……)
LEDライトをつけっぱなしで寝てしまったのだろう。
薄暗いが視界は確保されている。
(あれ……いつのまに……)
上半身をおこそうとすると、カチンと側頭部を叩かれたような頭痛が少しした。
この頭痛、まさか……と思った次の瞬間だった。
「大丈夫? 二日酔い?」
甘い声がすぐそばから聞こえる。
心臓が口から飛び出すのではないかというほどの鼓動を感じて横を見る。
そこにはゴムで1つに束ねた長い髪を流しながら、横たわっている十文字女史が微笑んでいた。
「じょっ、じょっ、じょっ……女史!?」
「昨日はけっこう飲んだものね。私もついついそのまま寝てしまったわ……」
「…………」
嘘である。
絶対に嘘である。
つーか、しっかりといつの間にか、車の中にあったはずの寝袋がここに持ちこまれている。
絶対にこのしっかり者は、身なりを整え、歯磨きも終わらせ、化粧水もしっかりつけて、寝る準備を超しっかりしてから眠ったに決まっている。
だって、眼鏡の下で目が悪戯っぽくわらっているじゃないか。
「つーか、オレが何かしたらどうするんっすか! この状態なら、さすがに我慢できないっすよ、オレ!」
「大丈夫よ。だって、ビール呑んでぐっすりだったもの。いくら声をかけても起きなし。実際、朝までぐっすりだったでしょう?」
「うぐっ……」
まったくもってその通りである。
だからって、なにも一緒に寝なくてもいいと思うのだが。
「まあでも、さすがに私も呑みすぎたのかしらね。朝、起きた時、少し頭痛がして……。二日酔いにしては、不思議ともう治ったんだけど……」
「あ……」
そうだ、そうだった。
女史と同衾という凄まじいインパクトで忘れていたが、事実を確認しなければならない。
「それにしても朝の6時だというのに、なんか外が暗い……あら? 電波が……」
女史が自分のスマートフォンを怪訝な顔で見ている。
ヤバい。これ、完全にアウトのパターンじゃないか。
「ちょっと外に――」
「――待った!!」
俺はルーフテントの入り口を開けようとした女史に、横から乗りかかるようにその動きを止めた。
だって心構えもない状態で、ありえない状況を見せたら混乱するかもしれないじゃないか。
「……大前君。朝からお盛んだけど、ここだとかなり揺れるわよ」
「――ちょっ! 女史!!」
言われてみれば、ベッドの上で押し倒しているような体勢だ。
「うふふふ。冗談よ」
女史にしては、ちょっと下ネタ入ったお言葉は、むしろオレにはご褒美だ。
ぶっちゃけ興奮する……じゃなかった。
それどころじゃない。
脱線終了。
「ちょっと失礼……」
オレは女史を押しのけて、テントの入口のジッパーを少しだけ開けた。
そして外の様子を覗く。
外は真っ暗だが、月明かりが見える。
そのまま数秒、瞳が暗闇になれていく。
見えてきたのは平原。
左右を見まわすと、遠くにいくつもの光が並んで見える。
もしかしたら、村か町だろうか。
(……つーか、どちらにしてもここ、「道の駅ろまんちっく村」じゃねーな)
やはり
まさかルーフテントで寝てもだめだとは思わなかったが、可能性を考えなかったオレがバカだったのかもしれない。
要するに「どこまで車の一部なのか」ということなんだろう。
たぶん、アウトランナーにとってつながっているルーフテントもすでに車の一部。
アウトランナーの一部に触れながら寝たのだから、
ただ、今回の
こちらに来る時、俺はだいたい夢の中で助けを求められる。
そしてたぶん、助けを求めた相手のピンチに立ち会うことになる。
だが、今回はそれがなかった。
(たぶん、誰かがピンチになったわけではない……ということか。予言書を確認しておかないとな)
オレが異世界に来たと言うことは、予言書に新たなページが表示されているはずである。
「ねぇ、大前君? いったいどうしたというの?」
おっといけない。
外を見たまま、いろいろと考え込んでしまっていた。
怪訝な表情で女史がこちらをジーッと見ている。
戻るには3日ほどかかるから隠し通せるものではない。
こうなったら、もう正直に言うしかないだろう。
「十文字さん、真面目な話があります!」
テントのジッパーをしめてから、俺は女史に向き合って正座した。
そして真摯な目で彼女の顔を見る。
その尋常ではない雰囲気を感じたのか、女史もそそくさと正座をし始めた。
「な、なにかしら?」
女史の顔に緊張が見られる。
ドギマギと髪を指で空いて後ろに流したり、ジャージのジッパーを首元まで上げたり、少し下げたり……彼女にしては落ち着きが見られない。
顔色も少し紅潮しているように見える。
もしかしたら、女史もこの異常事態を肌で感じているのかもしれない。
つーか、さすが女史だ。
異世界転移さえ感じ取っているのか。
それなら話は早い。
「お、大前君。その……お話は着替えてからではだめかしら。こんなカッコでは……」
「ごめんなさい、女史。つーか、着替えてからでは遅いのです。その前に、すっきりとしておきたい!」
「えっ!? ちょっと大前君、落ち着きなさい!」
「大丈夫です。オレは落ち着いてますよ。慣れていますから」
「な、慣れているって……大前君、そ、それはどういう……ま、まさか……」
「はい。そのまさかです。さすが女史、わかっていらっしゃる!」
「わかってって……でも、こんな場所……」
「ですよね。まさかこんな場所、想像もつかなかったでしょう!」
「えっ、ええ……当たり前よ。で、でも、まさか本当に!?」
「本当です! つーか今こそ、はっきりと言います!」
「ちょちょちょちょ、ちょっと待って! 心の準備が……」
「女史、聞いてください!」
「は、はい!」
「ここは……ここは異世界なんです!」
「……はい?」
「だから、ここは異世界なんですよ!」
「…………」
「…………」
「ごめんなさい……よくわからないわ……」
「実はオレ、この車で車中泊すると異世界に転移できる能力がありまして」
「……ずいぶんといい加減で適当で投げやりな感じの設定ね」
「い、いや、設定じゃなくてね……」
「……あのね、大前君。なにか話をごまかしたいのかもしれないけど、ごまかし方ってものがあるのではないかしら?」
女史のみけんに皺が寄る。
目元がヒクヒクと痙攣している。
「そんな脈絡のない、売れない三文小説みたいな話なんてしないで、男らしく正直に言ったらどう!?」
「つーか、本当なんですって……」
「――もう結構! 見損なったわ、大前君!」
そういうと、女史はルーフテントの出入り口のジッパーを開けた。
そして、勢いよくそれを開く。
「え? なんでまっくら……」
道の駅の駐車場なら、暗いにしても外灯がある。
だが、目の前にある明かりは、少し書けた月の明かりのみ。
そもそも朝の6時なら、こんなに暗いはずはない。
「……原っぱ? な、なん……で……?」
語尾の疑問符とともに、女史が振りむいた。
半笑いが固まったような、初めて見る心の底から驚愕している女史の顔。
そんな女史になるべくショックを与えないよう、オレはできるだけ優しく言葉を紡ぐ。
「だからここ、異世界なんですよ……」
「…………」
「…………」
「……ごめんなさい、もう一度、寝るわ」
「逃避しないでくださいよ!」
さすがの女史にも、この状況は刺激が強すぎるようだった。
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