第112話:女性2人と呑みに行くことになった。

「それで、アレは買ったんですか?」


 ミヤに尋ねられた「アレ」とは何かと一瞬だけ悩むも、すぐになんのことだか気がついた。

 だからオレは、「おお。買ったぞ」と答える。

 ここは会社から二駅ほど離れた場所にある和風の呑み屋。

 仕切りがあり、個室的に区切られていて、賑やかながらもプライベート感がある店だ。

 その掘りごたつ型の4人席で、オレはミヤと向かい合って仕事終わりの呑みを楽しんでいた。

 もちろん、オレも今日は電車通勤である。


「練習もしてみたけど難しいんだよな。しかも、だし……」


「ああ、普通より大きいですものねぇ。しかも、アズちゃんからもらった薬もそんなにないから、失敗できないですしね」


「まあね。もちろん、練習では水で試しているけど、玉の素材が難しいし」


 ビールを呑みながら、オレはため息をつく。


「つーかさ、練習する場所も難しくてさ。何しろアレ、車に積んでいたら軽犯罪法違反になるらしいぞ」


「え? そうなんです?」


 レモン酎ハイを片手に、炙り鮭の刺身を醤油につけながら、ミヤが丸い目をより丸くする。


「あんなの、おもちゃじゃないんですか?」


「いや。ガチで使えば殺傷力あるからな。とりあえず、今はすぐに使えないようにバラして箱にしまっているけど。正式に持つには、免許なしでできる自由猟目的とかじゃないと……。でもなぁ、そんな簡単じゃないし……」


「じゃあ、練習は異世界でぶつけ本番ですね!」


「ぶつけ本番じゃ、練習じゃねーじゃん!」


 オレは容赦なくミヤにツッコミを入れる。

 ミヤもオレのツッコミに、会社とは違うキャラクターでケラケラと笑って見せる。

 ミヤとの会話は、もうすっかり慣れたもんだ。

 今では、そこらの男友達と話すより気楽に話せる。

 素のままのオレで話せる、数少ない友達だった。


「遅くなっちゃったわね」


 そして最近、急激に距離が近づいたもう1人の女性が、個室の入り口に現れた。

 彼女は店員に生ビールを注文すると、そそくさと上着を脱ぐ。


「お疲れ様っす」


「お疲れ様でーす]


 オレとミヤはニッコリと笑って、スーツ姿の十文字女史を出迎えた。

 オレがハンガーを手に取り、女史から上着を預かる。

 と同時に、ミヤが「はい。十文字さんはミヤの隣ですよ」とすかさず席を勧める。

 たぶん、オレの隣に座らせないためだ。

 3人で店に行くと、いつもこの配置である。


「もう。仕事が長引いて嫌になるわ。ああ、そうそう。あの案件、かなりいい感じに進んでいるから、また大前君にも手伝ってもらうわよ」


「マジっすか。つーか、オレ、そもそも部署的に違うっつーか……」


「大丈夫。本部長どころか、社長にも許可もらっているしね」


「外堀埋められてるっすね……」


 そこに女史の分の生ビールが届いた。

 かるく「おつかれ~」と乾杯すると、女史が生ビールを口に運ぶ。

 ゴクゴクと呑んでいるのに、その姿は妙に上品に見えるから不思議だ。


「そういえば、大……アウトくんは、ジム通い始めたんだっけ?」


 女史がモードチェンジを示すように呼び方を変えてきた。

 こうなるとオレも「十文字さん」とか「女史」とか呼べなくなる。


「うっす。この前、入会してから2回目に行ってきました」


「え! アウトさん、ジム通い始めたんです?」


「ふふん。まあね」


「ほへぇ。でも、いきなりジム通いなんてどういう心境の変化です? まあ、確かにアウトさんのお腹、少しプニプニでしたからね……」


「うぐっ……。いや、心境の変化つーか、必要に駆られてだ。危険いっぱいな異世界で、体力は必要じゃんか」


「ああ、なるほど。異世界で無双するためですね!」


「ジムに通ったぐらいで無双できるか! 逃げるために鍛えてんの! かっこ悪いこと言わすな!」


「アハハ。……ところで、アウトさん」


 すっと笑いを引っこめたミヤが、少し前のめりの上目づかいを向けてくる。


「そのジムって、もしかして教子さんと同じジムだったりします?」


「お、おお。鋭いな。教子さんに紹介されてね……」


「やっぱり! うまいことやってくれましたね、教子さん!」


 女史は、メニューを眺めながら「なんのことかしら」と惚けてみせる。

 でも、その口角は確実にあがっている。


「うぬぬ……。そのジム、ミヤも通います! いいですね、教子さん!」


「どうぞ。それより私もミヤちゃんに聞きたいことがあるんだけど?」


「ん? なんです?」


「さっき『お腹、少しプニプニ』とか言っていたけど、それって裸を見たってことよね? そう言えば、一緒にお風呂に入ったって言ってたけど……本当だったんだ。ふーん……」


 最後の「ふーん」に、女史の非常に強い怒りとも嫉妬とも感じられる感情がこめられていた。

 それはミヤも感じたのか、「あうっ」と息を呑んでしまう。


「も、もちもちのろん、本当も本当ですよ。ただし、もう1人いましたけど……」


「え? もう1人って?」


「アズちゃんって言う、異世界の女の子ですよー。青い髪をしていて、すごーくかわいい子で、美人な子で、素敵な子で、アウトさんの許嫁なのです」


「許嫁……ね。そう言えば『いる』とは言っていたけど……女のっていくつぐらいなの?」


「雰囲気は大人っぽいんですけど、たぶんこっちの世界で言えば小学校6年生ぐらい?」


「6年生!? アウトくん、それアウトよ!」


「ちょっ! 違うし!」


「そんな幼い子を強引に脱がせて、強引に一緒にお風呂に入って、強引に手籠てごめにするなんて……完全に犯罪者ね」


手籠てごめ!? つーか、どうして強引にしたことになってるんっすか! むしろ、オレの方が強引に迫られた方で……」


「ふーん。迫られたんだ、強引に……」


「そ、それは……」


 オレがドギマギするところを女史は楽しそうに見ている。

 最近、女史はこういうからかい方をしてくる。

 しかし、オレは悪い気がしていない。

 そんなからかいの中にも、本気のヤキモチが隠れていることがわかるからだ。

 いつもクールビューティなイメージの女史から、そんな一面がうかがえるのはぶっちゃけご褒美。

 むしろ、最近はもっとからかって欲しいと思ってしまう。


「じゃあ、アウトくん。今度の週末は、ドライブで温泉旅行とか行こうか? 2人っきりで」


「――!!」


 オレの息が止まる。つーか、心臓も止まる。

 だんだんと女史からの攻撃にも慣れてきたと思ったが、会社では見せないような、ちょっと悪戯っぽい顔で迫られると、やはり即死しそうになる。


「ちょーっと待った! なに堂々と、ミヤを無視して2人きりになろうとしているんですか!」


 ミヤが酒で赤くなった顔をさらに怒りで赤くする。


「それに順番的に、次はミヤの番ですよ!」


「順番なんて決めてないわよね」


「ハーレム内では抜け駆け禁止です!」


「仕方ないわね。なら3人で行く?」


「そ、それでしたら、まあ……」


 ミヤはちょろいな。

 よく言えば、純粋でいい子なのかもしれない。

 順番的に自分の番だと言っていたはずなのに、女史の口車に乗って3人で行く流れに乗ってしまっている。

 いや。この場合、女史の見事な口八丁手八丁と言うべきかもしれない。

 ただ、見事な手腕ではあるのだが、今週末に3人でお出かけ案は受けつけることができない。


「つーか、ごめん。今週はオレが無理なんだ。ちょっと用事があって。だから、異世界に行く予定もない」


 本当は異世界に行きたいし、それよりも2人と温泉旅行などという超ウルトラ魅力的な旅行にもぜひ行きたい。

 しかし、残念ながら先約があるのだ。

 この約束を破るわけにはいかない。


「用事ってなんです? って、まさか新しい女とかではないですよね、アウトさん!」


 頬を膨らませたミヤに睨まれて、オレは慌てて否定する。


「違う違う。女とかじゃないって!」


 手ぶりを交えて否定するオレをミヤがじっと見つめてくる。

 これは、ミヤによる審判だ。

 オレは固唾を呑みながら、その判決を待つ。


「……ふむ。嘘はついていないようですね。ちょっとなにか引っかかりますが」


 無罪だ。当然である。

 週末に会うのは「新しい女」ではないのだから。

 いろいろと気兼ねなく話せるミヤだが、こういう時だけは気をつけなければならない。

 なにしろ、ミヤは嘘を見破るチートな能力がある。

 本人曰く、表情のちょっとした変化や違和感でわかるとのことだが、それはオレから見たら超能力に近い。


「そもそも、オレはそんなにモテないぞ」


「なに言ってんですか、アウトさん。ミヤに教子さん、アズちゃんにキャラちゃんにミューさん、十分にモテモテじゃないですか」


「キャラは、そういうのじゃないって。とりあえずさ、再来週に行くことにして、今からどこに行くか3人で考えないか?」


「いいですね!」


「そうね。なら、私も行きたいところがあるわ」


 うまいこと話をそらして、オレたちは旅行の計画を話し始める。

 だが、オレはその話にあまり集中できていなかった。

 なにしろ脳裏では、今週末の用事がずっと気になって仕方なかったのだ。


(まさか元カノと再びデートすることになるとはな……)


 ぶっちゃけ半ば強引にデートに誘われたわけだが、なにを話していいのかわからない。

 あの時は悪かったとか、もっと気を使うべきだったとか、いろいろと謝りたいこともある。

 だが、再会は最悪なシチュエーションとなってしまい、自分が昔と違って変わったんだと言っても説得力はないだろう。

 それにそもそも自分は、昔と今で違うのだろうか。

 なにかしら成長できているのだろうか。

 ふと、オレは昼間に山崎から言われた言葉を思いだす。


「オレ……変わったのかな……」


 無意識にもらした唐突な言葉に、ミヤと女史が不可思議そうに首をかるく傾けた。

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