九泊目

sentence 1

第111話:仕事をしていたら……

 このオレ――【大前 現人】――に、誰か教えてくれ。

 仕事というのは、いつ終わるんだ?

 もちろん、終業時間がくれば終わるというのはわかる。

 いや、たまに終わらないか。

 しかし、そういうことじゃないんだ、オレが言いたいことは。

 なんでこんなに次々と、オレに仕事が回ってくるのか、それが知りたいんだ。

 しかも、社内で立場の弱いオレは、仕事を断りにくいのだ。

 おかげで、オフィスのデスクに座っているだけで、どんどんタスクが上乗せされていく。

 見た目で忙しそうってわからないか?


(わからんか……)


 昭和のドラマとかだと、仕事が次々と来て、机に書類を山ほど積まれているシーンってあるじゃん?

 あんな感じだとさ、見るからに「ああ、大変なんだな」とわかるよね。

 でも、今はパソコンの中でどんどんと来るわけだよ。

 これって、すごい忙しいですよアピールって難しくないか?

 激しくキーボードを打っていれば忙しく見えるのかな?

 マジ、勘弁して欲しい。もうオレ、ずーっと言っているよね。

 自分で言うのもなんだけど、オレはボンクラだよ。

 ボンクラってわかってる? ボンクラっていうのはね……あれ?

 

(ボンクラってなんだっけ?)


 とうとう頭が疲れすぎたのか、おもむろにどうでもいいことをブラウザで調べ始めてしまう。


(「盆暗」って書くのか……へぇ~)


 すばらしい豆知識を得たオレは、そこで両手を大きく上に伸ばした。

 さすがに、もう集中力が続かない。

 そろそろ異世界パワーも切れるのだろう。

 ちなみにこの異世界パワーというは、たぶん魔力ではないかと最近は考えている。

 前にオレの魔力に関することをアズママに調べてもらったことがあった。

 その時にわかったことだが、オレには魔力を発生させる回路や、周囲にある魔力を取りこむ回路、魔力を操作する回路みたいなのが、すっぽりと抜けてしまっているらしい。

 ちなみに「抜けている」というと「本当はあるはずなのに」という前提の元に話しているが、オレにはそれらの回路があってしかるべきだという。

 なぜなら、オレにはすごい大きな魔力タンクみたいなものがあるそうだ。

 でも、入れ物はあるけど、入れるための回路がないから、常に空っぽの状態。

 これって完全に宝の持ち腐れ……ってだけなら、まだましだったのかもしれない。

 実は魔力タンクがあるのに空っていうのは、かなりよくない状態らしい。

 アズ達でも魔力が尽きると精神的なダメージを喰らったり、精神が不安定になったりすることもあるそうだ。

 たとえば、虚無感を抱いたり、無気力になったり、自暴自棄になったり。

 この話を聞いたとき、「オレがダメだったのは、魔力タンクが空のせいか」なんて一瞬、思わなくもなかった。

 けど、ぶっちゃけ魔力タンクなんてものを感じられないのだから実感もないし、単純に責任転嫁みたいなことはもうしたくなかった。

 やっぱダメなのは、オレ自身の問題だ。そう考えていた。

 ところが、この世界と違って魔力が満ち満ちた異世界にいると、自然とオレの魔力タンクにも魔力が流れこんでくるのだという。

 その量はほんのわずからしいし、自然と放出されてなくなってしまうのだけど。

 ただそれでも、異世界から戻ってきてしばらくの間、精神的に安定するのは魔力のおかげという仮説は成り立つわけだ。

 対して、オレのアウトランナーは、自発的(?)に魔力を取りこむことができ、その魔力で異世界転移シフトチェンジまでできる。

 まさにオレの欠けた部分を補う相棒……というか、体の一部みたいな存在と言えるかもしれない。


(つーか、そろそろ異世界転移シフトチェンジして、オレ自身も魔力補給をしないとなぁ)


 今日は木曜日で、週末まであと一日。

 異世界車中泊まで、もう少しの我慢だ……と思ってから、だったと思いだす。


「お疲れ、大前」


 オレがガックリと肩を落とした瞬間、後ろから山崎が声をかけてきた。

 チラッとだけ目線を向けて、オレも「お疲れ」と返す。

 正直、気まずい。

 奴が告白する前にふられた【十文字 教子】女史から、開けっぴろげな好きアピールされているオレとしては、かなり申し訳ない気持ちがある。

 しかし、「申し訳ない」と思うなんて、我ながら驚くほどの心境の変化だ。

 昔のオレなら、マウントをとって山崎をイジリ倒したはずである。

 ところが、今のオレにそんな気は毛頭ない。

 弁当作りの件もあり、最近はこいつとプライベートで絡むことも多くなってきた。

 だから仕事以外でも見ていて、いろいろとわかってきたことがある。

 こいつは、顔がよくて優秀でいけ好かないところがあるが、努力家で本当にまじめな奴なのだ。

 そしてチームリーダーだからということもあるのだろうが、昔からオレのことを気にしてくれていた。

 山崎には山崎のいいところがあり、十文字女史とカップルになるなら、オレよりも山崎の方が向いているとも思ってしまう。

 そんなこんなで、山崎のことを無碍にはできない。


「頼まれた顧客情報のグラフ化資料ならできてるぞ。今、そっちにメールしようとしていたところだ」


「えっ? いや、それを催促に来たわけではなくて、一緒に昼飯でもと思っただけなんだが……もうできたのか? 期限、明日にしたのに」


「たまたま手が空いた時間にできただけだ」


 嘘である。ちょっと申し訳なさから、山崎の仕事を優先してしまった。


「そ、そうか。それは助かるが……。本当にお前、変わったよな……」


「これ以上、不真面目だとクビになるからな……」


「そうか。……あの時は、悪かったな」


 突然、気まずそうに山崎は謝り、隣の空いていた席についた。

 オレはわけがわからず、表情で「なんのことだ?」と尋ねる。


「いやさ。お前が大ポカして会社から逃げた時の話だ」


「……よけいわからん。なんでお前が謝るんだ?」


 謝るのも礼を言うのもオレの方である。

 あの時、オレが黙ってパソコンを持ち帰ってしまった事案も、山崎は本部長を通していろいろと話を通してくれていた。

 もちろん、コンプライアンス的にはアウトなわけだが、実被害は出なかったので、セキュリティ報告書と始末書という最小限の処分で済ませてもらえたのも、山崎のおかげという面もある。


「オレさ、お前のあの仕事、順調なのか、終わりそうなのかって何度か訊いたじゃんか」


「ああ。訊かれたな。つーか、それで『間にあう』と嘘を言ったオレの方が責められる話だろうが」


「もちろん、それはそうなんだが。オレさ、お前がやっていないんじゃないかって、ちゃんと疑っていたんだよ」


「ちゃんと疑っていたってのもすごいが、それならなんで……」


「あの時さ、リーダー職としていろいろと任され始めていて、仕事をわりと無理して受けもってたんだ。おかげでいっぱいいっぱいでな。つい、なんていうか、自分にも甘く見積もって……本当はちゃんと進捗確認して進めるべきだったのに、その義務を怠っちまった。タスクの管理はプロジェクトリーダーの仕事だっていうのに。せめてクラウドを覗いていれば、最新データがないって気がついたのに……」


「なるほどな。でも、それは上司に謝る話で、オレに謝る話じゃないだろう」


「そうだけどよ。オレがもっとちゃんとお前の言うことを信じていなければ……」


「かる~くディスってきたな、こんちくしょう。つーか、やっぱりオレに謝るのは筋違いだ。それを言ったら、まだリーダーなりたてのお前に、いろいろと押しつけてきた課長の責任もあると思うぞ」


「俺も断らなかったからな……」


「昇進を狙ってる奴は、頑張りが違うな」


「……昇進ってより、狙っていたのは十文字さんなんだけどな」


「え?」


「十文字さんにいいところを見せたくて、十文字さんの絡んでいる仕事を無理に受けてしまったんだよな……」


「お、おおう……」


 なんか話の雲行きが怪しくなってきた気がして、オレはパソコンの画面に顔を戻す。


「まあ、それも無駄なことだったんだけどな。十文字さんが好きになったのは、お前だったし……」


「……さ、さて。そろそろ昼飯に……」


「しかも、お前ときたら、神寺さんにまで言い寄られて……」


「あっ! 昼飯前にキリがいいところまで仕事を終わらせよう! 悪いけど、山崎。先に飯に――」


――ポンッ!


 画面にポップアップされたのは、チャットツールの通知ダイアログ。

 そこに書かれた差出人名は、「十文字 教子」。

 本文の先頭として「今夜の待ち合わせ場所は……」とプレビューされている。


「…………」


「…………」


「つ、つーか、だ、だめだなぁ。十文字さん、会社のチャットでこんな私用を……あ、違うな、これ。仕事の打ち合わせのとこだな、きっと! うん、そうだ!」


――ポンッ!


 またポップアップされるチャットツールの通知ダイアログ。

 今度は「神寺 宮」からで、本文の見出しは「約束通り今夜は呑みに……」である。

 もちろん、山崎にバッチリと見られている。


「い、いや、これはほら……」


「ちょっと、【大前現人、すみやかに死ねOASYS】(十文字教子ファンクラブ・神寺宮ファングラブ共闘戦線)に情報提供してくる」


「それ、マジやめろ! ストップ、情報漏洩!」


「おまえがそれを言うのか……」


 仰るとおりなのだが、命に関わる案件のため、オレは本気で山崎に懇願した。

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