sentence 3
第076話:仕事を休んで東京見学……
「ア、ア、アウト様……こ、これは神の塔ですか!? それとも神への挑戦ですか!?」
「いや。これは何度も言うように、スカイツリーという名前だから。つーか、そんなバベルみたいに言うな」
展望室の窓ガラス付近に張りつくようにして、アズはそのパノラマをあんぐりとした口のまま、キョロキョロとせわしなく見ていた。
こうしてみていると、年相応の女の子だ。
ただ、魔法で髪の色を黒く染めているものの、その美少女っぷりは変わらない。
たまに、周りの観光客から「かわいい」という感嘆の声が聴いて取れる。
それを聞くたびに、不思議とオレは誇らしげな気持ちになっていた。
「つーか、金曜日の朝一から並んでも、2時間も待つとはなぁ……」
普段なら、仕事に行っている時間だ。
しかし、オレは今日、有休を取らせてもらった。
昨日、急遽申請して仕事を休んだのである。
「ホントですよねぇ~。ミヤもびっくりですよぉ~」
オレの隣で、ミヤが腰に手を当てながら「うんうん」とうなずく。
彼女は今日、「体調不良で」と電話をして休んだ。
まあ、ぶっちゃけずる休みである。
「でも、まあ、これだけ喜んでくれると、昇って良かったですねぇ~。……アズちゃん、あっちに高いビルがいっぱい見えますよ」
ミヤは俺から離れて、アズに駆けよっていく。
実は、これはミヤのアイデアだった。
オレもミヤも仕事に行っている間、アズはずっと独りで留守番だった。
夜、少し外に連れ出したり、ミヤが買い物につきあうために早めに帰って出かけたりしたこともあったが、ちゃんとした東京見学はさせてやっていなかった。
だから、一日ぐらいいろいろと連れて行ってやろうと、ミヤに提案されたのだ。
(なんだかんだと言って、なんか周りを見ている子だよなぁ……)
アズと楽しく話しながら、景色を見ているミヤを後ろから見て思った。
最初、オレの中でミヤは、けっこう図々しい子だった。
自分がかわいいと言うことを承知しているし、それを武器にしていることもわかっていた。
八方美人的な部分も多々見受けられた。
ただ、だからと言って誰かを貶したり、陰口をたたいたりするようなことはしない子だった。
同性には「男に媚びを売る」と言われてはいたが、周りの気持ちを察する力のおかげか、その割にあまり嫌われているところもないようだった。
アニメや漫画が好きなオタクで、コスプレ好きだけど、それを周りに押しつけたりせず、むしろ隠して社交性も出している。
個性的だけど、けっこういい女の子。
(なんというか、純粋に我が道を行く子だよな……)
たぶん、ここ1週間ぐらいでミヤの株が、オレの中で急上昇していた。
理解不能なところは多々あるのだが、なんか憎めず、そしてどこか落ちつく雰囲気がある。
すごく自然に話すことができる、気の合う相手だったのだ。
(アズも楽しそうだな……)
最初はミヤに抵抗感を見せていたアズも、すぐに打ち解けていった。
たまに俺がいない時、二人で異世界の話をしたり、オレの話をしたりしているらしい。
その様子もほほえましく、どこか姉妹のように見えた。
アズには、別に暮らす二人のお姉さんがいるらしいが、ミヤにその姉を重ねているのかもしれない。
おかげで、三人の暮らしは本当に毎日、楽しかった。
「アウトさん! アウトさんもこっちで見ましょうよ!」
「おお!」
オレたちは、東京見学を満喫した。
スカイツリーの後は、浅草を少しぶらつき、浅草寺やらの建造物を見せてやった。
アズ曰く、あちらの世界にも近いイメージの建物があるらしいが、現物は見たことがないと嬉しそうに目を輝かせていた。
その足で今度は銀座の方まで行って、映画を見たりデパートでショッピングをしたりと楽しんだ。
アズにとっては、どれもとんでもなく珍しいもののはずだった。
異世界もののお約束として、テレビを見て「箱(今なら板?)の中に人がいる!」というネタがあるが、アズはそう言う反応は一切しなかった。
まるであるものをそのまま受け入れるように、見たものを少しでも自分の記憶に刻むように、ただひたすらに彼女は観察していた。
まったくわからないとつまらないだろうからと、少し説明もしてやったが、「根本的にわからないので、そういうものだと考えることにします」と、とても子供とは思えないような割り切った事を言っていた。
この子は、本当に末恐ろしい。
将来、オレなんかが近寄ることさえできないほど、立派で美しく聡明な女性になることだろう。
だからこそ、アズと一緒にいられる今は、非常に貴重な時間なのかもしれない。
俺も、この貴重な時間を大事にしたい。
ちなみに、ミヤがデジカメでとにかく撮りまくってくれているので、大事な時間の記録として後ですべてデータをもらうことにする。
コスプレ写真もたくさんあるので、そちらももちろんまとめてもらうつもりだ。
なにしろ、明日の夜にはアズを帰さなければならないのだから。
(問題は、帰ることができるかどうかなんだけどな……時間的に)
オレはずっと口には出さなかったが、そのことが気になっていた。
アズに関して言えば、最初に会ってから数週間しかこちらの時間では立っていないのに、アズにとっては数ヶ月が過ぎていた。
もしかしたら、また数ヶ月の時差がでてしまうのかもしれない。
いや。数ヶ月ならまだいい。
数年、数十年だってありうる。
そうなれば、彼女は可哀想なことになる。
その場合、また連れ戻して、時間軸が近くなるまでくりかえさなければならない。
それに加えて、跳ぶ先の場所も指定できない。
もしかしたら、アズの自宅からとんでもなく遠い場所に跳んでしまうこともありうるのだ。
さらに最悪なパターンは、オレは跳ぶ時に夢で呼ばれるということだ。
もし、呼んだのが別の時代のアズだったら、いったいどうなってしまうのだろうか。
(まあ、やってみるしかないよな……)
考えても分からないものは分からない。
試してみるしかないだろう。
土曜日は、朝からある道の駅に行く。
そこで車中泊する予定だ。
そして、その予定を立てたのは、ミヤだった。
ミヤも、同行するというのだ。
初めて3人での
(……3人もアウトランナーの中で寝られるのか? ちょっと密着しすぎじゃないか……)
この時、オレはそんなくだらないことを考えていた。
本当は、すっかり忘れていた「あれ」の事を思いだすべきだったのだ。
そうすれば、ミヤを危険な目に遭わせることもなかったのかもしれない。
いや……。
思いだしていたとしても、きっとどうしようもなかったことなのだろう。
それはもう、すでに決まっていたことだったのだから……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます