第013話:力を与えてくれるから……
――つまらない。
その感情は、いつ生まれたのだろう。
たぶん、兄貴が入った高校に、オレが入れなかった……そのころから強くなった気がする。
オレを見る親の視線が変わった気がした。
兄貴の接し方が変わった気がした。
どこか、オレはもう「終わった」という雰囲気を感じていた。
そこからだろう。
オレは、漠然と高校生活を送り始めた。
部活もやらなかった。
これといった趣味もなかった。
勉強も適当にしかやらなかった。
大学には行ったが、友達に誘われるまま、よく遊びにいった。
合コンにも、よく参加した。
彼女もできたことがあったが、すぐに別れた。
考えてみれば、それほど親しい男友達もいなかった。
漠然と生きて、漠然と他人と接していたオレなど、誰も面白いと思わなかったのだろう。
事実、彼女にふられた時に言われた言葉は、「期待外れだった」という一言。
そうだ。
期待されていなかったのではない。
期待をされるのが怖かった。
期待を裏切るのが怖かった。
だから、期待されないようにしてきたのだ。
大学を出て就職をした。
半分、オヤジのコネみたいなものだった。
その職場でも、オレは漠然と仕事をしていた。
頼まれたことしかやらなかった。
その内、頼まれたことをやることさえ、ばからしく感じていた。
適当に、適当に……二年間ほど過ごしてきた。
もちろん、そんなオレが昇進するはずもなく、同期がプロジェクトを任されたり、リーダー職に就いている中で、オレだけが置き去りにされていた。
そんなある日。
オレは、仕事であのトラブルを起こしてしまった。
仕事をやらなかった。
それだけのことだと思っていた。
でも、そうじゃない。
オレはキャラが車を出ていく前から、ハンドルに額をつけて腕で顔を覆ったまま、顔をあげずに考えていた。
キャラの言葉に、本当に腹が立った。
そして悔しく、恥ずかしかった。
だが、どうしてなのかわからなかった。
いや。わかりたくなくて、イライラとしていたのだ。
期待というプレッシャーに潰されたのは自分。
一度潰されてから、逃げていたのも自分。
立ち向かわず、何もやらなかったのも自分。
だけど、誰かに言ってほしい。
「お前は悪くない」と認めてほしい。
「お前の言うとおりだ」と同意してほしい。
「期待した奴が悪いんだ」とかばってほしい。
でも、それを言ってくれる奴が、自分の世界にはいかった。
それなら、別の世界なら……逃げてきた異世界なら、そう言ってくれる奴がいるのではないか。
だからこそ、オレはこの世界に来たのではないのか。
そう
そして、オレはきっと、キャラがそう言ってくれると、勝手に
(うわああああぁぁぁぁ……。もしかしてオレ……最悪じゃねぇ?)
突然、冷静に自己分析してしまい、恥ずかしさに死にそうになった。
自分の思った通りのことを言ってくれないからと言って、怪我をした10才も年下の女の子を怒鳴りつけた上に、追い出したのだ。
しかも、もうすぐ夕方になり、これから危険になっていくというのに。
(…………)
オレはガバッと顔をあげた。
もうすでに、キャラは100メートル以上先の方を歩いている。
よくもあの腫れた足で、あのペースで進めるものだと感心してしまう。
と思っていた矢先、キャラが倒れた。
捻挫した方の足を抑えながら、なんとか苦労して立ちあがる。
そしてまた、まっすぐに歩み始める。
(……本当に最悪だ、オレ)
オレと違い、逃げずに戦っているキャラ。
ああ。そうか。
その背中を見て突然、わかった。
進むって、こういうことなのか。
顔を前に向けた。
そして、アクセルを踏みこむ。
車は静かに前に進み始め、そしてあっという間にキャラの横に追いついた。
そして、ゆっくりゆっくり並走する。
もちろん、いくら静かだとはいえ、キャラはこちらに気がついているはずである。
しかし、横を見ようともしない。
完全無視だ。
(…………)
オレは意を決して、窓をおろすと声をかける。
「よお。やっぱ、乗せてってやるよ」
「……いい」
キャラはこちらを見ずに冷たく答える。
「つーか、間に合わないんだろう? しかたないから――」
「断る」
とりつく島もない。
当たり前と言えば、当たり前の態度だろう。
オレは仕方なく、アクセルを少しだけ踏みこんだ。
そして、アウトランナーをキャラの少し前で停めて、車から降りた。
「乗らないんだな?」
「乗らない」
最後の問いも冷たい回答。
顔をあげることもない。
「よーし。わかった。つーか、そっちがそういう態度ならば、これだけは言っておく!」
オレは両足をきっちり揃えて背筋を伸ばし、そして思いっきり頭を垂れた。
「ごめんなさい!」
一〇〇メートル先まで聞こえたのではないかというほど、腹の底から声をだした。
さすがのキャラも足をとめる。
声が大きければいいというわけではないけど、なんか気合を入れて謝ったらこうなった。
自分的に、ここまで気持ちを込めた謝罪は、今までなかったと思う。
だが、それだけに恥ずかしさがすさまじく、頭を下げたままあげられない。
「その、なんというか、ほぼ八つ当たりだった! 大人としてはずかしい! 子供にあたるなんて最悪! それに、その、なんだ。キャラの言うことは、すごくもっともで、でも、子供に言われたと思ったら、ついかっとなって。オレがダメなのはオレのせいだし。よく考えたら励ましてもらっていたわけで。でも、子供に励まされたと思ったら、なんかほら……とにかく、すまん!」
まさに支離滅裂だった。
とにかく何か言わなければと口を動かしたけど、なんか恥ずかしさで、言い訳がましくなった。
むしろ、黙っていた方が男らしかったのではないだろうか。
でも、ついキャラの反応が怖くて、口がとまらなくなってしまった。
「…………」
しばらくの沈黙が辛い。
判決がでるまで、オレはずっと頭をさげたまま待つ。
「……ふうぅ~」
キャラが大きなため息をついた。
そして、オレの横を抜けて前に歩きだす。
判決は、有罪だった……。
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