第014話:未来(まえ)を見ることができた。
――ガチャ
「……ん?」
オレは聞き覚えのある音に頭をあげる。
目の前に、キャラがいない。
……いや、いた。
彼女は、アウトランナーの助手席に座っていた。
そして無言のまま、扉を閉める。
「…………」
そのキャラの行動をどうとるか、オレは悩んでしまう。
まだ、怒っていることはまちがいない。
なにしろ、彼女はフロントガラスを見つめたまま、こちらを全く見ようとしていないのだ。
オレは怖々と、運転席側の扉を開ける。
「あ、あのぉ……」
「許せないことが、ひとつある」
キャラが冷たい声でそう告げて、こちらをキッとにらむ。
オレは思わず、体をピクッと震わせて背筋を伸ばす。
「な、なんでしょうか……」
「キャラは、子供じゃない」
「……え?」
「キャラはもう成人した。子供じゃなくて大人」
「……あ、ああ。ご、ごめん」
ふと、思い起こして気がつく。
先ほど言い訳がましく口を動かした時、確かに「子供」を連発していた気がする。
「じゃあ、早く出発して。時間がない」
「え? ……ああ、はい」
オレは運転席に乗りこみ、アウトランナーを走らせた。
だが、彼女は視線を合わせてくれない上、ずっと無言だ。
途中、電気を起こすためにエンジンをかけていいか確認した時だけ、「まだ明るいし、この辺なら多少の音なら大丈夫」と許可の言葉だけ聞くことができた。
それ以外は、ずっと無言。
こんな時、逆に静音性の高い車内が恨めしく感じる。
(まあ、そんな簡単に許してくれるわけもないか……でもなぁ……)
それでも狭い空間で、ずっと無言はなんか気まずい。
何か当たり障りがない話題はないかと、オレは頭を悩ました。
そして、なにもいい案がないとあきらめかけた時、なんとキャラから声をかけてきた。
「ひとつ、謝っておく」
相変わらず正面を見たままだが、その声に棘はない。
オレは黙って一瞥だけして様子をうかがう。
「さっき、偉そうに言ったこと、実はとぅちゃんの受け売り」
「受け売り?」
「そう。とぅちゃん曰く『幾多の期待に応じれば、それはいつか希望につながるピョン』と」
「…………ビョ……ピョン?」
「ピョン」
「ピョン……か……」
「ピョン」
キャラのとぅちゃん、ものすごくいいことを言ったのだ。
なのに、最後の一言で台なし感が半端ない。
この「ピョン」の破壊力は凄まじい。
「……つ、つーかさ、キャラのとぅちゃんとやらは、やっぱりウサギ耳なの?」
「あたり。ウサギ耳に尻尾。すごく強い」
「強い?」
「うん。筋肉がすごくて力持ちだし、髭を生やして男らしい」
「お、おお……」
なぜかオレは、頭の中でバニーガール姿で想像してしまい、後悔の念が半端ない。
絶対にそのとぅちゃんには会いたくないところだ。
「受け売りなのに、自分がわかったようなことを言ってゴメン」
「あはは。そういうことか。謝る必要ねーよ。キャラはきっと、ちゃんとわかって言ってると思うしな」
「……うむ。労働者としては、アウトより長いから先輩だしな」
「いきなり謙虚さがなくなったな」
二人で顔を見合わせて、少し笑った。
「ちなみに、とぅちゃんはこうも言っていた」
そのいい雰囲気の中、キャラは前を向きながら、とぅちゃんのマネなのか野太い声をだす。
「心から謝れるヤツは、成長するピョン!」
「ピョン……ね」
「ピョン」
本当に「ピョン」がなければ名言なのに。
「成長か……」
「そう。しかも、年下のキャラに謝れるというのはすごいこと。だから、アウトは成長する。きっとドンドンよくなる。仕事もできるようになる」
「つーか、なるかねぇ? 周りに信用されるようになる前に、自分を信用できないよ。あはは……」
「自分を信じるのは難しくても、自分に期待するのはそんな難しくない」
「成長を期待か。成長できるかねぇ……」
「できる。少なくともキャラだけは、そのアウトの
そう言いながら、キャラがこちらを向いて優しく微笑んだ。
オレは、それを一目したあとすぐ前を向く。
「おお……。あ、ありがとう……」
オレはそれからしばらく、前だけを見て運転した。
瞼の裏にその愛らしい微笑が焼きついて、彼女の顔を直視することができなくなっていた。
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