第117話:たっぷり楽しんだ。

 リノベーションという言葉は、たまにニュースなどで聞いたことがあったけど、ぶっちゃけ昔はよくわからなかった。

 もともとは「改革」みたいなことらしいのだが、よくニュースなどに出てくる時は、古い建物を作り直して、新しい機能を追加したり、別の用途向けに変更したりすることらしい。

 そしてオレたちが到着した場所が、まさにそのリノベーションで生まれ変わった施設だった。

 高速道路で来れば、【きょなん保田インターチェンジ】を降りてすぐ近くにある。


「小学校? これが道の駅なの?」


「ああ。【道の駅 保田小学校】と【道の駅 保田小付属ようちえん】だ」


「ようちえんもあるの!?」


「おもしろいだろう?」


 校門にあたる部分から車で中に入ると、正面には元校舎らしき建物と、右手の奥には元体育館らしき建物が見える。

 それぞれの背後には、まるで校舎と一体化した風景のように、薄い緑をまとう山が立ち並んでいる。

 まさに山の麓にある小学校だ。

 校内にも多くの緑が配置され、自然を感じられる造りとなっている。


(昔の動画とはかなりイメージが変わっているな……)


 ここはまず小学校が道の駅となり、その後にようちえんが道の駅となった。

 まだ、幼稚園ができていない頃の動画をネットで見た時には、駐車場として使われていた校庭は、土と砂で舗装はされていなかった。

 ところが、今ではアスファルトがしっかりと敷かれて止めやすい整備された駐車場となっている。

 また左手にも新たに駐車場が広がり、そのほとんどが埋まっている。

 かなり追加投資がされている。

 リノベーションが成功して、人気を博している証拠だろう。

 ただの土日でこれだけ混んでいるのなら、連休中などはかなりの混み具合だろうと思う。

 駐車スペースがあるか心配になったが、オレたちは運良くスペースを見つけて、早々に駐車することができた。


「おもろ! 本当に校舎そのまんまって感じ」


 車を降りた希未が、少し幼さを見せるような興奮した表情になる。

 確かに車がたくさん駐車されているにもかかわらず、建物から学校感は失われていない。

 さらに屋外スピーカーから流れる音声もなかなかユーモアがある。


〈道の駅 保田小学校です。~~~道路の横断は横断歩道を渡りましょう。~~~ルールを守って楽しく登校しましょう。校長先生からのお願いです〉


「校長先生だって!」


「じゃあ、今日のオレたちは小学生だな」


「でも、面白いなぁ」


「なにがだよ」


「だってさ、ここって元廃校でしょ?」


「そうだな」


「それってつまりさ、生徒……人がいなくなった場所ってことじゃない?」


「ああ」


「それがさ、入れ物は変わらないのに、人がこんなに集まる場所になっているじゃん」


「……なるほど」


「変わるって……こういうことなんだなって思った。あんたもだけど」


「ん? オレ?」


「そ。現人という入れ物は変わらないのに、リノベーションされてずいぶんと変わったと思うよ」


「リノベーションって……オレは元廃校かよ。……まあ、うーん。自分でも変わった気がするけどさ、具体的に何が変わったのか実はよくわかってねーんだよな」


「だから、【道の駅 保田小学校】と同じじゃない? 人が集まるようになってきた。あんたもモテているみたいじゃない」


「あ、あれは……その……」


 揶揄するような表情に、オレは思わず目をそらす。

 そういえばすっかり忘れていたが、こいつにはミヤ、それに十文字女史にキスされたところを見られていたのだった。

 これはなんとか話をそらしたいところ。


「で、でも、確かに他の人と関わることは増えてきたかもしれないなぁ」


 モテは別にしても、少し前までと比べて、多くの人間と深く関わるようになってきたことはまちがいない。

 会社でも多くの者から声をかけられ、特にミヤちゃん、十文字女史、それに山崎ともかなり親しくなっている。

 そして異世界では、キャラやアズ、その家族とも交流ができた。

 もちろん、そのどの交流からも学びや気づきというものを得てきたと思う。

 むしろ、それが自分を変えたのかもしれない。


「ねぇ、現人。駐車場がこんなに埋まるぐらい、ここに人が集まったのはなんでだと思う?」


「そりゃあ、ここが魅力的な場所になったからだろう?」


「そうそう。つまりそういうこと」


「……どういうことだ?」


 なんだかよくわからん。

 ただわかるのは、希未の表情が少し曇っていることだろうか。

 どこか悲しそうな、寂しそうな、辛そうな。

 オレは思わず、その顔を覗きこむ。


「どうかしたか?」


「ん……。なんかずるいなって……」


「ずるい? なにが?」


「あははは。なーんでもない! と、ところでさ、左の方になんか広い駐車スペースが空いていたみたいだけど、あれってなんで?」


 希未が指さす方向には、確かに車4台分ぐらいの広いスペースが存在する。

 周囲の駐車場所は車で埋まっているのに、その駐車場の一角の空間だけはポッカリと空いていた。



「ああ。あれはRVパークって言って、車中泊できるレンタルスペースなんだ」


「車中泊用?」


「そうそう。ここだと1区画で車2台分ぐらいのスペースが占有できて、その中ならテーブルや椅子を広げて食事をしたりすることもできるんだ。簡単なキャンプスペースだな。ここはできないけど、場所によっては焚き火をすることもできるRVパークもあるんだって」


 実はこの手のサービスのことを最近は詳しく調べている。

 もともと車中泊に便利なので興味があったのだが、十文字女史に手伝わされている仕事に大きく関わるために、さらにいろいろと勉強している最中だった。


「ここはコンクリだからテントとか立てられないので、利用客の多くはキャンピングカー利用だろうな。この道の駅は風呂もあるから、車中泊には便利だし」


「えっ!? お風呂もあるの!?」


「ああ。なんか校舎の中にあるらしいぞ」


「車中泊のために作ったの?」


「いや。ここ宿泊施設があるんだ」


「宿泊!? 道の駅ってホテルみたいなこともやっているの!?」


「そういうところもあるってこと。ここはなんと教室に泊まれるらしい。写真を見たら、なんか黒板とか学校の椅子と机とか残っていて、雰囲気がある感じだったな」


「マジで! ちょっと泊まってみたい! 泊まろうよ!」


「今日はダメだって言っただろうが。後日、自分で予定立てて泊まりに来てくれ」


「ちぇっ。ケチだな」


「ケチじゃねーよ! まあ、あとで見られるようなら見せてもらおうぜ」


 とりあえずオレたちは、校舎の方に向かって歩いた。

 校舎の前には軒下の通路があり、そこに面するように店が並んでいる。

 カフェに【3年B組】という名前の中国料理屋、ピザ屋に、小学校で使っていた机や椅子が並ぶ食堂などがいくつか並んでいた。

 またその食材にも、地元の海産物を使った物などがよく見受けられた。


「【保田小給食】……ちょっと見て! お皿とか昔の給食に出てきたアルミの皿とかトレーだ」


「メニューに、あげぱんとかあるぞ! 給食に出たわ!」


 普通のショッピングモールにあるフードコートに近い雰囲気だが、メニューのおもしろさは段違いだ。

 見ているだけでもおもしろい。

 他にもリラクゼーションルーム、幼児向けの遊具を置いた部屋、イベント用の調理実習室、音楽室などもあるようだった。


 今度はそこから、併設されているようちえん側に移動する。

 小学校側から簡易な屋根がある舗装された渡り通路を進むと、円形の道につながる。

 円形の道の上にも簡単な屋根があり、その中央には、夏にはきっと芝生がきれいであろう広場が作られていた。。

 またブランコやシーソーなどの遊具がいくつか置かれていて、子供達が楽しそうに遊んでいる。


 楽しそうに遊ぶ声を横目に、円形の道を奥の方へすすむと、そこにようちえんの建物があった。


 そこにもやはり、小学校側よりも規模は小さいがいくつか店が並んでいる。


「あ。こっちの店のカレー、面白いけど……【のこぎりやまスペシャルカレー】?」


 とんかつ屋らしい店の看板がでており、そこにはちょっと面白い盛り付けをしてあるカレーの写真があった。

 山をイメージしているのか細長く米が積んであり、その横にカレーのソースが広がっている。

 その米の背後には大きな揚げ物が寄り添っている感じだ。さらに寄りかかるように、別の揚げ物が添えてある。


「鋸山をイメージ……鋸山って?」


「この校舎の裏の方向にある、この辺りの観光名所の山らしい。ここ【きょなんまち】って名前だけど、のこぎりやまの南にある町だからみたいだぞ」


「へぇ~」


 それからオレたちは【鋸南ブラック】という真っ黒な肉まんをおやつがわりに買ってみた。

 その味は【地獄のぞきの麻辣味】。

 いかにも辛そうなために、怖い物見たさで2人で半分ずつ挑戦することにした。


「うまいけど……飲み物ないと死ぬ!」


 まったくもってオレも同意だ。

 それは期待通り、なかなか過激な味だった。

 後から来る辛味に、ヒーヒーと言いながら2人とも口にする。

 だが、後を引くうま味で、ついついパクついてしまった。


 その後、オレたちは【きょなん楽市】という体育館を改造した市場に行った。

 そこには「校長厳選(?)」の保田小学校オリジナルのバッグや手ぬぐいなどのグッズや、菓子、保田小学校ブランドの日本酒まで売っていた。

 小学校の名前を冠したアルコールというのはどうだろうと思うが、とりあえず買うことにした。

 他に目だったのは、やはり落花生だろう。

 千葉房総といえば、落花生は名物のひとつだ。

 他にも他の道の駅と同じように、新鮮な野菜や名物などが売っている。


(そういえば、で煮物とか作ってみたかったんだよな。ついでに大根とか卵とか買っていくか)



 他にもオレはちょっとした飲み物とかを購入したが、希未は特になにもお土産などを買った様子はなかった。

 いろいろと興味はもっていたが、どれもしばらく悩んでから買うのをあきらめているようだった。



(つーか、よな……)


 体育館を出て、ふと目の前に石像が立っていることにきがついた。

 少し色白の二宮金次郎像である。

 学校にある像としては定番だが、その横には【Cafe金次郎】という店があった。

 もしかしたらこの石像は、このカフェのマスコットキャラクターみたいなものなのかもしれない。


(ゆるキャラならぬ、かたキャラかもしれぬ……)


「あ。この上に風呂があるみたい」


 金次郎像の横には階段があり、2階のテラスのようなところに続いていた。

 そこにどうやら、風呂があるらしい。


「ねぇ、やっぱり教室に泊まって風呂に……」


「ダメだって言ってんだろうが。つーか、オレはそもそも、宿じゃなく車中泊をするために下見へ来ているんだぞ」


「じゃあ、さっきのRVパークとかで車中泊でもいいけど。空いていたみたいだし」


「ダメ。余計ダメ」


「なんでよ!」


 なんでって決まっている。

 今、車中泊なんてしたら、まずまちがいなく異世界転移シフトダウンすることになるだろう。

 もともと今週末は異世界に行こうとは思っていたのである程度、用意はしてあるが、希未を連れて行くわけには行かない。

 十文字女史の時のようなミスはしないようにしないといけない。

 異世界は決して安全ではないどころか、まちがいなく危険なのだ。

 オレが無敵のチート能力でも持っていればいいが、そんなものは欠片もない。

 もし、異世界で危険な目に遭っても、希未を守るどころか自分1人さえ逃げ切れないかもしれないのだ。


「とりあえずさ、少し早いけど夕飯を食べにいこうぜ」


「夕飯って、ここで食べるんじゃないの?」


「いや。房総に来たら、やっぱり浜焼きだろう!」


「貝か。いいね!」


 オレと希未は、そこから浜焼き屋の店に移動して、ちょっと贅沢に新鮮な貝を焼いて食べて過ごした。

 ホタテ、ハマグリ、ホンビノス貝、サザエ……日本酒が飲めたら最高だろうが、ここは我慢。

 もちろん、酒がなくても十分に楽しめる。

 道中で海の景色はそれなりに見ていたが、今ひとつ海辺の町に着いた感じはしていなかった。

 しかし、磯の香りを体内に取り入れることで、ここが海の近くであると強く感じることができた。


 その後、オレたちは帰路についた。

 だが、その途中でオレはひとつ大きなミスをしてしまう。


 気をつけていたつもりだった。

 でも、朝早く出発し、車を運転し続け、いろいろなところをせわしく巡り、そして浜焼き屋で満腹になってしまったせいかもしれない。


 オレは……オレたちは、異世界転移シフトダウンしてしまったのである。

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