第105話:ハーレムメンバーが増える?

「大丈夫っすか? これ、コーヒーっす……」


 運転席に戻ると、少しリクライニングさせた助手席で頭を抑える女史に、オレは買ってきた缶コーヒーを手渡した。

 ミルク多めのカフェオレだ。

 経験上、元の世界に戻った時に起きる頭痛では、濃いコーヒーを飲むと少し気持ち悪くなる。

 でも、不思議とカフェイン的な物も欲しくはなるのだ。


「ありがと……もらうわ……」


「人によって違うみたいなんっすけど、数分で意識がはっきりすると思います」


「大前君は……平気なの?」


 辛そうに口を開く女史に対して、オレは明るく答える。


「ええ。つーか、慣れっすかね。もう頭痛や意識がぼやけるのは、ほんの少ししかありませんでした」


「そう……」


 ここは元の世界。

 宇都宮の【道の駅・ろまんちっく村】。

 外はまだくらい。

 時計を見たら、夜中の2時過ぎだった。

 落ちついたら、もう一眠りした方がいいだろう。


「……本当に時間がたっていないのね」


 少し楽になったのか、口調が元に戻り始めている。

 缶コーヒーの蓋を開けると、一口だけ口をつけた。


「そうっすね。ま、オレたちにはしっかり時間がたっているんだけど……」


「不思議な……でも夢じゃないのね?」


「もちろん。つーか、そのためにそれを持ち帰ったんじゃないですか」


 オレはそういいながら、彼女のジャケットのポケットを指さす。


「…………」


 彼女もそのポケットに入っている物を思いだしたのか、片手をポケットに突っこんで中身を取りだした。

 指先につままれるように出てきたのは、青白く輝く小さな石。

 いや、ただの石じゃない。

 魔力を貯められる魔石で魔種子マシというらしい。

 なんでもダンジョンの中で採れる特産物(?)みたいなものらしく、非常に価値があるとのことだが、彼女がもっているのはその中でもかなり小さめのサイズだった。

 なにしろ、彼女の小指の爪ほどのサイズしかない。

 所持金ではそれしか買えなかったのだ。


「これ……本当に買ってもらっちゃってよかったの?」


「つーか、むしろ小さくって申し訳ないっす」


 女性にプレゼントするなら、もう少し見栄を張って大きい物をあげたいところだ。

 だが、ない袖は振れないし、そもそももともとアズからもらった金でもある。

 どっちにしても威張れたもんじゃない。


「なに言ってんのよ、これがいいわ。本当にありがとうね、大前君」


 まだ辛いながらも嬉しそうに微笑んでくれる女史。

 女神か、こんちくしょうと思いながら、オレはテレを隠す様に顔をそらす。


 異世界には、3日ほど滞在した。

 つまり2晩、女史と2人きりで過ごしたわけである。

 その間、女史と過ちがなかったかといわれれば、それは内緒ということにしておこう。


(……いや、まあ、本当に何もなかったんだけどな)


 なにしろ、女史は多くの時間を異世界観光と、今度のプロジェクトの提案書の作成に時間を割いていたのだ。

 もちろん、資料がすべて揃っているわけでもないし、他の部署に頼んで見積やプランが可能かどうかなどの下調べもしなくてはならない。

 そのため全部が作れるわけではないのだが、彼女はとにかくアイデアをまとめて、やれることをやりつくした。


 ちなみにどうやら彼女も、異世界では頭が異様に冴えたらしい。

 ミヤに関しては何も言っていなかったが、もしかしたらこっちの世界の人間が向こうに行くと何かしら能力がアップするのかもしれない。


(つーか、異世界に行ったらスキルがもらえるのはラノベの定番だよな。まあ、チート的な能力じゃないけど……)


 もう少し女史としては、異世界にいたかったようだが、仕事がこれ以上は進まなくなったことと、川で洗濯していたものの着替えなどがあまりなかったということもあり戻ってきたのだ。

 それにあまり長く異世界に滞在するのはよくないのだ。


「ねぇ……大前君」


 まだ少し気だるそうな女史の声。

 オレは運転席で自分のために買ってきた缶コーヒーを飲みながら、返事をする代わりに横を向く。


「どのぐらい繰りかえせば……大前君のように頭痛とかに慣れるのかしらね」


「つーか女史、慣れちゃダメっすよ! 説明したじゃないですか」


 ガラにもなく、少しきつめの口調になってしまう。


「あっちの世界に長くいると、こっちの世界と自分の時間がずれるんですよ。周りが若いのに自分だけ年を取りたくないっすよね。変に見られますよ」


「変に……ね……」


「そうっすよ。普通の暮らしができなくなったら困りますよ!」


 そうだ。

 女史は秘書ながら、その力を会社の上層部にも認められているエリートで、ナイススタイルのとびっきりの美人。

 しかも性格もこんなにいい。


 今のオレならよくわかる。

 昔のオレが彼女に憧れをもっていたことさえ烏滸がましい。

 今でこそ仲良くなれたが、住む世界が違う存在なのだ。


「普通の暮らし……普通……それ、もうわたしの中で壊れてしまったわ」


 だが、彼女はそんな心配をするオレに、妙に爽やかな微笑を見せる。


「普通では考えられない異世界なんて見せられたら、今までの世界の普通なんてそんなに価値を感じなくなっちゃった。褒められるために成功を求めていたけど……肩の力が抜けちゃった気分」


「…………」


 考え方が変わる……それ自体は、すごくわかる。

 自分も異世界に行ってからずいぶんと考え方が変わっていった。

 その変化の仕方は、女史とは違うかもしれない。

 しかし、確実に異世界転移は心に大きなインパクトを与えてくれた。


「でも女史……普通に暮らせないのは……」


「なら、大前君はいいの?」


「オレは変でも今さらっすよ。つーか所詮、オレは会社の底辺にいるような奴っすよ。女史とは住む世界が違いますし……」


「住む世界が違う……そうかもね。でもね、大前君。聞いて欲しいの」


 女史が真摯な強い視線をまっすぐにオレに向けた。

 オレはその視線に縫い取られたように身じろぎもせずに続く言葉を待つ。


「わたしはね、あなたの住む世界に行きたい・・・・・・・・・・・・・の」


「じょ、女史……何を言って……」


「別にこっちの世界を捨てたいわけじゃないけど、普通とかにこだわるつもりももうない。周りと違っても過ごす時間が同じなら……もっと自由に旅を楽しんでみたいの。もちろん、これはわたしのわがままだけど」


「そ、そんなに異世界が気にいったんすか!?」


「……それもあるけど、それだけではないわ。わかっているでしょ?」


 彼女の明眸に艶やかな色が宿った。

 ああ、これはヤバい。

 つーか、心臓がバクバクと鳴りだしたぞ。


「そ、そんな言い方されたら、オレはバカなので変な期待を……」


「本当にバカなのね」


「うぐっ……」


「ちゃんと期待しなさい」


「……え?」


「そうね……。抜け駆けもアレだから、まずは神寺さんと話して、そのハーレムとかにいれてもらおうかしらね」


「……え……えええぇぇぇっ!? 何言ってんっすか、女史!? おかしいっすよ!」


「おかしくって結構よ。普通なんてもういいの。さあ、もう少し寝てから帰りましょう」


「え? え? ちょっと女史?」


「あ、女史はもうやめてね。名前は教子だから。よろしく」


「きょ……いや、あの……」


「じゃあ、またあとで。おやすみなさい」


「ちょっ……」


 そのまま瞼を閉じてしまう女史。

 唖然とするオレ。


 もちろん、なかなか寝つけるわけがなかったのである。

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