五泊目

sentence 1

第061話:異世界の話をしてから……

 正直、十文字女史とのランチは、かなり楽しかった。

 同僚と鉢合わせしたことがないという、女史がよく行くというイタリアンの店の前で直接、待ち合わせをしてランチを楽しんだ。

 思わず「なんじゃこりゃ!」と言いたくなるような、かなり美味いパスタを食べながら、車のこと、キャンプのこと、車中泊のことなどを話した。

 特に女史は、道の駅でのP泊のことに興味を持っていた。

 自然の中で楽しむのも好きだけど、そういう地域の特産物や雰囲気を楽しむというのも興味があるらしい。

 ただ、どうしても宿泊には金が多くかかってしまう。キャンプに行くにしても、テント等の準備や、帰ってからの手入れも大変である。

 連休を取りにくい女史にしてみれば、キャンプに行けない休みに、手軽にできる車中泊は魅力的だったのだろう。

 まあ、働きづめなのだから、休日ぐらいはゆっくりしたらいいとも思う。

 だけど、彼女はとにかくアクティブなようだ。

 休日に街中のカフェを楽しむぐらいなら、山の上でインスタントコーヒーの方を選ぶ。

 休みの日ぐらいは、むしろ自由に動き回ることでストレス発散にもなっているらしい。

 肉体的には疲れると思うのだが、ぶっちゃけオレよりかなりパワフルだ。


 最後に今度、またキャンプに行こうという話になった。

 車中泊も経験させて欲しいと言われて気楽にOKをだしてしまったが、よく考えたらアウトランナーの中で二人で寝るのだろうか……。

 ちょっと、それはやばいよね。

 彼女は、どういうつもりで言ったのだろう。


 とにもかくにも、十文字女史とのランチは楽しく終わった。

 問題は、むしろ神寺さんの方だった。


 仕事が終わった後、今度は神寺さんと待ち合わせをした。

 彼女との待ち合わせは、ちょっとオシャレなバーだった。

 やっぱり、周りに見つかるとうるさいので現地待ち合わせ。

 こちらもバレずに合流できた。

 もちろん、話題は初っ端から「異世界」の話。

 オレは開口一番、「異世界の話は冗談だから」と説明した。

 これで怒られるかも知れないが、話は終わりだろうと思ったのだ。

 ところが、どっこい!

 ここから、予想外の展開になった。

 薄暗い海が表現されたバーの店内にある、二人用のボックス席。

 オレと神寺さんは向き合って座っていた。


「嘘ですよね、それ……」


 彼女は、俺の目を真っ直ぐと見ながらそう言った。

 オレは、その視線にたじろいでしまう。

 彼女のクリッとした双眸には、強い確信さえ感じられたのだ。


「ミヤね、嘘を言われると、なんとなくわかるんです」


「何それ、すごい。つーか、超能力!?」


「そういうのとは違うと思うんですけど、なんとなく人の表情で読み取れちゃうんですよね」


 彼女にしては珍しい、ちょっと寂しい顔で苦笑する。

 その笑い方は、妙に彼女に似合わない気がした。

 だから、オレはそのことをこれ以上、突っこむのをやめる。


「……また、気づかってもらっちゃった」


「ん? なにが?」


 オレの問いに、彼女がクスリと笑いをこぼす。

 酒を飲んでいるせいなのだろうか、いつものテンションの高さや、我の強さみたいなところがあまり感じられない。

 一言で言えば、ソフトな雰囲気だ。


「なんか最近、大前さんって……私に下心がないんですよね。ないでしょう?」


「……まあ、ねーかなぁ」


 オレの返事に、満足そうにうなずいた。


「そうなんですよねー。前は他の男の人と同じように、下心ありで声をかけてきていのに。ここんところ、なんかぜーんぜん『ミヤが欲しい!』みたいな欲望が感じられなくなって。まわりは、こうガツガツきてくれて、ミヤはすごーく嬉しいのに」


「ぷっ……嬉しいのか」


 オレが笑うと、神寺さんは少し頬を膨らます。


「当たり前じゃないですか! 誰だってモテた方が嬉しいでしょう?」


「……まあ、そりゃそうだな」


「でしょ、でしょ! なにの大前さんったら、そういう感じがなくなったから気になって。その上ですよ、下心もないのに、この頃は前よりもいろいろと助けてくれるじゃないですか!」


「つーか、たまたまだけどな」


 助けたなんて言っても、大したことはしていないし、大した理由もないのだ。


「たまたま……なんですか?」


 自分のかわいさを承知している彼女は、少し上目づかいでこちらを見てくる。

 上に吊された、小さな電球色のLEDに照らされた愛らしい顔。

 アルコールで紅潮した頬も助けて、その姿はいつもより数倍はかわいく見えた。


「た、たまたま……だよ」


「……ふーん。ミヤはてっきり、大前さんが本気でミヤを好きになったから、心から優しくなって、下心を感じさせなくなったのかと思ったんですよ。でも、なんか違う感じだし」


「残念ながら、はずれー」


「ちぇっ。……でも、人間ってそんなに急に変われないと思うんですよ。だから、大前さんに何かあったんだろうな……って思ってたら、『異世界に行ってきた』とか言うじゃないですか」


「つーか、あれは嘘で……」


「ミヤには、わかるんです。あの時の顔は、嘘を言っていませんでした。だから、すごく納得したんです。きっと異世界で、めくるめく体験をしてきたんだなって!」


 神寺さんは両手の指を組んで、天に祈るように目をキラキラとさせた。

 遥か遠くにある異世界を夢見るように。

 本当に異世界に行きたくて仕方ないのだろう。

 しかし、そう簡単に連れて行くわけにもいかないし、本当に行けるのかもわからない。


「あ、あのさ……」


「実はミヤ、コスプレイヤーなんです!」


「……はいっ!?」


 突然のカミングアウトに、オレの思考が止められてしまう。


「それにアニメも漫画もラノベも大好きです! というか同人誌もたまにだしています!」


「……あ、ああ……」


「でも、ミヤは会社ではオシャレでかわいい、妹系女の子を目指しているので、そういうオタク趣味は内緒にしています!」


「お、おお……」


「というわけで、会社でこの秘密を知っているのは、大前さんだけです!」


「う、うん……」


「さあ、これで大前さんはミヤの秘密を知ったわけです。今度は大前さんの番ですよ!」


「え、ええっ!?」


「ミヤの恥ずかしい秘密を知ったんですから、大前さんも異世界の話をしてください!」


「――いっ!?」


 まさかの強引な展開に持ってきた。

 と言っても、これは引き下がりそうにない。


(つーか、連れて行かなければ良いのか……)


 きっとこの様子だと、彼女はオレの異世界話を他の人に話すつもりはないと思う。

 それを示すために、自分の秘密をオレに話したのだろう。

 別にオレが彼女に応えてやる義理はないのだが、あまりに彼女が真摯な目でこちらを見るので、つい心が揺らいでしまった。


「……向こうがどんな世界なのかは、話してやる」


「やった! ……でも、行き方は? 連れてってくれないんですか!?」


「行き方は、今のところ実はハッキリしていないんだ。それに他の人が行けるのかどうかもわからないし、行けたとしても向こうはけっこう危険な世界なんだよ」


「…………」


「オレは神寺さんをそんな危険な目に遭わせたくもないしな」


 オレは別に異世界で、すごい剣士や魔法使いになれるわけでもない。

 どちらかというと、異世界でも逃げてばかりだった。

 むしろ、助けられていたことの方が多いだろう。

 そんな状態なのに連れて行っても、彼女を守ることなんてできやしない。

 それに異世界転移シフトチェンジの時に、彼女がどうなるかわからない。

 万が一が遇った時、オレには責任が持てない。


「……嘘じゃないみたいですね」


「もちろん!」


 どうやらわかってくれたらしく、彼女はかるく目を閉じてから乗りだしていた身をひいてくれた。

 そして小さく、どこか色っぽく「ほぉ」とため息をつく。


「嬉しいです。大前さんが、まさかそこまでミヤのことを心配してくれているなんて……」


「……え?」


 どこかうっとりした表情を見せる神寺さんを見て、俺は何か行き違いがあったのではないかと気がつく。


「あ、あの、神寺さん……」


「ミヤでいいです! ミヤと呼んでください!」


「えっ!? いやそれはちょっと……君のファンに殺される……」


 ちょっと仲良く話しただけで睨まれるのだ。

 そんな親しげに呼んだら、瞬殺されてることまちがいない。


「なら、ふたりだけの時はミヤで。……とりあえず今日は、異世界がどんなところなのかだけでいいので教えてください!」


「お、おお……」


 オレは彼女のペースに押されるまま、異世界の話をし始めた。

 魔物がいて危険だとか、魔法が存在するとか、端から聞いていたら完全に与太話だと思われることを彼女は本当に嬉しそうに聞いていた。

 だからつい、オレも話に熱が入ってきてしまった。

 たぶん、オレも異世界のことを誰かに内心では話したかったのだろう。

 オレだけが知っている異世界のことを自慢したかったのだ。

 だから、これを共有できたことが、実は嬉しくて仕方がなかったと後で気がついた。

 結局、オレと神寺さん……ミヤは、終電ぎりぎりまで異世界話で盛りあがっていた。

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