sentence 6

第040話:逃げずに楽しむため、オレはまたP泊します。

 気がついてから見えたのは、朝焼けに少しだけ色づいていた空。

 舗装された広い道路と、コンクリートのちょっとしゃれた建物、それに木々……。

 もちろん、多くの自動車が並び、中にはキャンピングカーも混ざっている。

 ここは、元の世界。

 異界遷移シフトダウンに使った、千葉県にある【道の駅しょうなん】だった。

 日時を確認してみるが、やはりP泊した翌早朝だった。


(……頭、いてぇ……)


 オレは頭をかるく抑えながら、なんとか外にでる。

 まだ、キーンと冷えるような寒さが身体を包む。


(もう一回、温泉に入ってから帰ろう……)


 温泉施設オープンには、まだ時間がある。

 オレはもう一度、車に戻って二度寝した。

 耳に残る、あの悲しそうな声を消すために……。



   ◆



――あれから5日後の金曜日。


「おまえ、いったいどうしたんだよ?」


 昼休みにたまたま、上司の山崎と飯屋がかぶった。

 カウンター席に座って蕎麦をすすっていたら、隣に座ったとたんに放った言葉がそれだった。

 オレは質問の意味がわからず、顔を顰めたまま蕎麦をすすり続ける。


「最近、お前まじめに仕事してるだろう。まあ、積極的に何かやるわけじゃないけどさ」


「……つーか、まじめに仕事するのは、別に悪いことじゃねーだろう」


 上司と言っても、山崎とは同期。

 最初の一年ぐらいは、他の数人と一緒によく合コンや遊びにいったりもした仲だった。

 だから、会社の外では未だにタメ口である。


「そりゃな。ただ、突然だったから、どーしたのかとか思うだろう。前はさ、仕事があっても、一日ネット見たりとか、ぼーっとしていたりとか、してたじゃんか。まるっきり給料泥棒の典型だったのに」


「……まあな」


 酷い言われようだが、まったく言い返せない。

 確かに仕事なんてしないで放置していたこともあった。

 我慢しかねた別の人にやってもらったことさえあった。

 仕事の締め切りとか聞いても、「だいたいその辺」みたいな感覚だった。


「そんなお前が、なんか妙に仕事を片づけるのが早くなって納期遅れないし、ミスも少ないし、仕事もよく覚えるようになったし……」


「……いいことじゃねーかよ、やっぱ」


「いや。気持ち悪いだろうが。今週もスタートダッシュが凄まじいし。風邪で休んでいた、神寺さんのたまっていた分の仕事まで片づけたんだろう? まあ、昨日、今日となんかペースダウンして落ちついた気もするがな」


 実は、オレもそれは感じていた。

 なぜか異世界から戻ってくると、妙に集中力が上がるのだ。

 人の話を聞いても上の空だったオレが、話を聞いているだけで要点がなんとなくわかるようになった。

 記憶力まで冴え渡る。

 仕事をしても、集中が非常に長く続くのだ。

 まさに、「これ」と思った物しか見えなくなる。

 おかげで仕事中は、異世界のことを考えることもなかった。

 だが、昨日の木曜日あたりから、また異世界のことが気になり始めた。

 同時に、妙にいろいろなアイデアなどを思いつく。

 仕事のことに関してもだが、車中泊グッズとかのアイデアなども、次から次へとわいてでる。

 おかげで、昨日も帰りに買い物をしたが、今日もいろいろと買いこみたい物ができてしまった。


「しかも、前は何を言われようが、マイペースな感じのお前が、妙に周りに合わせている気もするし……」


「……それはまあ。なんつーか、オレよりマイペースな奴に会って、いろいろと考えたことは確かだ」


 そうなのだ。

 キャラもアズも、タイプは違うのだが、非常にマイペースという共通点があった。

 こっちの話を聞かないし、いつの間にか向こうのペースに乗せられてしまう。

 コントロールできないノリみたいなのが、2人にはあった。

 オレもマイペースだが、あの2人のとは違う。

 オレのマイペースは、周りを無視するマイペースだ。

 それに対して、2人のマイペースは、周りを巻きこんで乗せるマイペースだ。

 言い換えれば、静と動。

 オレのマイペースは何も生まないし変わらないが、あいつらのマイペースは周りを良くも悪くも変化させる。

 この前、温泉に入りながら、そんなことに気がついた。

 そして、そんなことをまじめに考えるようになった、自分に驚いていた。


「……なあ、やっぱり女か?」


「げほっ……」


 オレは口に入れていた蕎麦を吹きだしそうになった。

 ちょうど2人のことを考えていた最中だったので動揺してしまう。


「やっぱり女か! 男がここまで変わる理由は、普通は女しかねーよな。最初は、この前の失敗を後悔してかと思ったが、お前があのぐらいで変わるとは思えなくてよ」


「……酷い言われようだな、こんちくしょう」


「結婚でも考えているのか?」


「ゲホッ、ゲホッ!」


「うわっ! きたねー! 動揺しすぎだ、大前!」


 蕎麦を吹きだしてしまった口をおしぼりで拭いた。

 動揺した単語は、もちろん「結婚」だ。

 オレが逃げてきて、そしてたぶん相手を傷つけてしまったであろう原因。

 本当にあの時、オレは逃げる必要があったのだろうか。

 逃げずに、ちゃんと話し合うべきだったのではないだろうか。

 頭の中でアズの「待って」という言葉が結局は消えず、オレはそのことをずっと後悔しながら考えていた。


(キャラ……オレ、成長できてねーよな……)


 やっぱりオレは、もう一度、キャラに礼を言いたいし、アズに謝りたい。

 もう異世界に行くのはやめようかと思ったけど、オレは行くべきなのだ。

 最初は逃げるために異世界に行った。

 だが、今度は逃げないために異世界に行く。

 そして、興味本位ではなく、必要だからオレは異世界に行くのだ。


「なあ。来週末の連休に同僚達とキャンプ行くんだけど、お前も行くか?」


 久々の山崎からのお誘いだった。

 ここしばらく、オレは職場の面子からは孤立していたから、かなり珍しいことだ。

 山崎もリーダーとして、孤立しているオレのことを気づかっているのかもしれない。


(まあ、前回の仕事の借りもあるからなぁ……)


 オレは最後の蕎麦を口に放りこんでから、水を一気に飲み干した。

 そして席を立つ。


「来週末の連休な。……考えとくよ」


「考えとくって……どうせ週末とか暇じゃないのか? なにやってるんだよ」


 少し揶揄気味の山崎。

 だから、オレも少しからかうことにした。


「週末か? アウトランナーでP泊して、ちょっと異世界にな」


「はあぁ? 異世界?」


「そう。異世界車中泊旅行だよ……お先に!」


 怪訝な顔の山崎を置き去りにして、オレは店を出た。


(よし! 午後の仕事を片づけたら、出かける準備だ!)


 オレの頭は、今夜の行き先選定でいっぱいだった。

 楽しい週末が、また始まるのだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る