第039話:元の世界へ逃げだしました。
少し整理しよう。
オレは彼女を助けるために、口うつしで水を飲ませた。
それは彼女の種族にとっては、婚約の意味がある大事な儀式だった。
しかも、10才以上なら有効らしい。
都道府県の条例によっては、よくわからないけど、もしかしたら死刑になる行為かもしれない。
でも、ここではセーフだ。
しかも、彼女はなぜかオレを好いてくれている。
はっきり「好き」とは言われていないけど、ほぼまちがいないと思う。
なにしろ、キスを求められたし、婚約自体も喜んでいて前向きだ。
仕事もできず、収入も低く、かつて「つまらない」「期待外れ」と言われて恋人に捨てられたことのあるオレみたいなのが、どうして好かれたのか疑問ではある。
それにまだ子供だ。
しばらくしたら、気の迷いだったと思いはじめるかも知れない。
だが、まあ、それは百歩譲ってよしとしよう。
問題はオレの方だ。
確かにアズは、めちゃめちゃかわいく、美人で、大きくなったらスタイルも抜群になることは確認している。
しかも、性格も優しく、素直ないい子。
まだ若いから、今から教育すれば、まさにオレ好みの女に育つかも知れない。
欠点は会話の難しさだが、そんなことは大した問題ではない。
どうにでもなる話だ。
料理・家事などはわからないが、姫という立場なら、それさえも問題ならない可能性大である。
あと、夫婦生活が始まるのに何年も待たなければいけない事ぐらいだが、別にオレはかわいい彼女を愛でるのも大好きだ。
つまり、ほぼパーフェクト。
たぶん、これ以上の条件は、今後一切オレの生涯に現れないと断言できるほどの好条件である。
(だけど……)
そう、「だけど」だ。
まず、親が心配する。
むかつくこともある親だが、まあなんというかさすがに、車ごとなくなっての完全に失踪状態はまずい気がする。
車のローンも押しつけることになるし、せっかくクビにならないようにした仕事もクビになる。
それに、ここで暮らしていけるのだろうか?
姫と結婚すると、オレは王子?
でも、魔法なんか使えないし。
それに、お米とか食べられなさそうだしなぁ。
ネットもないし、大好きなエロ動画も見られない。
まだ、車中泊旅行も始めたばかりで、行ってみたい道の駅もまだたくさんある。
(だけど、そんなことより、一番の問題は……アズパパだ)
まあ、今まであげた理由なんて、本気になればどうにでもなる話かも知れない。
しかし、これだけはどうにもならない。
よくマンガなんかで、「お嫁にください」と相手の親に挨拶へ行くと、むこうの親父さんにボコボコにされるなんていう話もある。
それでも挫けずに何度もアタックをかけてると、こちらの本気に根気負けした親父さんから、「勝手にしろ! その代わりうちの娘を泣かしたら承知しないぞ!」とか言われて、結婚を認められたりする。
ドラマだよなぁ、あるよなぁ、あるある……。
(……ねーよ!!)
うん、ないね。
そんなドラマチックな展開あるわけがないよね。
(つーか、あのアズパパに限ってはありえないな……)
なにしろ、いきなり四肢を切りとる気が満々である。
手足がなくなったら、もうアタックどころではない。
本気で命がピンチだ。
(…………うん。逃げよう!)
何度も言うが、オレは逃げるのが得意だ。
キャラと出会ってから、嫌なことから逃げるのはやめようと思ったが、命がピンチで危険でデンジャラスだから逃げるのは、さすがに除外だろう。
逃げないと決めたのは、試練を乗り越えて未来につなげるため。
でも、乗り越えられない試練に、未来などない。
うん、だから正しい。
結婚という重責から逃げる言い訳ではないはずだ。
(……すまん、アズ……)
オレはベッドから立ちあがって、窓を開けてみた。
幸い人影はない。
窓から外にでて、そのままアウトランナーのある場所へ。
電子ロックを開けると、ピピッとなってサイドミラーが展開し始める。
その様子が、「おかえり」と言っているようだ。
(ああ、ただいま。実はね、殺されるかもしれないんだよね……)
そんなことをアウトランナーに脳内で語りながらも、オレはイグニッションスイッチを押す。
電源が投入される。
幸い、まだ電池が残っているので静かに発車。
村の中の地面は、ある程度整備されていて外よりも遙かに走りやすい。
おかげで静かに村の中央路にでることができた。
その時、ふと背後にざわめきがあがった気がした。
たぶん、気がつかれたと思い、オレはアクセルをべた踏みする。
「――アウト、待って!」
一瞬、アズの声が聞こえた気がした。
実際、背筋に快感が走った。
待ちそうになった。
思わずアクセルを緩めてしまう。
しかし、もうキスしたことは、アズパパに伝わっているはずだ。
待ったら、死刑確定である。
アズの言葉に負けるわけに行かない。
アズの言うことを聞かないにはどうしたらいい?
……そうだ!
そもそも、オレの本当の名前は「アウト」じゃない。
そうなんだ、違う。
だから、言うことを聞かなくていいはずだ。
そう思ったら、束縛が取れたようにアクセルを踏みこめた。
コンピューターが働き、スリップを抑えながら急加速するアウトランナー。
夜なので人通りもない。
ライトは、ハイビーム。
オレは、そのまま出口まで真っ直ぐ進む。
あっという間にエンジンとモーターのハイブリッド走行で時速八〇キロを超え始める。
九〇……一〇〇……となって、あの大きな岩が見えてきた。
あの下にトンネルがあるはずと思い見つめる。
(……つーか、トンネルどこ!?)
そこに、あの黒くて四角いトンネルは見あたらない。
ただの岩肌があるだけだ。
(――つーか、あれ魔法で開いたんだった!)
スッカリ忘れていた。
やばい。
どうする?
逃げ道を探すか?
というよりも、まずは急ブレーキを――
そこでオレの意識は、真っ白な光に包まれていった。
車の慣性も失われ、すべてが停止した空間。
覚えがある感覚。
(ああ、これは
そう思ったのを最後に、オレの意識は失われていった。
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