第022話:異世界には行きたかった。
――土曜日の午前中。
オレはホームセンターやキャンプ用品店などを周り、車中泊グッズ購入予定メモに記載した商品を見て回った。
救急箱、食器セット、調理器具、調味料セット……いろいろとそろえた。
また、椅子がセットになった、コンパクトに折りたためるフォールディングテーブル。
それから、小型のIHコンロも買っていった。
最初はガスコンロにしようかと思ったが、ガスカートリッジがなくなると使えなくなってしまう。
それにIHコンロの方が、「火がないところに煙が出ている!」とか言って、またキャラが驚くところが見られるかも知れない。
小型のセラミックヒーターも購入。
向こうで夜中、寒い時にエアコンをつけようとしたが、「エンジン音とかいうのがうるさい。魔物が寄ってくるかもしれない」とキャラに怒られた。
セラミックヒーターなら、アウトランナーの電気で使えるからエンジンをかけておかないで済む。
これでばっちりだ。
それから、インフレーターマットというのも買ってみた。
バルブを開けるだけで空気が入りこみ、膨らむエアマットだ。
非常にコンパクトにたためるし、空気注入が簡単である。
正直、こういうものがあるなんて知らなかった。
でも、
かなり体を寄せあって寝ないといけない。
(つーか、なんでキャラも車中泊する前提で考えているんだ、オレは!)
妄想で興奮する高校生なみの頭に、ちょっと自己嫌悪する。
最後に、オレは大事な物を手に取った。
(このサイズでいいかな……)
それは三合炊きぐらいの小型電子炊飯ジャー。
オレは今度、キャラに「おにぎりとラーメンをたっぷり持っていく」と約束した。
しかし、考えてみれば、すぐに会えるとは限らない。
そうなれば、ラーメンはともかく、おにぎりは腐ってしまう。
それなら、米を持っていって向こうで炊いて、おにぎりを作ってやればいいと気がついた。
海苔とふりかけ、あと具材は缶詰で持っていく。
これで炊きたてご飯を使った、あったかおにぎりが作れるはずだ。
(つーか、おにぎりなんて作ったことねーな……。練習しとくか……)
その他、細かい物をいろいろと用意する。
ちょっと寝るときに荷物が置けなくなる気がするが、その時はビニールシートとかおいて外に出すか。
まあ、なんとかなるだろう。
準備は整った。
さっそく今夜、オレはまた異世界に旅立つことにした。
◆
……ところが、異世界は遠かった。
遠いというのは、ちょっと違うかも知れない。
だが、簡単には行くことが出来なかった。
とりあえず、あの住職の言葉を信じるならば、「車」は一つのキーになっていると思う。
――その【狐使い】たちが術を施した車があれば、問題なくいける
狐がどうした、術とは何だと、いろいろとツッコミどころはあるが、とりあえずアウトランナーが関係あるということはわかった。
なにしろ異世界への移動は、車で寝ている最中に行われた。
そこで自宅の駐車場に止めてあったアウトランナーに乗りこみ、土曜の夜はそこで寝てみた。
そして――。
車の中で目が覚めると、目の前にいたのは……ネコウサ娘!
……ではなく、怪訝な目をした自分の母親だった。
かわいい顔を見たかったのに、自分の母親とは非常にショックだ。
もちろん、母親には理由を問い詰められたが、そこは適当にごまかした。
いくら家族でも「異世界に行こうと思って車で寝ていた」とか言ったら、その日のうちに病院に連れていかれてしまうかもしれない。
ならばと、もう一度、日曜日に足柄
もしかしたら、ここが特別なパワースポットってやつなのかもしれない。
ちょうどいいので、前回は食べられなかった【わっばめし】を夕飯に食べて、風呂に入ってから寝てみた。
そして、スマートフォンの目覚ましで朝の六時ぐらいに起きると、そこは……異世界!
……ではなく、やはり足柄
オレはそこから慌てて帰路について、そのまま出社した。
遠いので、遅刻寸前となってしまった。
さすがにこの前のミスをした上に、遅刻とかしたらアウトだろう。
危ないところだった。
ともかく、異世界には行けなくなってしまったのだ。
だが、なんとかして行きたい。
こういう場合、どうしたらいいのだろうかと悩んだ。
そういえば、ライトノベルなどには異世界に行く話がたくさんある。
もしかしたら、参考になるかもしれないと思い、いくつか買って読んでみることにした。
結構多いのは、死にかけるパターンだ。
もしくは、死んで転生するパターンとかだ。
確かにオレは、戻ってくるときに死にかけていた。
なにしろ、車ごと崖にダイブしたのだ。
ならば、同じようにこちらでもダイブすれば、異世界に行けるのではないかと思った。
だが、もっとよく考えたら、最初に異世界に行った時、そんな危ないことはしていなかった。
だいたい、異世界に行けず、本当に死んだら困る。
(つーか、この現象に名前を付けるか……)
ちょっとした逃避的思考かもしれないが、「異世界に行く」現象に名前をつけようと考えた。
頭の中で整理していても、「異世界に行く現象」と長ったらしく言うより、「ワープ」とか「トリップ」とか、なんか名前をつけたほうがわかりやすい。
(そういえば、あの住職、オレのことを「シフター」とか呼んでいたよな……)
そのことを思い出して、オレは「異世界とこの世界の間を移動すること」を「シフトチェンジ」と名づけることにした。
まあ、「シフト」だけでもいいような気がしたが、車に乗って行うので語呂合わせだ。
ちなみに、「異世界に行く」のが「シフトダウン」で、「この世界に戻る」のが「シフトアップ」と呼ぶことにした。
かっこいい。
名前をつけたら、すごくかっこいい気がしてきた。
読み漁った、ラノベの主人公になった気分だ。
(……うん。つーか、たぶん、どーでもいいことなのはわかっているんだけどね)
ただ、おかげで、大事なことを思いだしたのだ。
というか、こんな大事なことに、今まで気がつかなかったのが、さすがオレだ。
(あの住職に、シフトチェンジの方法をきけばいいんじゃんか!)
異世界に行けたのは、あの住職がオレに何かしたからだ。
あの住職に聞けば、シフトチェンジの仕方がわかるに違いない。
だから、オレはあの住職がいた【
……ところが、たどり着けないのだ。
目の前に見えるのに、そちらに近づけない。
ナビの地図にあの寺のある小さな山は載っていない。
どう走っても、あの寺に近づけないのだ。
しかも、どんなに周囲を回りこむように走っても、なぜか遠目に見えるのは、寺の正面側だけなのだ。
どこに行っても、側面や裏面を見ることができない。
いや。
それどころか、オレはこともあろうことに寺を見失った。
動かず、そこにあったはずの寺が、道を周りこんで来たら、小さな山ごと、どこにも見えなくなっていたのだ。
正直、ぞっとした。
だが、それ以上に、がっかりした。
こうしてオレは、異世界に行けないまま、一週間を過ごしてしまっていた。
そしていつしか、異世界は夢物語だったと考え始めた。
――でも。
それでも、キャラの言葉と笑顔だけは、オレの心にずっと残っている。
だから、たとえ彼女が幻だったとしても、オレはオレに期待することをやめない。
オレはオレの期待に応えるために走る。
これからもアウトランナーと共に、前を向いて――。
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