第072話:アズを連れて帰り……
アズを狙った奴らが投げてきた炎の玉。
それから逃げる瞬間、運良く
真っ白な闇に呑まれるという表現が、一番しっくりする気がする。
闇から抜けた時、オレは軽い頭痛をともないながらも、朦朧とした意識を覚醒させる。
目の前を見てみれば、そこはまちがいなく【道の駅まくらがの里こが】である。
そして助手席を見ると、そこにはアズが座っている。
美しき青髪の異世界美少女が、【道の駅まくらがの里こが】にいる……この違和感たるや凄まじい。
(つーか、やべーよな……アズを連れてきちまった……)
だいたい、なんで
確かミューの話だと、二日間は滞在しないと魔力が足らないはずではないか。
「うっ……うぅぅ~~~ん……」
アズが意識を戻し始める。
「大丈夫かアズ? しばらく頭が痛いかも知れないが、すぐに治るから慌てずに起き上がれ」
額を抑えながら頭を持ちあげるアズに、少し手を貸してやる。
オレはけっこう慣れてきたが、初めてのアズにはキツいはずだ。
ふらつくアズを倒れないように横から支える。
「アズ、無理するな。少しずつにしろ……」
オレの声に、アズのグレーの瞳がうっすらと姿を現す。
「ア……アウト様……」
「――!?」
アズの声が、オレの耳から脳に入りこんだ。
ヤバイ……と思うが、それは今までの刺激とはまったく違う。
かわいらしい声なのだが、全身を駆け巡るような高揚感や、すべてを支配されるような快感はない。
言うなれば、ごく普通の声だ。
「……?」
アズも自分の声の違和感に感じたのか、自分の口を押さえたまま目玉が落ちそうな顔をしている。
その驚きの目のまま、彼女は周囲を見まわし、さらに驚愕してまさに声を失ってしまう。
大混乱しているのだろう。
自分の顔を両手で覆ってから、また指の隙間から周りを確認するが、もちろん景色が変わったりしない。
それは驚いて当たり前だろう。
アズが見たこともない、大量の自動車と大きな建物が立っているのだから。
「落ち着け、アズ。ここはオレの世界だ」
「――!?」
アズは吸引器のように勢いよく息を呑みこむ。
そしてもう一度、周りを見まわす。
「それからアズ、オレの言葉がわかるか?」
「…………」
コクコクとうなずくアズ。
それを聞いて、オレは横に転がされていた電子ペーパーを手にして、「アズ」とカタカナで記載した。
そして、それを見せる。
「これ、読めるか?」
また目を見開いたままで、おおきくうなずき、自分のことを指さす。
これはもうまちがいないだろう。
オレと逆の現象が、アズにも起こっているのだ。
「アズ、喋ってみて」
「…………」
アズは首を勢いよくふった。
とんでもないと言わんばかりだ。
しかし、オレは落ちついた声で話しかける。
「たぶん、大丈夫だと思う。魔法は発生しないんじゃないかな。さっきオレの名前を呼んだ時、日本語……オレの世界の言葉だったし」
「…………」
アズはオレの言葉を考えているのか、目を瞑って静かに俯く。
そして、しばらくしてから勢いよく、顔を上げて開口する。
「アウト様……」
言ってから彼女は慌てて口を押さえる。
が、やはりなにも起こらない。
オレも「かわいいなぁ」とぐらいは思ったが、快感に襲われたりせず普通でいられた。
「アウト様……わたし、話しても大丈夫なんですか?」
「おお。問題なしだ! 魔法なんて発生しないだろう」
「……はい!」
瞳に今にもあふれそうな涙を溜めながら、彼女は元気よく返事した。
そりゃそうだろう。
こんな幼い子が、話せるのに自由に話せないストレスはかなりのもののはずだ。
「でも……なんでわたし、アウト様の言葉を……」
「たぶん、オレがそっちの世界にいってそっちの言葉が話せるのと同じ理屈だな」
「……ということは、これもアウト様の力ということですか?」
「……まあ、かもしれない」
「す、すごい御力です! さすがです、アウト様!」
「いや、オレ、これしかできないし……」
「なにを仰っているのです。これはとんでもない力ですよ!」
アズが力説してくれるが、まったくそんな実感はない。
アズのすごい迫力の魔法を見ているのだ。
こんなの大したことないと思えて仕方ない。
「つーか、なんでこっちに跳んできたのだろう。まだ蓄えた魔力が足らなかったはずなのに……」
オレはアズの過多な尊敬の眼差しが辛くなり、話題をそらした。
すると、アズが口元に手を当ててボソッと「わたしのせいかも……」ともらす。
「どういうこと?」
「わたしが魔法を撃とうとした瞬間、突然魔力が何かに吸われていったのです。それも、ものすごい強制力で」
「え……それってもしかして?」
「はい。アウト様の車が吸いとったのだと思います」
確かにあの時、アズの魔法は途中で消え失せていた。
つまり魔法が発動しようとした時、魔力の総量はアウトランナー内にいる人間の魔力も計算に入っているということか。
なるほど、それならなんとなく辻褄は合う気がする。
「でも、この世界……神様の世界なのに、魔力が弱いのですね……」
「え? そうなの?」
「はい。私の声で魔力が発生しないのも、魔力の絶対量が少ないからです」
「それは日本語だからではなく?」
「……たぶん、そこではないと思います。たとえば…………灯よ!」
そう言うと、アズの人差し指の先に光がフワッとと灯った。
それは小さい、まるでLEDランプのような光源だった。
「このように意図的に魔力をこめれば、魔法は発動できます。しかし、この世界で魔力を発動するには、かなりの術士ではないと……」
「……つまり、アズのようなすごい魔術士じゃないとだめということか」
「わ、わたしは、たまたまもって生まれたものがあっただけで……」
真っ赤に照れるアズを愛でる。
うむうむ。よきかなよきかな……じゃない!
これからどうするか考えなければならない。
(つーか、なんでオレは次から次へと、こうイベントが……)
オレが参考に買った、異世界に行くラノベの中には、まったりと異世界ライフを楽しむものもいくつかあった。
オレもできたら、そうありたい。
何も困ったことなく、異世界ライフを気楽にゆっくりと過ごしたいのだ。
しかし、実際にはそんな簡単な話ではない。
文化は違う、道は悪い、トイレひとつでも困ったことになる。
あの主人公達に、オレが突き当たった問題をどのように解決しているのか、ぜひ参考に聞いてみたいものだ。
(……それよりもこれからどうするかだなぁ)
窓の外を楽しそうに見ているアズを見ながら、オレは頭を悩ませていた。
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