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第100話:二人でビールを楽しんで……
今、俺の目の前には、美味そうなものがてんこ盛りで並んでいる。
栃木夢ポークを使った厚切りベーコンが、うまそうな脂を滴らせている。
さらにふっくらとした肉まん、狐色に焦げをつけられた餃子。
そしてそれをおつまみにしろと言わんばかりに、奥に立ち並ぶのがビール。
【麦太郎】【麦次郎】【餃子浪漫】【鬼怒川温泉麦酒】、そして期間限定の【
晴天の空の下、フードコートコーナーに接地された丸いテーブルの上で、オレを誘惑しまくっている。
「まだ昼だし、ビールは味見ぐらいにしておきましょう」
十文字女史が、これ以上ないぐらいまじめな顔。
これには思わずツッコミをいれる。
「つーか、味見で六本全部呑むんっすか!?」
「ん? 半分っこだし、大したことないでしょ」
そうか。半分っこだから大したこと……あるわい!
まあ、この程度で泥酔したりはしないけど、単純に考えて一人三本じゃないか。
仕事に来て、昼間っから呑む量ではない。
「でも、面白いわね、名前。麦太郎と麦次郎って何が違うの? 兄弟?」
「兄弟かどうかは知りませんが……えーっとですね」
オレはもらっていた資料を見る。
「麦太郎は、ここを代表するビールですね。『宇都宮産麦芽とチェコ産のザーツホップをふんだんに使用した、重厚なコクときりっとしたしまりのある苦味が特徴のピルスナータイプのビール』だそうです」
「ピルスナーって?」
「まあ、いわゆる日本の普通のビールはだいたいこのタイプじゃないですかね。つーか、もともとチェコのピルゼン地方が発祥だからピルスナーらしいですけど。下面発酵ビールで、淡い色で苦みが特徴ですが、これは呑みやすくバランス型に仕上げているみたいですね」
「じゃあ、麦次郎は?」
「えっと……『麦太郎からビール酵母を濾過したすっきりしたピルスナータイプのビール。すっきりとしたのど越し、きめ細かい泡、切れ味の良い舌ざわりが特徴。市販のビールに一番近い商品です』だそうです。これは呑みやすそうですね」
「なるほど、兄弟ね」
そう言いながら、女史は手をポンと打つ。
そうなのか? まあ、女史が納得したならそれでいいが。
「餃子浪漫は、木角さんで呑ませてもらったのと同じね」
「そうっすね。『宇都宮餃子会と共同開発した餃子の街ならではの餃子に良く合うビール。
カラメル麦芽の上品な香ばしさと麦芽をふんだんに使用した麦本来の旨みが楽しめるメルツェンタイプのビールです』とのこと。まあ、餃子に負けないパンチがありますよ。カラメルの風味が強いわかりやすい味っすよね」
「ちなみに、メルツェンタイプって? ドイツ語よね」
「おお、さすが女史! ドイツ語で正解です。確か、『三月』という意味が語源だったかと。なんでもまだ技術的に長持できなかった時、痛むから四〜九月ごろまでビールを作ることが禁止されていたそうっす。だから、暑い夏にも呑めるようにと、アルコール強めで長持する酒を三月に作りだめしていたのがこのタイプだとか」
「なるほどねぇ~」
ふむふむとうなずきながら、女史はなにか手帳を出してメモをとりはじめた。
たぶん資料としての記録なのだろう。
さすがまじめな女史。そこに痺れる憧れる。
だからオレも、女史の力になるため記憶を絞りだすようにして説明を続ける。
「ただ、メルツェンタイプはカラメルの香りよりトースト香の強いものが元々らしいですけど」
「あと、下面発酵ビールがあると言うことは、上面発酵ビールもあるの?」
「もちです。この中だとIPAは上面発酵ビールっすね。つーか、あれですよ。上面発酵ビールは、いわゆる『エール』と呼ばれるもので、二〇度から二五度ぐらいの少し高めの温度で発酵させたビールです。下面発酵ビールが『ラガー』で、六度から一五度ぐらいの低温で発酵させたビールですね。ラガーのが一般的にゴクゴクすっきり系っす」
「ああ。ラーガとエールってそういうことなのね。……本当に詳しいわね、大前君」
「つーか、なんとなくしか覚えていませんけど。まあ、なんでもいいっすよね。美味ければ」
「……本当にもったいないわね……」
突然、女史が両手の指を顎の下で組んで、かるいため息をもらす。
その目がなんか、オレを悲しそうに見ている。
「え? なにがっすか?」
「やっぱり、その勉強熱心さ、仕事に向けていたら山崎君よりも出世できていたわよ」
「うぐっ……」
そうかもしれないとわかっているが、でもオレとしては勉強しているという気はまったくないのだ。
ただ、少ないお小遣いでなるべくいろいろ景色を楽しんで、安く美味い物が食べたいというだけなのである。
だから一生懸命、いろいろと事前に調べているのだ。
「仕事だって同じよ。事前準備が大事でしょう。貴方がやっていること、そのまま仕事に使えるのよ」
思わぬ所で説教を喰らう。
しかし、言い返すことなどできない。
だって、その通りだしな……もう納得しかない。
たぶん、本当にモチベーションの問題だけだ。
「つーか、とりあえずビール、味見しましょう!」
オレは話をごまかすため、ビールをまず一瓶、注ぎ始めた。
そして二人で昼間の外で、ビール品評会である。
おおっと。評価するのはビールだけではなかった。
おつまみも、かなりヤバいのだ。
肉は濃厚で、とくに栃木夢ポークのベーコンがヤバい。
脂が美味くてヤバいのだ。
そして、その脂を流しこむビールが本当にヤバい。
ちなみにスッキリとしたフルーティな【IPA】も美味かったが、どっしりとした苦みの【鬼怒川温泉麦酒】も肉にはバッチリと合ってヤバい。
そしてやはり餃子と【餃子浪漫】の組合せもなかなかヤバい。
餃子をパクパクと食べ、その後にビールで口直し。
ビールの強い風味が餃子の脂を流してくれるのだが、肉の旨味はどこかに残っている感じがする。
ここのつまみは肉系が多いこともあり、本当にビールがどれも合う。
オレたちは、まだおやつの時間だと言うのにガンガンと酒を空けていった。
本当にヤバくて語彙消失状態である。
「つーか、本気なんっすか?」
ビールも最後の一本となったところで、オレはずっと気になっていることをやっと口にした。
すると、女史は最後の一口を呑み干してから、きょとんとしたような目を返す。
「なにが?」
「なにがじゃなくて、車中泊ですよ。風呂に入って深夜ぐらいまで仮眠とれば、アルコールは抜けると思いますよ」
「なに言ってるの、大前君! 人によってはなかなか抜けない人もいるのよ。油断しちゃダメです」
「いや、オレはそんなに残らんタチなんで……」
「ダメダメ。呑んだら乗るな、よ。それにこれだけじゃ、呑み足りないでしょ?」
「つーか、そっちが本音だな!」
「あははは。いい感じに口調が崩れてきたね」
「あっ。つ、つい……」
「いいのよ、大前君。そのぐらいのが嬉しいわ。私はそれにね、もう少し大前君と呑みたいの」
「……え?」
驚いて顔を上げると、目の前には少し艶のある双眸。
そんな目を向けられたオレは、思わずドギマギしてしまう。
いつもは三角眼鏡の下できつい眼光が光っているのに、たまに外で見せるこの柔らかい眼差し。
こんなのどうやって防げというのか。
「あとね、車中泊も興味あるわ。……大前君、もともと今日は車中泊の予定だったのでしょう? トランクにキャンプ用品がいろいろ入っていたし」
「え、ええ。まあ……」
そうなのだ。
もともと土曜の午後あたりから出かけようかと、すでにいろいろと積んであったのである。
さすが女史。よく見ている。
「あ。私は助手席で眠れればいいわよ。リクライニングすれば眠れるし」
だが、女史は一緒に寝る気満々らしい。
こんなの、いろいろと期待してしまいではないか。
なんで警戒しないのだろう。
もしかして、女史も期待している……とか?
つーか、それはない。ないったらない。
女史は俺を友達のように思ってくれていることには、少し自信がある。
だが、オレに惚れるというのはかなり考えにくい。
「今夜は寒くなったりしないでしょうしね」
「椅子で寝るのは、仮眠ならいいですけどマジ寝すると疲れるっすよ。つーか、せめて後部座席とつなげてマットを敷けばいいんですし。それにオレは
「……上? そう言えば、大前君の車の上に、平べったいルーフボックスみたいなのが乗っていたわね。あれはなに?」
「ふふふ。内緒です。つーか、車中泊するならあとで披露します」
「あら。楽しみがまたできたわ」
実は、アウトランナーにボーナス一括払いでとあるアイテムを積んでいた。
それは中古で手にいれ、数日前に設置したばかりの究極のアイテムである。
「でも、着替えとかはどうするんです?」
「大丈夫よ。もともとここの温泉も楽しむ予定だったから、トランクにのせてもらった鞄に下着の替えはもってきているし」
「あ、そうでした。だけど、その服で寝たら皺だらけに……」
「ああ、その点も問題ないわ。パジャマ代わりになるジャージと、歯ブラシ、それに寝袋も一応、用意してあるしね」
「なるほど。それなら安心ですね……って、女史!」
「なぁに?」
「つーか、それって最初から車中泊するつもりの準備っすよね!?」
「うふふふ……」
「…………」
こんな風に小悪魔の悪戯っぽく女史に笑われたら、オレは口を噤むことしかできなかった。
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※参考
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●道の駅 うつのみや ろまんちっく村 クラフトビール
http://www.romanticmura.com/brewery/lineup.html
●2017/04/22:「道の駅 ろまんちっく村」に行ってきた!(1)
http://blog.guym.jp/2017/05/20170422.html
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